極彩色の大森林⑤

「な、何ですかあれ……」

「何者かはこれから調べる。ただ、今わかってることを言えば、でかい実績になるってことだ。あのつぼみから漏れ出てる匂いは、この森に漂うものと一緒だ。つまりは、森全体を惑わせている匂いの発生源といっていいんだぞ?」

「……挑むんですね」


 繁茂はんもした枝葉が日をさえぎ仄暗ほのぐらい中で、その生物は長い手足を使って木々をつたいながら索敵さくてきをしている。

 それに立ち向かう姿勢を見せたコウマに、アオナは不安げな声を漏らす。


「何だ、やめとくか?」

「いえ、やります。足を引っ張らないよう全力で努めます」


 しかし、アオナとて今回の案件の目標を達するためには、避けては通れない相手だと理解していた。

 恐怖を押し殺して銃を握り、コウマの側でその時を待つ。


「そう気負うなって。アイツの攻撃は全部防ぐから、俺の後ろにつきながらすきを見て攻撃してくれ」

「はい……!」

「よし……今だ、行くぞ!」


 そして、その生物が背後を向けた瞬間、コウマはアオナを引き連れてけ出した。


氷狼フリュールフ


 それと並行して、コウマは異装具アブギアで氷の足場を前方に作り出す。


「――ゴオオォォ!」


 その現象に伴う冷気を感じて振り向いたその生物は、威嚇いかくの声を発する。

 それは木々をうならせ、強くこすれ合った枝葉は大きくざわめき立つ。

 ただ、その頃には既に太刀が届く範囲まで接近していた。

 威嚇いかくひるむことなくコウマは太刀を鋭く振り抜き、その生物のせこけた首筋に刃が入る。


「ゴオオォォ……」


 しかし、そのまま両断とはいかず、コウマの一撃は甲高い音と共に表皮に弾かれた。

 返す形で、その生物は細長い腕でコウマ達を叩き落とそうとしてきた。

 その腕にアオナは銃弾を撃ち込んだものの、傷のひとつすら付かずひるむ気配もない。


氷狼フリュールフ!」


 そこに、コウマが異装具アブギアで生成した氷が割って入り、すべらせるようにして細長い腕を横にらした。

 そのまま振り抜かれた腕は、その先にあった大樹をいとも容易くへし折り、地面に向かってなぎ倒す。


「硬いなアイツ。弱点を見つけないと」

「そ、そうですね……」


 コウマが再び形成した氷の足場を共に降りながらそれを目撃したアオナは、一撃でも当たれば終わるとさとってさらに表情を引き締めた。

 しかし、怪力などその生物が備える能力のほんの一端いったんでしかなかった。


「ゴオオォォ!」


 咆哮ほうこうと共にその生物の背中にあるつぼみが花開き、甘い香りが周囲に広がる。


「鼻押さえて、息止めろ!」

「はい!」


 二人は慌てて嗅覚をふうじたが、それを微量でも知覚した段階で既に侵食は進んでいた。


「何だか、景色がぐるぐるして……前が……」

「大丈夫だ! 何もなってないから、足を止めるなよ!」


 匂いによって幻惑された感覚がありもしない現実を作り出し、正常な対応を困難にさせる。


「ブルルルオッ!」

「ウキャキャ!」


 それに加えて、ヒトの何倍も匂いや音を感じ取る器官が災いして、その花の香りで正気を失った周辺の生物が参戦してきた。

 勢いよく突進するレインボアは、足取りがおぼつかずに何度も木の幹に衝突しょうとつしている。

 猿のような生物は妙に上機嫌な様子で、肥大化した腕を大雑把おおざっぱに振り回している。

 他にも唐突とうとつに地面に寝転がるものもいれば、土をむさぼっている獣もいる。

 どれもこれもまともといえる行動ではなく、だからこそ予測も難しい。


「ブルル――ッ!」

「右の方に向かって撃てるか? 適当でいい!」

「だ、大丈夫です! やれます!」


 その対応に追われながらも、コウマ達は状況の打開に向けて攻勢を強めていく。

 コウマは急に方向を変えて左から迫ってきたレインボアを切り伏せて、氷の矢で進路を一掃いっそうする。

 アオナもまだ優れないであろう意識の中で懸命けんめいに指示を遂行し、コウマが見切れていない方向に対して攻撃と牽制けんせいを行う。


「ゴオオオォォォ!」


 そうして、乱戦から抜け出せそうな兆候ちょうこうが見えてきた頃だった。

 あのつぼみを背負う生物が木から飛び下りて、コウマ達の後を追い始めた。


「ゴオォォ!」

「グオ……ッ!」

「ブモォッ!」


 長い手足を順々に前に出し、うような動きで迫ってくる。

 その道中には自らが幻惑した獣達がいたが、まるで意に介していない。

 それらもろとも地面をつかんではり、進んだ跡には無残につぶされた獣の死骸しがいが何体も出来上がっていく。


「もうはっきりしてるな? ちょっとの間、周りは任せたぞ」

「はい!」

氷狼フリュールフ


 対して、背後をアオナに任せて反転したコウマは、急速に縮まる自身とその生物の間に氷の突起を多数出現させる。

 それも、ただ並べたわけではない。

 不規則かつ不揃ふぞろいに、その生物の歩幅を乱すようにしている。


「ゴオオォォ……オォッ!」


 その結果、その生物はつまづいて体勢を崩した。


氷狼フリュールフ


 そこに、コウマは追撃として氷の矢を何十本も打ち込んだ。

 見た目は細くとも新緑の岩窟ヴァージャ・ケイヴで敵を掃討そうとうしている通り、その一本一本に十分な殺傷力がある。

 その矢で全身に満遍まんべんなく攻撃を加えて、その生物が取る反応に目をらしている。


「ゴオオォォ!」

「……まさか」


 そして、腕を交差させて背中のつぼみを守った姿を見て、コウマは何かに考えが至ったらしい。


「よし、ついて来いよ!」

「え? は、はい!」


 それをもとに行動を起こしたコウマは、アオナを連れて前に走り出した。

 当然、向かう先にはあのつぼみを背負う生物がいる。


「な、何を……?」

「いいから! 俺を信じて顔に向かって撃ちまくれ!」


 その真意を問おうとするアオナを強引に丸め込み、コウマ達はその生物に接近していく。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る