第18話 雨に降られて

 翌日は予報通りの雨。

 降り始めは7時30分過ぎという予報だったので、いつもより早く家を出ることで雨天時での登校を回避したが……この雨は夜まで続く予報なので帰りは傘を差すことになりそうだ。


 ちょうど学校に到着した直後にしとしとと降り始めた雨は次第に強くなり、ザーザーと地面を叩く音が聞こえてくる。

 ギリギリに登校する生徒はこの雨に降られているのだと思うとかわいそうだな。

 そんな風に思いながら、まだ空いたままの隣の席をふと目にする。


(朝弱いって言ってたし、今日もギリギリか……)


 藤咲のマンションは学校からもそう遠くなく、徒歩圏内であるためよっぽどギリギリに家を出るなどをしない限りは間に合うと思うが……雨だと傘という荷物もあるし、水溜まりや風の影響、視界の悪さなどもあり、いつも通りの所要時間で登校できないこともある。


 いつもギリギリ寄りの藤咲は大丈夫だろうかと心配になっていると、このタイミングで登校したクラスメイトの雨への恨み言が聞こえてくる。

 やや制服を濡らした姿もちらほら見られるので、やはり降り始めたあとは大変そうだ。


 そうしてしばらく雨を眺めていると、勝手ながら心配していた藤咲が無事……といっていいかは分からないが登校した。


「おはよう藤咲。大丈夫だったか?」


「おはよ。大丈夫かと聞かれたらそりゃ……アウトだよね?」


「……聞くまでもなかったか」


 髪も湿っていてペタンとなっているし、何より制服のブラウスがしっとり濡れて肌に張り付いている。

 雨に濡れた藤咲、略して濡れ咲……と思ったが、これは透け咲の方が適しているな。

 今日は黒か。


「……えっち」


 そんな俺の視線に気付いたのか、透け咲はサッとカバンで胸元を隠した。

 そんなこと言われてもな……そんな濡れ透けの格好を隠さずにいられたら、男ならつい見てしまうだろう。

 夏だし蒸し暑いのは分かるが、透け対策のキャミソールを着てない方が悪い……って言っても、ここまで濡れてたらそれも貫通するからどの道か。


「使え」


「わっ? あ、ありがと」


 藤咲はカバンで胸を隠したまま何もしようとしない。

 とりあえず水気を吸い取るだけでも乾くまでの時間が変わるので、男物で悪いがタオルを押し付けるように渡す。

 念の為に用意したものだが、雨が降る前に登校を済ませたことで未使用だから安心して使ってくれ。


「白柳くんは濡れてないんだね」


「雨降るって分かってたからな。降り出す前に登校した。そっちはいつも通りゆっくりだったな。やっぱり朝は弱いのか?」


「それもあるけどさぁ……その、ご飯がおいしかったから、ついゆっくり食べちゃって……ね」


「……そ、そうか」


「つまり白柳くんのせいで雨に濡れたと言っても過言ではないわけだよ」


「過言だろ。濡れ衣着せんな」


 藤咲が濡れ咲になった濡れ衣……自分で言っててちょっと面白いが、完全に言いがかりだ。

 ご飯に夢中になってくれるのは作り手冥利に尽きるが、それを朝が時間ギリギリな言い訳にするのは違うだろ。

 そんな言いがかり付けるなら朝飯用意するのボイコットするぞこら。


「天気予報のニュースを見て、早めに家を出た方がいいとは思ってたんだけどね〜。お肉とお野菜が美味しくて噛み締めてたらいつの間にかいつも出る時間になってたから焦ったよ」


