㈱日本異界探索社

和風だし

異界の競売①

 コンクリートの壁に囲まれた無機質な部屋に、パイプ椅子が列をなしている。

 そこに腰かける四十名ほどの人々の風貌ふうぼうは様々で、背広を着こなす紳士然とした男性から派手な身なりをした若い女性、杖を手に持つ老人までいる。

 彼らは思い思いに時間を過ごしながらも、時折誰かの到着を待つように部屋の出入口に目を向けている。


「絶対に良い案件を取らないと……!」


 その中に、一際意気込んでいるスーツ姿の女性がいた。

 年齢は二十歳前後で、身長は同世代の平均と比べると小さい方だろう。

 くせのある黒髪を後頭部でひとつにまとめており、黒縁眼鏡の奥にある大きな青色の瞳にはあどけなさが残っている。

 その女性が首に下げる名札ケースに、一枚の紙片が入っていた。

 そこには『㈱日本異界アナザー探索社たんさくしゃ』という社名と、彼女の名前であろう『アオナ・アマガミ』のふたつが記載されていた。


「失礼いたします」


 少しして、その部屋に白髪混じりの中年男性を先頭に数名の男女が入ってきた。


「準備を始めろ」


 白髪混じりの中年男性は手短に指示を飛ばすと、一人の女性とともに部屋の前方に置かれていた演壇えんだんに上がる。

 残りは指示の意図を汲み取り、分かれて資料の配付を始めた。


「どうぞ」

「すいません。ありがとうございます」


 急に慌ただしくなった室内で、アオナも若い男性から資料を受け取った。

 かなりの厚みがあり、表紙には『第74回日本第3地区異界アナザー探索案件一覧』と記されている。

 ――異界アナザー

 それはある日、突如として世界各地の至るところに出現した“異常な環境を有する未知の世界”の総称である。

 街をみ込み、自然を破壊し、空までも侵食したその異界アナザーによって、人類の文明は甚大な被害を受けて崩壊した。

 しかし、それから時間が経った現代では、異界アナザーむべき対象ではなくなっていた。

 異界アナザーに生息する動植物や土地から採取できる素材、奥地に眠る不可思議な書物や特異な力を宿した武具。

 そのどれもが、人類の復興と過去を超える繁栄に大きく寄与しているからだ。

 そんな時代の流れに乗って、異界アナザーの探索を生業なりわいとする業界も新たに誕生していた。

 ――異界アナザー探索業たんさくぎょう

 現代において最も勢いがあり、かつ社会に多大なる貢献をしている業界である。


「確かこれと……後は、これもかな。もう一回、よく読んでおかないと」


 その業界に属する各社は、基本的に国からの公的な案件として異界アナザーの探索を請け負っている。

 ただ、それは均等に配分されるものではない。

 それぞれの案件について競売を行い、最も高い金額を提示した会社が担当となる権利を得られる。

 アオナをはじめ多くの人が集まるこの部屋こそが、その会場だった。

 そして、今しがたアオナが受け取った資料には、今回競売の対象となっている案件についての詳細が明かされていた。


「あれ? 事前の開示より、ちょっと価格が上がってる……。これは、他の人達の出方次第かな……」


 そのページをめくりながら、アオナはどの案件の競売に参加するか改めて目星をつけている。

 自社の予算や人員はもちろん、案件を実施するにあたって探索を行うことになる異界アナザーに関する経験など判断の材料は多岐たきに渡る。

 アオナ以外の会社の担当者も、同じように資料に目を通しては頭をひねらせている。


「……それでは、時間になりましたので第74回日本第3地区異界アナザー探索案件についての競売を開始いたします。進行は私、異界アナザー管理局のタナカが務めさせていただきます」


 しかし、吟味ぎんみをする時間までは与えられなかった。

 演壇えんだんに立つ白髪混じりの中年男性――タナカは、資料の配付が終わった合図を受けると、すぐにマイクを通じて競売の開始を宣言した。

 それを耳にして、自然と席につく全員の視線が壇上だんじょうのタナカに向けられる。


「なお円滑な進行のため、案件の呼称はページの上部に記載のあるナンバーで行います。それでは、ナンバー422。開始価格は700万です」


 それに対して、タナカは慣れた様子で淡々と案件のナンバーと開始価格を口にする。


「900!」

「1,300!」

「1,800!」


 その一言を皮切りに、本格的に競売が始まった。

 各社の担当が挙手をして、案件を請け負うにあたって自社が出せる金額を提示していく。


「422は……極彩色の大森林リッチリー・フォレストか。さすが人気の異界アナザーだな」


 アオナにとっては到底参加できる競売ではないようで、みるみるうちに跳ね上がる金額に引きつった笑いを浮かべている。


「2,500!」

「……他にいないようですね。社名と担当のお名前を」

「株式会社キタノ異界アナザー開発のエンドウです」

「はい。ナンバー422は、株式会社キタノ異界アナザー開発様の落札となります。では、次はナンバー423。開始価格は500万です」

「700!」

「950!」

「……あそこ、いつもより出してるな。ウチの狙う価格帯には来ない……といいな」


 それでも、自分が出る幕ではないからといって、ただ聞き流すわけではない。

 アオナは他社の出方をうかがい、場の動きを読みながらきたるときに備えている。


「……次、ナンバー436。開始価格は150万です」

「来た……! 200!」


 そして、遂に目星をつけていた案件の競売になったらしい。

 アオナはすかさず手を挙げて、高らかに価格を提示する。

 金額的には開始価格から少し上乗せした程度ではあるが、強い意欲を見せることで手を引く者もいる。

 事実、数社はそのアオナの様子を見て他の案件に気持ちを移したようで、視線を手元の資料に落とした。


「230!」

「280!」


 それにおくさず競い合う形になった他社からの提示には、早々に価格をつり上げて対抗する。

 これにより自身の意欲をさらに誇示こじして、他社の積極性を失わせるという魂胆こんたんだろう。


「300!」

「310!」

「350!」


 そうして、狙い通り金額の上がり幅が乏しくなってきたところで、アオナは決定打ともいえる提示を出す。


「……他にはいないようですね」

「やった……!」


 その後は沈黙が流れて、進行を務めるタナカは競売の決着を宣言しようと口を開く。


「600」


 しかし、そこに鼻につく粘っこい声が割り込んできた。

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