同行の条件①

 新緑の岩窟ヴァージャ・ケイヴでの探索を終えてから、二日が経った頃。

 長机とそれを挟んで二脚にきゃくの椅子が置かれただけの小部屋で、スーツ姿のアオナは一人腰掛けていた。


「打ち合わせ通り……落ち着いて……。打ち合わせ通りに、落ち着いて……」


 何度も繰り返しているその言葉とは裏腹に、彼女のたたずまいに表れている緊張感は一向に静まる気配がない。

 表情は強張こわばり、ほおも紅潮している。


「……詳しい場所は私達だけが知ってる。目的は、それを教えることと引き換えに、あの壁の向こうの探索に同行させてもらうこと」


 新緑の岩窟ヴァージャ・ケイヴの探索を行った際に、アオナ達は未知の空間を発見した。

 異界アナザーの再調査という生産性のない案件だったと考えれば、その発見はこれ以上ない成果といえる。

 しかし、それがあってもなお、アオナが口にしたただひとつの要望を出すのにここまで気を張っている原因は、これから彼女が対峙たいじする相手にあった。


「落ち着いて……打ち合わせ通りに」

「――失礼いたします。お待たせいたしました」

「は、はい!」


 短いノックを経て、アオナが待つ部屋に一人の女性が入ってきた。

 タイトなスーツが似合う長身に、感情が読み取れない硬い顔もあって、どこか近寄り難い雰囲気がある。


異界アナザー管理局のホンダと申します」


 ホンダと名乗ったその女性は、アオナが参加した競売でタナカと共に演壇えんだんに立っていた人物だった。

 つまりは、異界アナザー管理局に属する人間であり、競売を介しているとはいえ案件をもらう立場にあるアオナにとっては決して粗相そそうのできない相手でもある。

 アオナに異様なほどの緊張感が漂っていたのは、この立場の差があるゆえだろう。


「本日は急にお呼び立てして、申し訳ございません。再調査でこのような結果が得られるのは異例で、対応に苦慮しておりまして」

「そ、そんな……滅相めっそうもございません!」

「本件については、弊局の方でも追加の調査を現在行っております。そして、それにあたって当事者である御社にも詳しくお話を聞かせていただきたいと思い、このような時間をいただく運びとなりました」


 ホンダは足早に席に着くと、手にしていた資料を机に置く。

 その資料の表紙には、『新緑の岩窟ヴァージャ・ケイヴ再調査報告』という題名とアオナの社名である『㈱日本異界アナザー探索社』が記載されており、公的な文書だと示すための社印も押されている。

 競売を経て異界アナザーの探索を案件として担う各社には、その結果について異界アナザー管理局への報告が義務付けられている。

 そのルールに従って、アオナも書類の作成と提出を行った。

 しかし、今回アオナ達が得た結果は、探索済みの異界アナザーの再調査で得られるものとしては破格になる。

 だからこそ、コウマの予想通り異界アナザー管理局の担当と直々に話をする場が設けられることとなったようだ。


「……早速ですが、内容についてもう少し深掘りをしても?」

「は、はい……!」

「まずこの点ですが――」


 それから、まずは報告書には記載しきれなかった事象について、口頭での確認が行われた。

 道中での戦闘の詳細や隠された空間を発見するまでの経緯など、ホンダの事細かな質問にアオナは誠実に答えていく。


「――それで、この資料でいう新たな場所を発見したと」

「はい、そうです」


 そのやり取りを経るにつれて、アオナの顔の強張こわばりがより顕著けんちょに表れてきた。

 事務的な受け答えが続いていることもあり、室内の空気は重く堅苦しい。

 かつ話に終わりが見えてきたことで、この状況で自身の要望を提示しなければならないことを察したらしい。


「それで、ひとつお伺いしたいのですが……よろしいでしょうか?」

「……何でしょうか?」


 しかし、アオナにもこの場を任された責任がある。

 逡巡しゅんじゅんしていても意味がないと奮起したのか、話のすきを見て自ら話題を切り出した。


「弊社としては、これを大きな実績と捉えております。しかし、ただ場所の情報を提供して終わりとなるのは……どうも、惜しいなと思う面がありまして……」

「……それで?」

「はい。この場所をお教えする代わりに、ここの探索を行う場合は、その……弊社も参加できる権利をいただきたく存じます!」


 ホンダが来るまでの間、自身を鼓舞こぶしていた際に言っていた通り、この流れは事前にコウマと打ち合わせたものだろう。

 それを言い終えたアオナは、興奮も相まってより赤らんだ顔でホンダの返答を待つ。


「……これは、驚きました」

「も、申し訳ございません。急なお話で……」


 そのホンダから返された第一声は、驚きの感情を表すものだった。

 それを場違いな要望を出したせいだと解釈したアオナは、慌てて謝罪の意を示す。


「いえ、そうではなくて……日本異界アナザー探索社様に同行を要望されるだろうから、そのときはこれを渡せと局長から指示を受けていたもので」

「……はい?」


 しかし、ホンダが驚きを抱いた理由は、アオナが思ったこととはまるで違っていた。


「このような場を設けることもまれではありますが、まずもって弊局へいきょくの立場と公平性の維持のため、企業様からの要望や要求は基本受け付けておりません」

「は、はい……」

「……そのはずだったのですが、局長は御社の要望に応えるつもりのようで……今回の件に関してはこの通りになります」


 ホンダ自身、納得しきれていない部分があるのだろう。

 あくまで前提条件が崩れたわけではないと、ホンダは異界アナザー管理局の姿勢を改めて説明する。

 そうしながら、ずっと手にしていた一冊のファイルをアオナの前に差し出した。


「指定企業案件……!」


 その表紙をめくったアオナは、ファイリングされていた資料の一枚目に記載された文字を口にする。

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