第20話 風邪対策

 藤咲との相合傘。

 雨に濡れないように寄ってもらったため、距離も近く緊張したな。歩幅を合わせていたこともあり、何度か藤咲との接触も発生してドキドキしたが、なんとか無事帰ることができた。

 さて、いつもなら帰ったら藤咲の無防備な寛ぎを見ることになるのだが、今日はそうもいかない……というかそうはさせない。


「藤咲、ソファに転がるな。まずは着替えて風呂の準備をしろ」


「えー?」


「えー、じゃない。冷えた身体を温めないと風邪引くだろ」


 いつものようにソファにダイブしたい気持ちは分かるが、それよりもまずは風呂と着替えだ。

 くしゅんくしゅんかわいらしいくしゃみを何度もしていることから身体が冷えてしまっていることは明白。

 雨に濡れてしまった後、風邪を引かないようにするための一番の対策は身体を温めること。


 暖かい飲み物を与えるのも当然として、湯船にしっかり浸かって身体の芯から温めるのが第一。

 そういうわけで勝手にやったのは後で謝るが、手洗いついでに風呂の湯を張る設定を入れさせてもらった。

 藤咲が普段何度の湯に浸かっているか知らんが、今回はちゃんと熱めのお湯にしっかり浸かって温まってもらおうじゃないか。


 あと、例によって洗面所に下着を放置するな。

 ただでさえ今日は濡れ咲透け咲のサービスがあったんだから、これ以上は払いすぎだろ。

 それとも……藤咲は俺を男だと思ってないのか?


「後にしちゃダメ?」


「ダメだ」


「やーだー」


 雨に濡れてしまったものの洗濯などの兼ね合いもあるため、さっさと着替えて風呂に入ってほしいのだが、ぷく咲は駄々をこね始めてしまった。

 ぷくぷくしてもかわいいだけだぞ。

 さっさと風呂入って温まれ。洗濯の時間がなくなるからはよ着替えろ。


「どうしても嫌って言うなら……脱がして放り込むぞ」


「脱が……っ!? ふ、ふーん……白柳くんにそんな度胸あるのかな~?」


 こうでも言ってやれば自主的に行ってくれると思ってたが、どうやら今日の藤咲は一味違うらしい。

 一瞬驚いた様子を見せたが、俺がそんなことをするはずないと高を括っているのか、にやにやと余裕を見せている。


「どうしたのかな~? 脱がすっていうのは口だけなのかな~?」


 にやにやしている藤咲、略してにや咲はついには俺のことを煽り始めた。

 俺の周りをゆっくりと回り、ありとあらゆる角度から俺の顔を覗き込むようにして煽り散らかしてくる。

 脅しはやはり実際に実行されるという危機感がなければ効力はないらしい。


 ならば仕方がない。

 口で言っても分からないということであれば……実力行使といかせていただこう。


「そこまで言うならやってやるよ。覚悟はできてるんだろうな……?」


「……ひょえ?」


「煽ったのは藤咲だからな。文句はないよな?」


 くるくる俺の周りを回って絶賛大煽り中のにや咲を捕まえる。

 困惑と動揺で固まってくれて随分と協力的だな。この隙にまずはしゅるりと首元のリボンをほどいて掠めとる。


「えっ……え? し、白柳くん?」


 さらなる困惑に目をぐるぐる回す藤咲。

 そのままブラウスのボタンに指を引っ掛け……一つ外した。二つ外した。三つめを外すと……胸元が顕になってしまいそうだ。


 透け咲が見せてくれたあの黒い下着があらわになる直前、三つめのボタンにかけられた俺の指についに制止がかかる。

 藤咲の両手が俺の狼藉をこれ以上は許さないと言わんばかりに必死に押さえ込もうとしてくるが、その手はとても冷たくて弱々しい。

 力を込めたらその必死の抵抗もないことにしてしまえそうだ。


「風呂、入る気になったか?」


「い、いってきましゅ」


 改めてそう尋ねると、藤咲はこくこくと頷いた。

 赤らんだ頬、潤んだ瞳、必死の抵抗で荒れた息遣い。そして、乱れた装い。

 率直な感想、エロい。エロい藤咲、略してエロ咲である。


 すっかり観念したエロ咲が、風呂に入ってしっかり身体を温めてくると約束したところで解放してやる。

 実力行使が効いたのか、これまでの渋りがなんだったのかという勢いでリビングを飛び出して行った。



 ◆



 藤咲が風呂に入っている間に飯の準備や洗濯などをしてのんびり待つ。

 カラスの行水のごとく爆速で上がってくるようなら脱がし実力行使第二ラウンドに突入するところだったが、藤咲はきちんと言いつけを守ってしっかり湯船に浸かってくれているみたいだ。


 その間に生姜とネギをたっぷり使った鶏スープも出来上がっている。

 俺は味見で先に少しいただいたが、身体が芯から温まるのを感じたので、藤咲にもぜひ飲んでもらいたい。

 そう思いながら待っていると風呂上がりの藤咲が満を持して帰還した。


「ふぃー、熱かった〜。白柳くん、設定温度熱いよ〜。私で出汁取るつもり?」


 ぷくぷくしながら悪態をつくぷく咲は風呂上がりということもあり血の巡りも良く、火照っていてとても色っぽい。

 そして、タンクトップにショートパンツという無防備極まりない格好で現れたので、これは紛うことなきエロ咲である。


 ただまあ……しっかり温まったのなら多少の薄着でもいいか……と思ったが、エロ咲は髪がしっとり濡れたままだ。

 これでは湯冷めしてしまって、せっかく温まった意味がなくなってしまう。


「おい、ちゃんと髪乾かせよ」


「えー、めんどくさーい」


「湯冷めしたら風邪引くだろ」


「じゃあ白柳くんが拭いてよ」


「……なんでそうなる?」


「えー? だって、ねぇ?」


 何が、ねぇ?なのか分からんが、とりあえず自分でやる気がないことは分かった。

 自分で言うのもアレだが、さっき服を脱がそうとしてきた男に何故そこまで委ねられるんですかエロ咲さんよ?

 身の危険とか感じないのか?


 とまあ、色々言いたいことはあるが今は後回しだ。

 湯冷めは時間との勝負だからな。

 今は頭濡れ咲をどうにかするのが先決だ。


「ほら、こっち来い。大人しくしろよ……って、おい。頭振り回して水滴飛ばしてくんな。犬か、こら!」


「うへへ〜、油断大敵〜」


「悪い子にはご飯出さないぞ」


「こんなにも大人しくていい子になりました……!」


 濡れた身体をブルりと震わせて水を飛ばしてくる犬のように攻撃してくる藤咲だったが、ご飯を人質にしたら大人しくなった。

 おやつにつられる犬ならぬ、ご飯につられる藤咲……とてもいい子だ。


「まったく……世話がやける」


「えへへ、それほどでも」


「褒めてねぇよ……ったく、髪乾いたら飯にするぞ」


「白柳くん! モタモタしてないで早く乾かしてっ!」


 ……自分でやれと言いそうになったが、こうも気持ちよさそうに委ねられると拒否しようにもできないな。

 おのれ、エロ咲……!

 そんな火照った色っぽい顔で、上目遣いをして見つめてくるんじゃない。断れなくなるだろ。かわいすぎて犯罪だぞ。


 しかし……ほんと火照ってるな。

 ……風呂上がりだしこんなもんなのか?

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