極彩色の大森林⑦

「ゴオオオァァァ――ッ!」


 当然逃げ場などなく、容赦ようしゃのない一撃が氷の壁がへだてる空間すべてを貫いた。

 あの生物の断末魔だんまつまは地響きの中に消え、氷の槍と壁のわずかな隙間すきまから土煙がき上がる。


「これで、アイツの異能エクストラもわかったな。調査としては十分だろ」

「……まさか、これを狙って?」

「狙ってって……これが案件の目的だろ」

「じゃあ、最初の槍でトドメを刺す気はなかったってことですか?」

「そうだけど?」


 それを横目にあっけらかんと話すコウマの姿に、アオナは気が抜けたようにへたり込む。

 半端はんぱな攻撃は効かず、自ら危険な位置まで飛び込むことまで強いられた。

 彼女にとっては、あの生物との戦いは生きるか死ぬかの瀬戸際の連続だったのだろう。

 そんな自身とは違って、コウマには調査のために相手を泳がせる余裕があったことに大きな衝撃を受けている。


「私には、まったくわかりませんでした。倒すのに必死で……」

「アンタはそれでよかったんだよ」

「……でも、いつわかったんですか?」

「いや、俺も確信があったわけじゃない。ただ、つぼみが花になって香りが……なんて普通すぎるだろ? 異能エクストラってのは、アイツらにとって切り札みたいなもんだ。だとしたら、もっと別の何かがあるんじゃないかってな。異界アナザーでは偏屈へんくつになれ――ギンジさんの教えだ」

「父の教え……ですか。すいません。私、何も知らなくて……」

「謝ることないだろ。……さて、そろそろ降りてもいいだろ。あの背中の花は取っときたい」


 一番身近な人物であるにも関わらず、ギンジの教えはアオナにとって親しんだものではなかった。

 それに複雑な表情を浮べるアオナをよそに、コウマはぎ取りを行うために残しておいた氷の階段に向かう。


「さてと――」


 そして、そこを降りようと一歩踏み出したときだった。


「そこまでだ」


 物陰から飛び出してきた人物が、長い武器を振り下ろす。

 瞬間、轟音ごうおんを伴って、何条なんじょうもの稲妻いなずまが曲折した線を描きながら空を走る。

 その着弾点にあった氷の壁は強烈な熱量を受けて次々と瓦解がかいし、コウマとアオナがいた周辺を除いてすべて崩落した。


「な、何が……?」

「急に何だよ、アンタ」

異界アナザーへの許可なき探索は禁じられている。警備隊のところまで来てもらう」


 コウマ達の近くに降り立ったその人物は、手に持つ長い武器を突き出して警告を口にする。

 そこで、ようやくこの仄暗ほのぐらい森の中でもその詳細が視認できるようになった。

 二十代前半といった見た目の女性で、身長はコウマより頭一つほど小さい。

 白いよろいからのぞく手や顔の肌はきめ細やかで、首のところで切りそろえた髪はつややかな銀色をしている。

 その全体的に彩色さいしきの薄い容姿ようしの中で、りんとした黄色の瞳が際立っている。


「おいおい、俺達はちゃんとした案件で来てるんだって」

「だとすれば、物証を出せ。そうでないと信用できない」


 敵意がないことを示すためか両手を上げて無実を主張するコウマに、その女性は自身の武器を向けたまま疑う姿勢を崩さない。

 その武器は特徴的な形をしていて、長いの先に三角錐さんかくすいの形状をした鉄塊てっかいが接合されている。

 底面で叩き、頂点で穿うがつような用途だろう。

 当然、その大きさからしてそれなりの重量があるに違いない。

 しかし、コウマの目の前に突き付けられている武器の先端は微動だにしておらず、その女性の鍛錬たんれんの度合いが感じられる。


「契約書はあるけど、持ち歩くもんじゃないし今は持ってない。ただ、俺達の車まで戻れば探索許可証があるぞ。それを後で見せてやるからさ」

「そう言って、途中で逃げるつもりじゃないだろうな?」

「どんだけ信用されてないんだよ」

「まず、このレベルの異界アナザーに二人で来ていることがおかしい。そして、お前達の態度だ。そっちの女性はやけに狼狽うろたえているし、お前はくしゃくしゃの髪の毛に、浮浪者のような体臭と怪しさがにじみ出ている。その異装具アブギアも違法のものじゃないだろうな?」

「酷すぎない? 髪は生まれ持ってのもんだから仕方ないし、臭いも二日前に雨浴びて綺麗きれいにしたから大丈夫だと思うんだけど」

「雨だと? 一体、何を言っている」

「……あ、あの! すいません。名刺でもいいですか?」


 言い争うコウマとその女性の間に、ようやく現状に理解が追いついたらしいアオナが口を挟む。

 そして、アオナから名刺を受け取ったその女性は、それに目を通すと武器を下げる。


「日本異界アナザー探索社……確かに、貴社も極彩色の大森林リッチリー・フォレストの案件を得たと情報は来ていたが……では、この男は社員か?」

「はい、そうです」

「……早とちりをしたようだ。すまなかった」


 正体を知ったことで警戒を解いたその女性は、コウマ達に謝罪を述べる。


「だから言ったのに。どんだけ疑うんだよ」

「雨を浴びたなんて、変なこと言うからじゃないですか?」

「その前から、怪しいだの臭いだの馬鹿だの彼女いなそうだの言われてんだよ」

「いや、そこまでは言ってなかったですよ。というか、あの雨の日からお風呂入ってないんですか?」

「銭湯ってやつだろ? どうも面倒でな」

「……ともかく、同業者とわかったのならばこれ以上接触する必要はない。互いに案件をこなすだけだ」


 それから普段のような気の抜けたやり取りを始めたコウマとアオナに背を向けて、その女性はその場を離れようとする。


「キノさーん!」


 そこに、緑色のよろいを着込んだ一人の青年が、その女性のものであろう名前を叫びながら現れた。


「そろそろ行かないと、班長に怒られるっすよ! ただでさえ、進捗が滞ってるんっすから」


 色素の薄い髪を長めに伸ばしており、頭頂部からは短い毛が跳ね出ている。

 その青年は口だけではなく大きなジェスチャーを交えて話をしていて、その様子から彼の溌剌はつらつとした性格が見て取れる。

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