極彩色の大森林④

氷狼フリュールフ


 しかし、何らかの現象があると察していたコウマは、抜かりなく事態に備えていた。

 辺りを破砕はさいする爆発を強固な氷の壁でしのぐと、舞い上がった砂埃すなぼこりを利用して獣の頭部に不意の一太刀を浴びせた。


「ブルルルッ!」


 それにさらに激昂げっこうした獣は、牙で地面を深くえぐり出す。

 そうして出来上がった穴から、連続的な爆発が奔流ほんりゅうのように噴出ふんしゅつして獣の前方を呑み込んでいく。


氷狼フリュールフ! ……もう十分だ、このまま仕留めるぞ!」

「わかりました!」


 その射線上にいたコウマだったが、襲い来る爆発を氷を足場にして軽やかにやり過ごす。

 そして、行動の観察から始まりこれまでの攻防の中で大体の情報は把握できたと判断したらしい。

 コウマはアオナに指示をすると、協働してその獣に猛攻を仕掛ける。


「ブルルルウッ!」


 アオナの放った銃弾が足の自由を奪い、様子見をやめたコウマの斬撃は剛毛ごうもうの保護をものともせず急所に至っている。


「ブルルルッ――!」

「悪いな」


 抵抗を続ける獣だったが、それもむなしく、コウマの最後の袈裟けさ斬りが頭と身体を容赦ようしゃなく切り離した。


「この牙を取ったら行くぞ。集まってきてる」


 そうして地面に転がった獣の頭部から一対の牙を手早く剥ぎ取り、コウマ達はすぐにその場を離れる。

 先程の戦闘の中で獣が発生させた爆発の音のせいで、周囲がざわつき始めていた。

 たまたま単独行動する新種の生物と遭遇そうぐうしたからこそ時間と労力を惜しまなかっただけで、あてもなく戦闘を繰り返すのはかなっていない。

 一旦場所を移して、同じように余裕を持って調査を行える相手を探す方が確かに良いだろう。


「ここからは地図なしだ。マッピングしながら行くぞ」

「はい」


 それから、コウマ達は地図上で空白となっている区域に本格的に入った。

 これまでと同じく、コウマの指差しに従って警戒を続けるのは変わりない。

 ただ、適宜てきぎ立ち止まってはアオナが地図と周辺を見比べて何やら作業をしている。


「……書き終わったか?」

「はい、大丈夫です」


 その手元を見てみると、地図の空白部分に新たな地形が描き込まれていた。

 案件の目標にもあった未踏みとう区域の更新が、この行為なのだろう。

 それを繰り返していき、徐々にだが確実に極彩色の大森林リッチリー・フォレストの全容の把握が進んでいく。


「……何か、より色味が増してきましたね」


 その過程で、木々の枝に実る果実や根元に生える菌類の姿が多く見られるようになってきた。

 それらの大多数は食用に適していて、極彩色の大森林リッチリー・フォレストの生態系を支えるえさにもなっている。

 しかし、比較的危険の少ない外郭部がいかくぶだけでも十分な数と種類があり、調査や採取にそれほど労力を要さないことから、案件の主目標しゅもくひょうには入っていない。


「肉食が多くなってきたってことだろ。つまりは、大型で気性の荒い奴らばっかりってことだ」

「やっぱり、そうですよね……」


 だからこそ、アオナも成果につながるという視点で話をしたわけではなかった。

 それらをえさとしない生物がいかようなものなのかを察して、緊張感を高めている。


「ゴオオオォォォォ……」


 そんな矢先に、地をうような低いうなり声が遠方から押し寄せてきた。


「……この鳴き声、資料にあった生物のどれにも当てはまらないですね」

「ああ、新種と見ていいな。立て続けに、運がいい」


 それを耳にした二人は、早速その声の方に向かって進路を変えた。

 林立する木々の合間を抜けて、大きく露出した根を乗り越える。

 そうして、先程の声が随分ずいぶんと間近に感じられるようになってきた頃だった。


「……コウマさん。あれ何でしょうか?」


 不意に立ち止まったアオナが、前方を指差しながらコウマに問いかける。


「……何もないじゃん。何かあったのか?」


 その指の先を追ったコウマだったが、そこには周囲と変わりない派手な色彩の森が広がっている。


「何って……綺麗きれいな黄金色の泉ですよ。小さな妖精ようせいみたいなのも飛んでます」

「いや、何を言って――ッ!」


 それでも妄言もうげんを続けるアオナに眉をしかめたのもつかの間、突然コウマは彼女を遠くへ突き飛ばした。


氷狼フリュールフ!」


 ほぼ同時に、上空から腕が振り下ろされる。

 枯れ木のように細く、肌の色にも生気がない。

 それにも関わらず、コウマの異装具アブギアによって急速に具現ぐげんした氷はいとも容易く叩き割られた。


「あれ? 私、何を……」

「こっち来い、敵だ!」


 しかし、割られるまでのほんのわずかな拮抗きっこうのうちに、コウマは脱出を果たしていた。

 そして、事態を飲み込めずにほうけるアオナを地面から抱えあげ、近場の木のかげすべり込んだ。

 それからかばんに吊り下げたランタンを消して、息を潜める。


「すいません。私、また迷惑を……」

「別にいい、俺だって気付かなかった」

「コウマさんがですか? 一体何が……」

「匂いだ。俺の見立てだと、これをいた奴らを幻惑するらしい。そこまでいかなくても、感覚をにぶらせる程度は出来るみたいだな」


 そこでコウマの説明を聞き、はじめてアオナは森に入った直後からしていたれた果実のような甘美な香りが強まっていることに気付いた。


「そんな……その敵の異能エクストラってことですか?」

「だといいがな。……ほら、来たぞ。アイツだ」


 その影響におののくアオナだったが、コウマに言われて目にした相手の姿にさらに恐怖を露わにする。


「ゴオオォォ……」


 全長は七メートルほどで、枯れ木のような肢体したいに、ひげ根のような白髪が頭部をおおっている。

 その隙間すきまから見える瞳は底のない穴のようで、口と思われる三日月型の裂け目にはささくれのような細かな歯が所狭ところせましと並んでいる。

 そして、その色味のない全身がいやに強調する背中のつぼみは、虹色に淡くまたたいている。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る