第26話 付きっきり看病

「ん……寝てた?」


 どうやら俺は藤咲のベッドに突っ伏すような形で寝落ちしてしまっていたらしい。

 そのせいか枕代わりにしてしまっていた腕は若干痺れていて、変な姿勢を維持してしまったからか少し身体も凝っている。


「……まだ離してなかったのかよ」


 立ち上がろうとしたところで、依然として重ねた手が握られていることに気付く。

 それを解こうとすると……なぜかキュッと藤咲の手が閉じ、俺の手を掴まえるように力を込める。


 ああ、そうだった。

 これにずるずる引き留められていたから寝落ちしたんだった。


 だって、仕方ないだろ。

 こんな引き留める仕草……可愛すぎる。

 こうして手を重ねることで、すや咲が安眠できるのならと思ってしまうのも無理はない。


 本当はこんなの……いつだって俺の方で振り払うことができたはずなのに、それをできずに、小さな手とすや咲の寝顔を眺めて、「もうこんな時間か、お暇させてもらおう」と立ち上がろうとしてまた引き留められ……。

 この繰り返しで気が付くと時間だけが過ぎ、いつの間にかウトウトしてしまった俺は藤咲のベッドに突っ伏して寝落ちしてまったらしい。


 おのれ、すや咲……!

 まんまと策略に引っかかってしまった。


 でもまあ……これはこれで都合はいいというか、経過を見れるという意味では悪くない寝落ちだ。

 俺がいなくなったあとに変に悪化したり、何か困った事があったりしたらすぐに対応できる。

 ……年頃の一人暮らし女子高生の家に男の俺が許可なく居座っているという点はなんというか心苦しいけど。

 夜分に一つ屋根の下。藤咲は風邪で弱っているこのシチュエーション。眠りにつく前は脱ぎ咲エロ咲だったからかなんか変なことを考えてしまうな。


 まあ、下心があって藤咲が寝込むのを待っていたとかそういうのではないので許してほしい。

 だから、なんか言われたらすや咲に引き留められて帰れなかったと責任転嫁しておこうと思う。


(とりあえずはぐっすり寝てそうだな)


 すや咲がどこかで起きていたのなら寝落ちした俺に対して何かしらのアクションがあっただろうし、手も握られたままだったので途中で起きたりはしていなさそうだ。

 風邪で熱があるとふとした咳で目が覚めたり、暑かったり寒かったりで寝苦しさがあり、睡眠が途切れ途切れになることもあるが……すや咲は絶賛安眠中だな。


 だが、汗をかいているからかおでこに貼ってやった冷えピタが剥がれかけている。

 いいタイミングだし交換してやるか。


 藤咲の手をそっと解き、剥がれかけの冷えピタをはがしてタオルで軽く汗を拭き取る。

 おでこに手を当てるとやはりまだ熱を帯びているな。

 新しいの交換してやると、ひんやりしたのに驚いたのか少し頬がひくついて、少しうめくような声が聞こえた。


(……セーフ)


 だが、完全に目覚めるには至らなかったのか、むにゃむにゃとむにゃ咲を挟んでからすや咲状態へと戻っていった。

 魘されてる様子もないし、いかにも安眠といった様子だ。

 よく食べてよく寝て……風邪対応満点だな。


 この調子なら朝には熱もかなり下がってるかもしれない。

 そうすれば念願の風呂やシャワーも解禁されるだろうし……すやすや寝るのが1番だ。


(……よし、こんなもんかな)


 顔と首周りの汗を拭き取り、肌着が濡れるのを少しでも軽減させる。

 汗をかいて熱を放出するのは大事な事だが、それによって服が過度に濡れてしまうと逆に身体を冷やす原因になる。

 ある程度は拭き取っておいた方がいいが……さすがに身体の方にまで手を伸ばすのはいかがなものかと思いなんとか留まった。


 しかし、すや咲……本当にいい寝顔だ。

 寝てるだけで絵になり、つい見てしまうので時間泥棒が過ぎる。

 おっと、またしてもすや咲の策にハマってしまうところだった。


(しかし、どうしたもんかな)


 現在時刻は夜の二時。随分中途半端な時間に起きてしまったな。

 俺の頭にある選択肢。このまま居るか、それとも帰るか。

 藤咲もこの感じなら回復していきそうだし、付きっ切りで見ている必要はない。

 倫理的な意味でも帰った方がいいのは分かってはいるが、どうせ明日……ってもう今日か。今日も風邪咲の様子を見に来るつもりだったし、この時間まで寝落ちしてしまったのならもう朝までいてもいいんじゃないかと思ってしまっている。


 いったん帰って、少し時間を潰してからまた戻ってくるの、ぶっちゃけ面倒くさい。

 うん、このまま朝までいさせてもらおう。


 でも、ひとつ屋根の下だけでなく、同じ部屋にずっといるというのは……なんかこう、少し思うところがある。

 今はすや咲だけど、いつなんの拍子にエロ咲になるか分からないからぁ……。


(俺はリビングのソファで休むか)


 その方が変な姿勢で凝ってしまった身体にも優しいし、二人きりで部屋にいるということを意識せずに済む。

 そんなわけで藤咲の部屋を出ようと立ち上がり、扉横にある照明のスイッチに手をかけたところで、ベッドの上のすや咲がもぞもぞと動いた。


 起こしてしまったのかとヒヤリとしたが、どうやらそうではないらしい。

 ただ、手が……何かを探しているように見える。

 例えるなら……寝起きにスマホを手に取ろうと探すような仕草。


(まさかな)


 ぱちんとスイッチを切り替えて、就寝時の常夜灯モードに切り替える。

 そのまま静かに扉を開けて、退散するかしばし葛藤し……結局俺は、出て行くことなく扉を閉め、すや咲の眠るベッドの横に腰を降ろした。


 藤咲の手に人差し指が触れる。

 すると、ようやく見つけたと言わんばかりに吸い付いてきて、あっという間に指を絡められてしまった。


「……どこにもいかないよ。だがら安心してすやすやしてろ」


 今日は付きっきりで看病してやる。

 そう呟いて手を握り返すと、薄暗くてよく見えなかったが、すや咲がにへらっと微笑んだ……ような気がした。

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