第13話 これから私も

 その後、しばらくぷくぷくしていたぷく咲だったが、次第にぷくぷくするのを忘れて、家主の特権としてソファに寝転び寛ぎ始めた。

 俺はキッチンで仕込みを始めたのだが、リビングの様子はよく見える。


 うつ伏せでソファに転がり、こちらに尻を向け、足をパタパタさせている姿は惹かれるものがあり、気を強く保たなければ包丁さばきが狂ってしまい、うっかり指を切ってしまうところだった……。

 ツナと玉ねぎのサラダ〜俺の指を添えて〜という炎上料理が完成しなくてよかった……。


(とりあえずこんなもんか……)


 藤咲を目の保養にする際は包丁を置くというルールを設けて、何とか仕込みも終了。

 サラダはすぐ出せる。スープも温め直すだけ。

 あとは藤咲が食いたくなったタイミングでできたてのオムライスを作るだけなのだが……藤咲の腹の減り具合はどんなもんかな。


「藤咲、ご飯は何時くらいに食べたい?」


「いつでもいいよ〜」


「……じゃあ明日の朝とかでもいいか?」


「晩御飯抜きっ!? こんなにもオムライスを楽しみにしている私にお預けなんて鬼畜なことをするつもりなのっ?」


「いつでもいいって言っただろ」


「……むぅ、じゃあ今すぐ。待ち遠しすぎてお腹空いた」


「じゃあすぐ用意する」


 食事提供のタイミングは一人の時とはちょっと異なる。

 一人で食う飯だったら、自分の腹が減ったタイミングで作って、好きなタイミングで食べられるが、こうして藤咲と共に食事をするとなると、相方のタイミングもあるからそこは要相談である。

 空腹は何よりのスパイスという言葉もあるくらいだし、やはりご飯はお腹が空いている時にできた手を出してやりたい。

 だから、タイミングを委ねられるのは困るので、今回のようにすぐ要求してくれたり、大まかな時間指定をしてくれた方が作る側としては大助かりなのだ。


 そんなわけでオムライスの準備を始めるのだが……あのー、藤咲さん?

 なぜキッチンに入ってくるのでしょうか?


「何か用か?」


「オムライス作るところ見てるの」


「見てても面白くないぞ」


「いや、面白いでしょ。あのふわとろのオムライスのできる過程とか……前とかも、トントンしてひっくり返すところすごかったし!」


 そう言ってもらえるのはありがたいが……こうも近くて見られていると少し緊張するな。二重の意味で。

 純粋に料理で失敗できないという意味でもそうだし、わりかし薄着の藤咲が近くでちょこまかしていて、目のやり場に困るという意味でもそうだ。

 でも、楽しみにしてくれているというのがこれでもかというほど伝わってくるので、俺も身が引き締まる思いだな。


「藤咲、卵をこうやって外側から中に巻き込むように入れていくんだ。外の方から固まってくるから、それをどんどん内側にな……やってみるか?」


「この状態でパス!? 焦がすよ!?」


「冗談だ。このくらい火が通ったら奥側に寄せて……トントンして形を整えるんだ。やってみるか?」


「ぶちまけるけどいい?」


「……藤咲のオムライスがただのチキンライスになってしまうな。それでもいいか?」


「よくないから意地悪しないで白柳くんがやってよ~」


 時折藤咲にバトンタッチするか聞いてみるが、ぶんぶん首を振って拒否してくる。

 必死だな。

 まあ、せっかく完成間近のこれを藤咲に引き継いで、進捗ゼロに戻されるのも困るし、サクッと完成させるか。


「ほら、できた」


「おお~、すごーい。もう一回やって!」


「俺の分の作るからもう一回はやるが……見てるだけならサラダとスープの準備でもしてくれよ」


 そういって、しっしっと手で追い払う素振りを見せるとぷく咲になってしまったが……渋々用意を手伝ってくれて聞き分けはよかった。


 ◇


「いただきまーす! んん、うま! とろけるっ~」


「そりゃよかった」


 我ながら今日のオムライスもいい出来だ。

 さっそく頬張る藤咲からも絶賛の声をもらえてほっとしている。


「うまうま。こんなおいしい料理を毎日食べられるなんて……白柳くんは幸せだね」


「……俺の次に食ってるの藤咲なんだが。これからも食わせるし」


「じゃあ、これから私も幸せだね~」


 別に何か意図があって、揺さぶりをかけているとかそういうのではなく、ただ単純に思ったことを口にしているだけだとは思うが……なんかこう、ドキッとするな。

 それにしても、幸せ……か。

 随分安い幸せだこと。


「こんなおいしい料理食べさせてもらえるんだから、やっぱりお金払った方がいいかな? チップとか?」


「いらん。もう十分もらってる」


「でも、これが家事代行サービスだったら、少なくとも二時間分くらいは稼げるわけじゃん? 白柳くん、ちょっと損しすぎじゃない?」


「してないしてない。むしろ得しかしてない」


 藤咲の言わんとしていることは分かるが、それでも俺はこの契約条件で納得している。

 そもそも、俺の方から持ち掛けた契約だしな。


「俺はな、人に自分の料理を食べてもらうことと、誰かと食事をすることが存外好きだったらしい。だから、その機会を与えてくれた藤咲には感謝してる」


 高校生になって一人暮らしをするようになり、誰に料理を振る舞うことも、誰かと食事を共にすることも少なくなっていった。

 別に一人で食う飯が寂しいとかではない。

 ただ、こうして誰かと共にする楽しい食事風景は俺にとって心地よい時間だった。


 その安らぎの中で、藤咲は俺の作る料理をおいしそうに食べてくれる。態度に出し、言葉にもしてくれる。

 それが何より嬉しい。

 そんな十分すぎる報酬をもらっていて、食費負担などのオプションもある。

 最初はメイン報酬とオプションが逆だったはずなんだけどな……。

 藤咲が嬉しそうに、おいしそうに見せてくれるいい食べっぷりのせいで、早くもメイン報酬が逆転しつつある。


「だから、俺はもう十分もらってるんだよ。藤咲がおいしいって言って食べて、喜んでくれればそれでいい」


「……白柳くんがそれでいいって言うならいいけど。私もおいしいご飯食べれて幸せだし」


「じゃあ、それでいいだろ。お互いウィンウィン。最高の契約関係だな」


「だね。あ、サラダもおいし~。しゃきしゃき~」


「おかわりもあるぞ」


「食べる~」


 うん、やはりいい食べっぷりだ。

 藤咲もこの時間を気に入ってくれているのなら、これからも幸せを感じてもらえるように頑張らないとな。

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