同行の条件③


 降りしきる雨の中でも、カスミガセキの街の賑わいはまるで色褪いろあせていない。

 むしろ雨天ゆえの厚い雲に覆われた空が、街を彩るネオンライトの光をより強調している。

 通りはそれぞれが差す傘の色で、カラフルに埋め尽くされている。

 通り沿いの飲食店も雨宿りを兼ねての小休憩を選んだ人々がよく入り、注文と談笑の声であふれ返っている。


「……ふう、すごい雨だな」


 その街を抜けて日本異界アナザー探索社がある路地に入ったアオナは、人混みから脱したことに一息つく。

 そして、他人の傘からつたってきた雨粒でれたスーツやかばんを軽く手で払うと、路地の奥に入っていく。


「さて、早速コウマさんに今日の報告を……ん?」


 雨で視界が悪い中でも、その大きさもあって日本異界アナザー探索社の建物の輪郭りんかくは遠方からでも見える。

 それを頼りに進むアオナだったが、玄関まであと数メートルとなったところで妙な影を目にした。

 その影は、大きな平たいおけの中にしゃがみ込んで、頭をごしごしとこすっている。


「いやー、いいシャワーだ!」

「……コウマさん?」


 それは、半裸で雨に打たれながら、本格的に身体を洗っているコウマの姿だった。


「おう、おかえり。ちゃんと打ち合わせ通りいったか?」

「あ、はい。無事にお話はできたんですけど……じゃなくて、こんなところで一体何をしてるんですか?」

「何って、シャワーだよ。随分久しぶりにシャワーが降ったからさ、よし洗おうと思って」

「あの、雨のことシャワーって言わないでください。ややこしくなってきました」


 もつれた鉄条網てつじょうもうのような髪は水にれて、顔中かおじゅうに張り付いている。

 肌についた泡は汚れを存分に吸着して、くすんだ色になっている。

 それだけではなく、さらに洗濯までしたようで、玄関先には使い古されたコウマの衣類が、しぼったあとと共に干されている。


「すまん、ついな。俺がいた孤児院でもそうだし、第1地区からここまでの旅でも雨で身体とか流してたから、そのくせが」

「そのときならそうでしょうけど……ここ街中ですよ? 銭湯とかランドリーも近くにありますし……」

「……忘れてた。じゃあ、今の俺ってほとんど変質者じゃん」

「いや、完全にそうですよ」

「やべえ、片付けよ」


 習慣化している行動も、場所が変われば奇行きこうとされることがある。

 カスミガセキという街にいる事実を改めて実感したらしいコウマは、慌てて身体を流し終えるとおけをひっくり返す。


「あれ、全然水がなくならねえ」

「道が舗装ほそうされてますからね。……何か手伝いますか?」

「いいか? じゃあ、あの服取っといてくれ」

「わかりました」


 おけに溜まっていた泡混じりの雨の処理に戸惑うコウマを見かねて、アオナは代わりに干してある服を取り込み始める。


「……大事に使ってるのかな?」


 はじめにアオナと出会ったときの服もそうだったが、どれも年季が入っている。

 それらの様子を見て、アオナは何か思い入れのあるものだと考えたようだ。

 それもあって、傘を閉じたアオナはなるべく丁寧ていねいにそれらを回収し、先に建物の中に入る。


「いや、助かった。サンキューな」


 それから少しして、コウマもおけを手に戻って来た。

 そして、玄関のすぐ近くに置いていたタオルを広げると身体をき始める。


「あの、これ。ここに置いといたので」


 そのコウマに、アオナは改めて室内で干しておいた服の場所を伝えた。

 どれもしっかりとシワが伸ばされ、等間隔でひもに引っ掛けられている。


「なんだ。床に放り投げといてよかったのに」

「そんなわけにもいかないですよ。大事に使ってそうですし」

「……大事にって?」

「え? それは、色もあせてボロボロなのに、それを捨てずに使ってるので大事なんだなと……」

「何だそりゃ。新しく服買うのが面倒で使い続けてるだけだぞ」

「そ、そうだったんですか……」


 しかし、予想とは裏腹にコウマがただ無頓着むとんちゃくだという結末を知って、アオナは拍子ひょうし抜けした顔を見せる。


「……えっと、準備ができたら応接間に来てくださいますか? 今日のことについてお話したいので」

「そうだな。それで、いい話は出来たのか?」

「そうですね、要望は却下されずに済みました。ただ、あの場所を探索する企業に選定されるための条件として、極彩色の大森林リッチリー・フォレストを探索して結果を出すようにと」

極彩色の大森林リッチリー・フォレストって……なんでまたそんなところの案件を?」

「それは、わかりません。担当者の方も局長の指示で行っただけで、あまり詳しくは……」

「……まあ、いいか。それなら仕方ないし、どうせならしっかり稼がせてもらうか。新緑の岩窟ヴァージャ・ケイヴじゃ、取ってきた分と回収部隊が算出した報奨ほうしょうを合わせても50行かなかったし」

「でも、目的は成果を出すことで……」

「成果は出すに決まってるだろ。そのうえで、稼ぐって言ってんだよ俺は。任せとけ」

「……はい、お願いします!」


 それを誤魔化ごまかすように話題を変えたアオナは、その中で相変わらず自信にあふれる発言をするコウマに笑みをこぼす。

 いくつか残念な面が見えたものの、コウマがアオナに与える安心感に揺るぎはないのだろう。

 新緑の岩窟ヴァージャ・ケイヴよりはるかに高い難度をほこ極彩色の大森林リッチリー・フォレストに挑むことを強いられた状況下にいながら、その笑みには何のかげりもない。


「では、詳細は応接間で――」

「すいません、警察です」

「――え? 警察?」


 そして、場所を移そうとしたアオナだったが、玄関を叩く警察の声に表情をこおらせる。


「この付近で、全裸で水浴びをしている不審者がいると通報がありまして。何かご存知ないですか?」

「全裸って……」

「違うって! 確かに、全裸にはなったけど大事なところを洗うときだけで……!」

「違わないですよ! 事実じゃないですか!」

「……巡査長! 怪しい声がします。全裸がどうとか言ってます!」

「何? すいません、そこに誰かいらっしゃいますよね? 警察です。ここを開けてください!」

「……社長、社員の危機です! お助けを!」

「こんなときだけ、社長って呼ばないでくださいよ!」


 その後、コウマは警察から厳重注意を受け、アオナも事情の聴取を念入りに受けることとなった。

 ……そうしたアクシデントもありながら、必要な準備を済ませた彼らはその二日後、極彩色の大森林リッチリー・フォレストの探索へと出発した。

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