極彩色の大森林②

「いつ何が来てもいいように準備しておけよ」

「……はい」


 もはや、穏便に進むことは不可能だろう。

 コウマは太刀を引き抜くと、氷を操る異装具アブギアも手に持つ。

 アオナもコウマが指で差す先の警戒を続けながら、銃の安全装置を外して敵との対峙たいじに備える。


「ウキャ!」


 そのアオナの背後に、歯をき出しにして一体のさるに似た獣が迫ってきた。

 自身を覆う虹色の毛皮で、うまく景色にまぎれていたのだろう。

 彼らの近くに立つ木の枝葉の中から唐突とうとつに飛び出したその獣は、長い腕を勢いよく振り上げる。

 その腕の先にある手は異様に肥大化していて、握った拳には細身の体格に似つかわしくない重量感があった。


「後ろに引け!」

「はい!」


 しかし、その不意打ちは不発に終わり、アオナを捉えられずに空振った拳は、地面に小さくはないクレーターを作り出す。


「――ギャアッ!」

「ギシャッ!」


 それで騒ぎを聞きつけた他の生物達も一気に集まり始めた状況に、二人は連携して反撃を行う。


「こっちだ!」


 コウマはまず先陣を切ってきた猿のような獣を一太刀で斬り伏せると、銃を何発か発砲する。


「ギャアアア!」

「ギシャアアア!」

氷狼フリュールフ!」


 その音で集まってきた生物の大半を引き寄せると、異装具アブギアを使って周辺に氷のかたまりを展開した。

 それを足場にして縦横無尽に自身の位置を変えて、一対多数の不利な対面を行動範囲を拡大することで対処する。


「右だ!」

「はい!」


 同時に、その範囲を活かして広い角度から戦況を見ることでアオナのフォローを行っている。


「この……!」


 当のアオナもそのフォローありきではあるが、自身に襲い来る何匹かの相手を必死にこなしている。

 迫る爪や牙をナイフで受け流し、すきを見ては獣の身体に銃弾を打ち込んでいる。


「横に飛べ!」

「ブルオオオオォォ!」


 そこに、レインボアがすさまじい速度で突進してきた。

 いち早くそれに気付いたコウマの指示で、アオナは力の限り横に飛び退く。

 レインボアはその巨体もあって、突進の威力はさることながら攻撃の範囲も非常に幅広い。

 それを避けるためには、反撃の手を止めるほかなかった。


「ギシャアアア!」

「きゃあっ……!」


 しかし、それによって生まれたすきにつけ込まれ、アオナは一体の獣にのしかかられた。

 のっぺりとした色白の顔に粘土を指で突いたような一対のくぼみがあり、そこから赤い瞳がのぞいている。

 そのすぐ下には三日月型の口があり、後頭部から手足の先にかけては色鮮やかな羽毛に覆われている。


「ギャシャアッ!」


 その獣は強靭きょうじんな腕力でアオナを地面に押し付けると、大きく口を開ける。

 そこでアオナの眼前に広がった口内は、おろし金のように細かい牙がびっしりと生えそろったおぞましいものだった。


「ひっ……!」

氷狼フリュールフ! 今だ、行け!」


 死を間近に感じて小さく悲鳴をあげたアオナだったが、コウマの援護と叱咤しったを受けて何とか気を取り直した。


「ギャシャ!」


 氷の矢に手足を貫かれて思わず力をゆるめた獣の下から転がり出ると、アオナは銃口をその頭部に向ける。

 そして、一瞬でありながらも自身を深くむしばんだ恐怖を振り払うように、何度も発砲を繰り返す。


「ブルオオオオォォ!」


 絶命した獣を見て息をついたのも束の間、方向を切り返してきたレインボアが再びアオナに猛進もうしんしてきた。


「まずいっ……!」


 それに気付いてレインボアの進路から脱しようとしたアオナだったが、若干反応が遅れたことがあだになった。

 レインボアの赤黒い牙が、アオナのよろいかすめる。

 たったそれだけにも関わらず、そこから小さな爆発が生じてアオナの身体に衝撃しょうげきが加わる。


「くうっ……!」

「ブルッ!」


 そう大きな怪我には至らなかったものの、痛みがないわけではない。

 アオナはそれをこらえて立ち上がると、ひづめで地面をけずりながら旋回せんかいしたレインボアに向き直る。


「ブルォ――!」

「大丈夫か?」


 しかし、そうしている間にある程度の敵を処理し終えたコウマが、アオナのもとにけつけた。

 太刀でレインボアの頭部を切り落とし、アオナの具合をうかがう。


「だ、大丈夫です!」

「よし、このままやりきるぞ」


 それにアオナは無事を伝えると、再び奮起して武器を手にコウマと共に残りの敵に立ち向かう。

 そして、同胞どうほうの数が減ったことで恐れをなした一部の獣が逃げ出したこともあり、それからすぐに状況は落ち着きを見せた。


「……まず、一旦あそこで休むか」


 それを確認したコウマは、アオナを木のかげに座らせる。


「傷を見せてくれ。今、薬を塗るから」


 そこで、コウマはかばんから出した救急セットで簡易的な治療をアオナにほどこす。


「……助けていただいて、ありがとうございます。でも、すいません。やっぱり、私が足を引っ張ってしまって……」

「それは、もう一昨日の打ち合わせのときに話し終わっただろ。アンタの射撃は中々なもんだし、サポートとしていてくれると助かるんだ」

「でも……」

「それに、さっきのは俺の指示が遅かったせいだ。悪い」

「そんな! コウマさんは何も悪くないです。私の実力が足りてなくて……」

「もういいって。ここで、もう少し休んでろ。俺は素材を取ってくる」


 それを終えると、コウマは自分を卑下ひげするアオナの言葉を遮って立ち上がる。

 あくまで必要な戦力だと考えており、それ以上は不要な会話だと捉えたのだろう。

 そうしてコウマは足早にアオナから離れると、近場の獣の皮や爪といった特徴的な部位を太刀でぎ取り始めた。


「駄目だな。私は……」


 それを横目に、アオナは眉尻まゆじりを下げる。

 元々自信を持っているわけではなかったにせよ、いざ直面した実力不足に落胆の色を隠せないでいる。


「……でも、あそこに行くためにはやるしかないし、私一人のせいで終わらせるわけにもいかない」


 それでも、もう一度使命や覚悟を胸に刻んだアオナは、ほおを強く叩いて気持ちを切り替える。


「コウマさん、こっちは私がやります」

「おう……って、大丈夫か?」

「はい、もう大丈夫です。すいませんでした」


 そして、コウマの作業に加わって、獣の亡骸なきがらにナイフを入れ始める。

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