極彩色の大森林③

「よし、そっちは終わったか?」

「えっと……はい、大体は」

「なら、後は回収部隊に任せてさっさと進もう。このあたりの奴らがあそこでむさぼり食っててくれるし、動きやすいうちにな」

「わかりました」


 それからめぼしい素材をあらかた取り終えた二人は、すぐに場所の移動を開始する。

 落ち着いたとはいえ、それは敵の脅威が完全に去ったわけではない。

 死肉を漁るために動物が徐々に集まり始めていて、当然その中にはヒトを恐れずに向かってくる大型の種もいる。

 それらとの戦闘を避けるためにも、ある程度のところで切り上げたのだろう。

 また、隅々までぎ取っても探索を続ける中で持てる量は限られている。

 コウマが新緑の岩窟ヴァージャ・ケイヴでもそうしたように、いくらかの損失は覚悟で残りをのちに派遣される回収専門の部隊に任せるのはよくあることだった。


「……素材の量としては中々の収穫でしたけど、残念ながら新種はいませんでしたね」


 そうしてさらに奥に進む道中で、アオナは先程の成果について話を振る。


「そうだな。でも、まだ浅い場所だし落ち込んでも仕方ない。打ち合わせ通り、目標の五種類を達成するまでは探索を継続しよう」

「はい。……でも、案件の到達目標に具体的な数字がないのはやっぱり不安ですね。未踏みとう区域の更新に、新種の生物の発見及びその生態調査っていう形式的な目標しか記載がなかったですし……」

「まあ、あっちとしても未解明の多い異界アナザーに具体的な目標設定はできないんだろ。でも、俺らは実績をこの案件で作らなきゃならないんだから、五種類っていっても最低限だぞ」

「はい、わかっています」


 そこで、彼等は事前の打ち合わせで立てた目標を再度確認した。

 生態系が豊かとされる極彩色の大森林リッチリー・フォレストとはいえ、何回かの探索を経て生息数の多い主要な種は既に判明しているため、そうやすやすと新種を発見できる状況ではない。

 だからこそ、逃げ隠れしている種や奥部にひそむ種を明らかにするために、二人は地図上で空白となっている未確認のエリアに向けて歩を進めていく。


「……止まれ。何かいる」


 そして、その空白が目前に迫った地点で、コウマはアオナを呼び止めた。

 彼の視線の先にいたのは、レインボアに似た獣だった。

 カラフルな毛色に一対の赤黒い牙と色彩や形態はほぼ同じに見える。

 しかしながら、その剛毛ごうもうは炎のように激しくらめき、牙はレインボアのそれよりも大きく角張っている。

 その獣は地面を鼻先でまさぐりながら、時折掘り出した何かを口に運んでいる。


「レインボアの強化版ってところですかね? 資料にはないですし、新種として認定はされそうです」

「幸先いいな。しかも、周りに味方はいなさそうだし。あの感じだと……食性しょくせいとかの基本的なところはレインボアと同じと見ていいな」


 それを新種と見た二人は、距離を開けつつその獣の様子をうかがう。


「……さて、そろそろ行くか。援護は任せた」

「はい」


 しばらくして、分かる範囲でその生態を書き留めたアオナに声をかけて、コウマは木のかげから飛び出して先行する。


「よっと」

「ブルオオォォッ!」


 一気に肉薄したコウマは、死角からその獣に太刀で斬撃を加えて敵意を自身に向けさせる。

 続けて、そのすきに狙いを定めたアオナが、獣の胴体に何発か銃弾を打ち込む。


「ブルッ!」

「……防がれた?」


 しかし、その銃弾はらめく剛毛ごうもうさえぎられて勢いを失い、最後には土の上にぽとりと落ちた。

 それに驚くアオナをよそに、彼女を脅威ではないと見たのか、その獣はコウマに対して牙を振り上げる。


「ブルオオオォ!」

「よし、来いよ」


 その顛末てんまつを見たコウマは、振り回される牙をいなしながら獣の胴体どうたい四肢ししを斬っていく。

 まるでその獣を試すような二人の立ち回りだが、それは間違いではなく、確かに新種を見られる生物の生態を知るために行っていた。

 案件の目標でいうところの『生態調査』には姿形や習慣は当然として、その耐久性やそれが有する力を可能な限り明らかにする必要がある。

 それには一定以上の時間は交戦することが必須となるため、今のような一歩引いた対応をしているということだった。


氷狼フリュールフ……首を狙え。次は前足だ!」

「は、はい!」


 そして、相手が単独で余力もあるということもあってか、コウマはさらに時間を使った。

 アオナに指示を飛ばして、氷で足止めした獣の各部位に銃を撃ち込ませる。


「ブルルゥッ!」


 固い体毛がその獣の身体中を覆っているが、足の付け根のような先端までは生えそろっていなかった。

 撃ち抜くまではいかなくとも、ほとんど何の防護もない足先に銃弾を受けた獣は、流石に苦悶くもんの声をあげる。


「やっぱり、そこは弱いか」


 そのうえで、コウマは異装具アブギアの性能を活かして獣の表皮を深く切り刻み、さらに負荷を与えていく。


「ブルルルオッ!」


 それに、いよいよその獣は秘めたる力――異能エクストラを発揮した。

 身体をよじらせて自身を縛り付けていた氷を無理矢理に脱すると、鼻息を荒く鳴らす。

 それに呼応するように、獣が備える一対の牙に変化が現れた。

 牙の色味と同じ赤黒い光が宿り、同時にある程度の距離を置いても感じられるほどの熱気が顕現けんげんした。

 それから、獣はその牙をコウマに向けて振りかざす。


「……何だ?」


 コウマはそれを難なく避けたものの、勢いそのままに獣の牙が接触した地面が赤く変色する。

 そして、そこから爆発が生じて、耳をつんざく音と共に強烈な熱気が辺りに発散された。

 レインボアの牙がアオナをかすめた際にも、突如として小規模な爆発が引き起こされていた。

 この獣はレインボアから進化した種と見られ、その特性を引き継いでいても何らおかしくはない。

 さらに、進化する過程でその特性が異能エクストラとして昇華したのだろう。

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