極彩色の大森林⑥

「ゴオオォォ!」

「集え、氷狼フリュールフ!」


 それから、体勢を立て直してたける相手をよそに、コウマは分厚い氷の壁を形成する。

 その質量もあってか、範囲はそう広くはない。

 コウマ達とわずか数メートル先にいるつぼみを背負った生物だけを取り囲むように、氷の壁は森の中にそびえ立つ。


「やああああっ!」


 その間、アオナは走りながら必死に銃の引き金を引いていた。

 それにより幾度となく受ける反動は、彼女の小柄こがらな身体にとって軽いものではないだろう。

 それでも、弾が無くなれば素早く装填そうてんし、ほぼ途切れなく発砲を続けている。


「ゴオオォォッ!」


 その銃撃で傷は負わずとも、小蝿こばえが群がるような不快感はあるようだった。

 大きく身体を振って声を上げ、そこから逃れようとその生物は氷の壁に向けて手を振り払う。


「ゴオォォ……ッ!」


 しかし、その厚みもあって、ヒビは生じたものの初めのときのように叩き割るまではいかなかった。

 そこに、コウマが太刀を手にその生物のふところに飛び込む。

 それからは、激しい攻防の連続だった。

 コウマは鋭い斬撃を何度も放ちつつ、身軽な動きで翻弄ほんろうする。

 その動きでコウマが敵を引き付けることで自由を得たアオナは、相手にめがけて力の限り銃を放ち続ける。

 その生物も硬い表皮で存分に攻撃を受け止め、怪力を秘めた枯れ木のような手で反撃を行っている。


「ゴオオォォッ!」


 その最中に、またもつぼみが花開いて虹色の大輪となった。

 そこから溢れ出す甘い香りが、周囲を幻惑の中に取り込んでいく。


「コウマさん、もう……!」


 彼らの周囲にそびえ立つ氷の壁は、相手の行動を大幅に制限させている。

 ただ、それと同時にコウマ達自身の首をめる結果にもなっていた。

 迫る匂いからの逃げ場を失っており、アオナは観念したように目をつむる。


「今だ、あれ撃ち落とせ!」


 しかし、そこまでして敵と共に閉じこもったのは、確実に大きな一撃を当てるためだった。

 コウマの言葉で上に目をやったアオナは、太い枝から吊り下がる巨大な氷の槍を見た。


「……はい!」


 いつの間に作り出したのかという疑問はすぐに追いやり、コウマの意図を感じ取ったアオナは、銃でその槍と枝をつないでいた氷を破壊する。


「まだだぞ! 撃ち続けろ!」

「……ゴオォ――ッ!」


 つぼみを背負う生物は、そこでようやく異変を察知した。

 それでも左右は氷の壁に防がれ、前方からはコウマとアオナの猛攻が襲い来る。

 結果、逃げ切ることは叶わず、落下で十分な速度を得た氷の槍が匂いを振りく大輪に深く突き刺さった。


「ゴオオオァァァ!」


 氷の槍は花弁かべんを引き裂き、根を張る背中まで到達した。

 そのままその圧倒的な重量に押しつぶされてもがく最中さなか、露出した内部から絶叫を上げる青白い顔が現れる。


「えっ……あれって……」

「あれが、アイツの本当の頭だ」


 目的を果たしたこともあり、既に二人はコウマが作った氷の階段を辿たどって壁の上まで退避していた。

 そこで目にしたその顔に、アオナは甘い香りを吸ってぼやけていた脳が一気に覚醒かくせいした。


「あの量の氷の矢に対してなら、まず真っ先に大事なところを守るはずだ。それが、アイツはあの顔じゃなくて背中のつぼみを守った。だから、そこに弱点があると思ってな」

「じゃあ、あの目と口がある場所は……?」

「俺らみたいに中枢神経がある場所じゃなかったってことだ。まあ、異界アナザーの生き物……しかも、こんな大型の種に普通を求めるほうがおかしい」

「そ、そうですか……」


 まったくの素人ではないにせよ、訪れたことのある異界アナザーでは経験がなかったのだろう。

 その珍妙な構造を知り、アオナは唖然あぜんとしている。


「でも、倒せましたね。少し休む時間を取ってまた……」

「いや、まだだ」

「え? 距離を取ったので、もう倒せたかと……」

「さすがに、あの距離で匂いを吸ったら俺でもキツい。だから、引かざるを得なかったって感じだ」


 その生物は何とか氷の槍の下から脱したものの、傷口からどす黒い血液が勢いよく流れ出ている。

 その姿を見れば、アオナのように終わったと判断しても仕方がないだろう。

 しかし、コウマが呟いた一言を証明するように、奇妙な変化が生じた。

 なわがほつれるように手足の指が崩れたかと思うと、それらはくだのようになって地面に癒着ゆちゃくする。


「ゴオオオァァァ……」


 そして、あの青白い顔が発光し、地面とつながったくだが脈動を始めた。

 さながら地中から養分を吸い上げているようであり、それと比例して逆再生のように負った傷が急速にふさがっていく。


「あれが、アイツの異能エクストラか。見るからに回復系だな」

「そ、そんな。早く追撃を……あ、でもあの匂いが……!」


 氷の壁の中には、今もまだ幻惑を生じさせる甘美な香りが充満している。

 それが敵の接近を妨げ、回復までに要する時間を十分に稼げると理解しているのだろう。

 あの生物は無駄には動かず、氷の壁にへだてられた空間の底に身をうずめている。


「焦るなって。最後の一撃はもう準備してある」


 しかし、異界アナザーを知るコウマは何重にも策を巡らしており、それをみすみす許すような真似はしなかった。


「え? どこに……?」


 コウマの言葉に先程の氷の槍が頭にぎりアオナは顔を上げたが、それらしいものは見当たらなかった。


「もっと上だよ」


 それから周辺に目を配り始めたアオナをよそに、コウマはゆっくりと上空を指差す。


「上って……きゃあ!」


 その指を追って再び上を向こうとしたアオナの眼前を氷の槍が、すさまじい速度で過ぎ去って行った。

 先程、あの生物に致命傷を与えたそれよりも二回りほどは大きい。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る