極彩色の大森林①

 まるで巨大な鉄槌てっついで叩き潰したように、その山麓さんろくには広大な円形の窪地くぼちがあった。

 そして、そこに林立する大樹は、それぞれが鮮やかな色彩を備えている。

 澄み切った空のような青に染まった葉や夕日のような淡い茜色の幹、波打つように地面に大きく露出した根の色も赤、白、青と変化に事欠かない。

 緑の葉に茶色のみきという普遍的ふへんてきなものもある。

 しかし、それはごくわずかで大部分ははなやかな彩りで占められており、結果まともな自然の形から存分に逸脱いつだつしていた。

 ――極彩色の大森林リッチリー・フォレスト

 この近辺では最大級の異界アナザーであり、最近人気が集中して競売価格がつり上がっている異界アナザーのひとつだった。


「まさか、ここに来れるなんて……」


 窪地くぼちふちからその全容を眺めながら、アオナは感慨深げに言葉をらす。

 特異な経緯ではあるものの、本来であれば手の届かない異界アナザーの探索を行えることに改めて喜びが込み上げてきたのだろう。


「来ただけじゃ何も意味はねえ。成果を出さないとな。地図は?」

「そ、そうでした……えっと、これです。現時点で判明したところまで更新はされているとのことでしたけど、まだ全体の六分の一程度ですね」


 そのアオナを軽くいましめたコウマは、受け取った地図と眼下に広がる極彩色の大森林リッチリー・フォレストの全体像を見比べ始める。


「しかもそのほとんどが、警備隊のいる検問所を通ってすぐの南側付近だろ? それが、ぐるっと回り込んだ北側が探索開始地点になったのは良いことだな。他の会社がいるんだっけか?」

「そうですね。前回の競売でキタノ異界アナザー開発がここの案件を落札していたので、その関係です」


 案件の契約の際に手渡される書類は、落札した側の控えとなる他に諸条件も記載されている。

 それには、探索の目的および目標や案件の期限、そして場合によっては探索の開始場所の指定など特殊な条項も含まれる。

 今回は、キタノ異界アナザー開発の案件とかぶったことで、コウマ達の探索開始地点は北側になったようだ。


「探索の浅い場所ってのは、新しい発見の可能性が高まるからな。俺等にとっちゃありがたい。その代わりに、情報が少ない分危険性も高くなる。公開されているここの生物の情報は頭に入ってるよな?」

「はい、大丈夫です!」

「よし、行くぞ」


 それにより発生しうる有事に心の準備を整えた二人は、揃って極彩色の大森林リッチリー・フォレストに向けて踏み出した。

 そのまま窪地くぼちの斜面を滑るように降りて、森の中に突入する。


「……よし、進もう」

「……はい」


 素早く周囲の安全を確認したコウマは、かばんに吊り下げたトーチを点火する。

 枝葉が陽を遮り、仄暗ほのぐらくなった場所が散見されるからだろう。

 そして、太刀のつかを握ると先行する。

 それに従って、アオナも懐中電灯をつけると、もう片方の手を銃のグリップにかけてコウマの後を追う。

 外からではただ華やかに感じられた景観も、中に入ってしまうとすっかり毛色けいろが変わった。

 極彩色ごくさいしきに染まった自然はその濃度で侵入者に圧をかけ、風で枝葉が揺れる度に複雑怪奇ふくざつかいきに入り混じる景色は正常な知覚をはばむ。

 それに加えて、辺りに漂うれた果実のような甘美な香りが、脳内の処理をにぶらせていく。


「俺が指差す方を警戒してくれ」

「はい、わかりました」


 進む中でその影響を感じ取ったコウマは、自身の指先にアオナの意識を集中させる。

 それによって無意識のうちに空気にまれることを防ぎ、自らも指示するという行為を挟むことで警戒心をくずさずに保っている。


「コウマさん、あそこに影が……!」

「武器を準備。数と形は?」

「数はひとつ。形は、四足で長い牙のようなものがあり、全長三メートルほどです」

「……レインボアと仮定して、一応は突進に備えるぞ。ただ、このままやり過ごすのが優先だ」


 その対応もあって、二人は敵の影を見逃すことなく臨戦りんせん態勢に入ることができた。

 しかし、こちらから仕掛けることはしない。

 極彩色の大森林リッチリー・フォレストに入ってからまだ数分であり、先を考えれば戦闘を避けるのは当然だろう。

 アオナが影を目にした方向を注視しながら、コウマ達は慎重に歩を進める。


「ブルル……!」


 そうして進む最中さなかに、ちょうど木々の隙間すきまから日の当たる場所に出た先程の影を捉えることができた。

 明らかになったその影の正体は、カラフルな色の斑模様まだらもように染まる毛並みを持ついのししのような生物だった。

 鼻の横から伸びる一対の牙は、赤黒い色を基調とした重い色彩をしている。

 四本あるひづめはそれぞれ色が異なり、尻尾に至っては付け根から先端にかけてグラデーションのように段階的に色味が変わっている。


「やっぱりレインボアだったか……今なら、問題なく通り抜けられそうだな」

「そうですね」


 その生物は、コウマの想定通りレインボアと呼ばれるこの極彩色の大森林リッチリー・フォレストに生息する雑食の獣だった。

 優れた嗅覚きゅうかくを持ち合わせているが、えさを探して鼻先で地面をまさぐっていることもあり、距離を取っているコウマ達には一向に気付いていない。

 そのまま察知されることなく二人は無事にその場を切り抜けると、また奥へと進んでいく。


「ウオオオオ……!」

「ギャアッ! ギャア!」

「ブルルルゥ!」


 しかしながら、そのまま順調にとはいかなかった。

 極彩色の大森林リッチリー・フォレストが人気を得ているのは、当然ながら異界アナザーにあるべき『新たな発見』が多分たぶんに望めるゆえだ。

 それは、単純な広大さだけではない。

 温暖な気候と豊かな植生により、極彩色の大森林リッチリー・フォレストには数多くの生物の存在が見込まれている。

 ただ、それは自然と侵入者に敵意を向けるものの数も多くなることになる。

 気付けば、それらのけたたましい声が四方八方から届くようになっていた。

 そのうえ、新緑の岩窟ヴァージャ・ケイヴのような制限のある空間ではないため、声から位置を判別することも難しい。

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