 おのれ、もぐ咲。

 そんなふうに言われたら嬉しくなってしまうではないか。

 これからもちゃんと朝ごはんもぐもぐして食べろ。よく噛んで食べるのはいいことだからな。


 でも、そのせいで登校が遅くなっても俺のせいにするな。


「うぅ……結構ぐっしょりだなぁ。雨ってやっぱ嫌だね」


「……そうだな」


 そんなふうにぼやく藤咲に同調する返事をしたが、濡れ透け咲を拝めて雨も悪くないと思ってしまったのは秘密である。



 ◆



 雨の音が鳴り止まないまま放課後を迎えた。

 こればかりは予報を裏切って、早めに雨雲が過ぎ去るなんてことがあってもよかったのだが……そううまくはいかないもんだな。


「くしゅん」


「……ティッシュいるか?」


「うん、ありがと」


 かわいらしいくしゃみをした藤咲にティッシュを渡すと、きょろきょろと人目を気にしてから鼻をかんだ。

 俺としては1日通して蒸し暑いなと思っていたが、藤咲は朝っぱらから濡れ咲透け咲だったし、そのせいで肌寒く感じていたかもしれない。


「今日は身体が温まるスープでも作るか」


「うー、助かるー。楽しみすぎるから早く帰ろ?」


 そう帰宅を促す藤咲。

 別に問題はないが……さては一緒に帰るのが当たり前だと思ってないか、こいつ。


 別々で帰る意味も薄いし、後々藤咲の家に行くことになるなら直行の方が楽だが……なんかこう、美少女と一緒にいるのが当たり前になりつつあるのがむずがゆい。

 ちょっと前まで女っ気のない学校生活だったと思うと余計にそう感じる。


「くしゅっ」


「おいおい、大丈夫か?」


「……うん、平気っ! ねっ、早く帰ろ?」


 ズピーっと鼻をかんで、やや鼻を赤くしながら恥ずかしそうにする藤咲が少し心配だ。

 だが、そう思うなら早く帰って身体を温めてやった方がいいのは間違いないので、急かされて下校の準備をする。


 昇降口で靴を履き替え、傘立てから自分の傘を手に取る。

 そうして藤咲を待っていると、何やら傘立ての前で困っている様子だった。


「どうした?」


「……私の傘がない」


「……借りパクされたか」


「借りパクかどうかは分からないよ。似たような傘もいっぱいあるし、誰かが間違えて持っていっちゃったのかも」


 どうやら藤咲の傘は誰かに持っていかれてしまったらしい。

 それが故意であるかは定かではないが……確かに似たような傘は山ほどあるので、取り違えがあってもおかしくはない。


「どうしよう?」


「……朝ほどの勢いではないとはいえ、まだそれなりに降ってるからなぁ」


「……だねぇ」


 そう言いながら藤咲は俺と、俺の持つ傘を交互に見て、もじもじと何かを言いたげにしている。

 ……何を言おうとしているかは察したが、いきなりその選択肢に辿り着くんだもんな。

 予備を持ってる人に借りるとか、学校から借りられないか先生に聞くとか色々選択肢はあるだろうに……。


「……入るか?」


「うん、白柳くんならそう言ってくれると思ったよ」


「……どうせ行き先は同じだからな」


 藤咲を置いていくのは簡単だが、その場合藤咲が帰ってくるまで藤咲家には入れない。

 そのため、円滑に帰宅するには藤咲のキャリーが必須。


 とはいえ、なんの躊躇いもなく男との相合傘を選ぶとはな……。

 さすが藤咲。


「じゃあ、お邪魔しまーす」


 傘を開くとすっと入り込んでくる。

 大きめの傘でよかったが……二人だと肩が濡れてしまうな。


「もう少しだけ寄れるか?」


「……ん、こう?」


「これなら肩も濡れないな」


 藤咲は半歩こちらに近付き、肩が傘に収まるように距離を詰めてくれた。

 手や肩が当たる距離感。

 自分で寄るように言ったが、この距離感に美少女がいるのはなんだか落ち着かないな。


「あー、今日は災難だな〜。行きは濡れるし、帰りは傘無くなるし」


「……そうだな」


 ひとつ傘の下。

 またしてもぼやく藤咲に同調する返事をする。


 藤咲にとっては災難続きなのは違いない。

 しかし、俺にとっては割と恵みの雨というか……美少女との相合傘はぶっちゃけご褒美だしな。


(……雨、悪くないな)


 再びそう思ってしまったのは、やはりここだけの秘密である。

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