同行の条件②

 指定企業案件とは、異界アナザー管理局が選定した企業に委託いたくする異界アナザー探索案件のことを指す。

 裏を返せば、競売を行わずに特定の企業に任せるほど緊急性や難度が高いということでもある。

 当然ながら、そこには十分な実績も伴っていなければならない。


「……それも、極彩色の大森林リッチリー・フォレストなんて。本当に、これは弊社に対してのものなのでしょうか?」

「間違いありません。何の実績もないままでは流石に角が立つので、この案件で一定の成果を出すようにとのことでした。無事に結果を出せば、新緑の岩窟ヴァージャ・ケイヴ内に新たに発見された空間については指定企業案件とし、御社も選定すると局長はおっしゃっておられました」

「そ、そうですか……」


 それが、自身の会社に向けて出された事実に、アオナはまだ信じられないといった様子でいる。


「――しかし、私個人としてはこの案件を受けないことをおすすめいたします」

「え? な、何故でしょうか……?」

「御社もかつてはこの第3地区でも有数の実力者を多く備えており、輝かしい実績を誇りましたが、近年はさっぱりです」

「ま、待ってください。実力というお話でしたら、弊社は新緑の岩窟ヴァージャ・ケイヴでケイヴルフウォーリアを討伐しております!」

「それをかんがみてもです。確かに、単独の戦闘力であればケイヴルフウォーリアは中位ちゅういには入るでしょう」

「それなら……!」

「それでも、異界アナザーそのものとして見れば、新緑の岩窟ヴァージャ・ケイヴ極彩色の大森林リッチリー・フォレストでは規模も種の多様性も大きな差があります。それは、そのまま必要な準備の量や投入できる人員の数に関わってきます。御社には、それが十分にはありません」

「そ、それは……」

「いくら局長の指示とはいえ、これはあまりに無謀でどんな条件をつけようとも正当性に欠けるとも私は考えております」


 そのアオナに、ホンダは日本異界アナザー探索社と指定企業案件を与えられるべき本来の会社との違いを滾々こんこんと口にした。

 上長の指示には逆らえずとも、受ける側の意思であれば介入の余地がある。

 個人的な感情もあるにはあるのだろうが、それを考慮したうえでの鋭い指摘だった。


「この案件の処理を担当している都合もあり、御社の過去の出来事も把握しました。ですので、そちらのお気持ちも理解はできますが……いかんせん三年も前のことです。無理せず他社に任せるか、着実に実績を積んでからでも遅くないのでは?」

「……確かに、おっしゃる通りかもしれません」


 そのホンダの言葉を耳にして、アオナは今、自身が置かれている特別な状況に後ろめたさを感じ始めていた。

 同時に、予想外の発見を果たしてからずっとうわついていた気持ちが薄くなり、事態を冷静に俯瞰ふかんできるようになったらしい。


「これが正式な流れでないことは十分にわかりますし……弊社が求めている結果に関しても、もし生きていたとして三年も帰ってこないのはおかしいです」

「ええ、そうですね」

「なので――」


 そうして、一旦は引く姿勢を見せたアオナだったが、その脳裏のうりに仲間の顔が浮かんだ。


「……コウマさん」


 その仲間の名前をアオナはつぶやく。

 当初は衝突こそしたものの、結果としては共に会社を立て直す立場となり、今ではギンジ達の生存を諦めていた自身に希望まで持たせ始めた。

 加えて、アオナが父であるギンジの面影を重ねたほどには、コウマはギンジと同じ氷を操る異装具アブギアを難なく扱い、高い実力まで備えている。


「何かおっしゃりましたか?」

「いえ。あの……すいません、よろしいでしょうか?」

「何でしょうか?」

「……この案件、是非ともやらせていただきたいです。たとえ可能性がほとんどなくても、まず自分の目で全てを見て、その結末を受け入れたいんです」

「……たった二人で、極彩色の大森林リッチリー・フォレストを十分に探索できると?」

「はい。弊社には、信頼できる社員がいるので」


 短い間柄でも、そのコウマの存在はアオナの勇気を後押しする大きな要素になっていた。


「……では、内容に目を通してすべての署名欄にサインを」

「わ、わかりました……!」


 アオナが案件を受ける意志を明確に見せた以上、ホンダにはもう別の選択肢を出す意味はなくなった。

 ファイルの内容に目を通すよう促すと、自身は内容を読み込むアオナを前に静かに待つ。


「……出来ました」

「はい。ありがとうございます」


 そして、署名を終えたアオナからファイルを受け取ると、そのうちの二枚を抜き取って差し出した。


「これが、契約書の御社の控えと探索許可証たんさくきょかしょうになります。案件の内容及び期日などの詳細を記載しておりますので、紛失しないようお願いいたします」

「はい!」

「では、ご退出ください」


 それをかばんに仕舞ったアオナは、床に置いていた傘も手にして席を立つ。

 最後に深々とお辞儀をして、部屋を出ていった。


「……局長、どうせご覧になっているのでしょう?」


 しばらくして、部屋に一人となったホンダは、不意に部屋のすみに向けて声をかけた。


「私個人の考えとしては、先程口にしていた通りです。私も担当として責任を負う覚悟はしておりますが……日本異界アナザー探索社様に何かあれば、それ以上に局長の責任が問われますよ?」


 一切返答はないものの、ホンダには何かしらの確信があるらしい。

 最初の一言に続けて、今後の懸念けねんをつらつらと述べる。


「……では、別の仕事がありますので」


 そうして、それを終えたホンダはファイルを手に退出した。


『……相変わらずお堅いねえ。どうなるのかわからないのが、楽しいんじゃないか』


 それを待っていたように、誰もいなくなり静寂に包まれた室内に、機械的な音声が響いた。

 その声は平坦でありながら、話し方には子どものような無邪気さがあった。

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