新緑の岩窟⑥

「これも、ひとつの成果だ。まあ、ボスの素材でも売って二束三文になればって感じだけどな」

「元がケイヴルフですしね。資料を見ても、素材には有用性がないと記載がありました」

「だろうな。そもそも、探索済みとされている時点で色々と察せられる」


 異界アナザーが探索済みとなる条件には、まず構造や環境、生態系などのすべてが明らかになるということが第一にある。

 ただ、そこから重要になってくるのは、その異界アナザーが人類にとって有益がどうかになる。

 食用に適した動植物が豊富であったり、今の生活の基盤となる資源を数多く保有しているなど、一定の判断基準を超えれば継続的に管理され、採取をメインとした探索案件として競売にも出される。

 しかし、そうでなければ異界アナザー管理局によって探索済みとして処理され、半ば放置された扱いになる。

 新緑の岩窟ヴァージャ・ケイヴはまさしくそれで、トルーマ草やダモアの花などコウマが口にしていたいくつかの植物には、同じ用途でありながらより安価で生産の容易たやすい種が多くある。

 そして、ケイヴルフをはじめとする生物の素材にも、大きく秀でた面がなく加工にも適さない。

 ボスであるケイヴルフウォーリアもそれに違わず、三年前に行われた解剖かいぼうの際に素材としての有用性がないと結論付けられている。


「……このたてがみと爪くらいは先に持ってくか。後は、回収の部隊に任せよう」


 それでも、再調査にあたってひとつの成果にはなる。

 ケイヴルフウォーリアの特徴でもあるたてがみと何本かの爪をぎ取り、コウマはそれらをポーチに仕舞い込む。


「……何だ?」


 そのとき、コウマは手に付着した微細なきらめきに眉をひそめる。

 確認してみると、ケイヴルフウォーリアのたてがみに黄金色の粉が絡まっていた。


「ここの植物に、金色の花粉を出すやつなんてないよな?」

「……ですね。ここの地質や生物も、こんな粉を生成するなんて記載はなかったはずです」

「だよな……ちょっと、それしてくれ」


 探索済みとされるからには、当然新緑の岩窟ヴァージャ・ケイヴに関する資料は十二分じゅうにぶんに揃っている。

 その中にはなかった粉の存在に、言葉にはせずとも二人の胸中には、真相に迫れるかもしれないという期待感が生まれていた。

 そして、アオナから懐中電灯を受け取ったコウマは、それを使って通路に光を当て始める。


「……あっちだ。行こう」

「……は、はい」


 すると、ケイヴルフウォーリアが来た方向に点々と黄金色の粉が落ちているのが見えた。

 発光する木々の存在もあって視界は確保できてはいるが、この粉のような微細なものをくまなく探し切れるほど明瞭めいりょうではない。

 そこで、懐中電灯が出す強い光で粉が発するきらめきを増幅させながら、コウマ達はそれを辿たどっていく。


「グルル……」

氷狼フリュールフ


 もちろん、道中にはコウマ達のような外敵に牙を向ける生物がまだまだいる。

 ただ、ボスであるケイヴルフウォーリアすらくだし、かつ一刻も早く不明な粉の正体を明らかにしたいはずのコウマに容赦ようしゃはない。

 異武装アブギアの使用を惜しむことなく、襲い来る敵を手早く処理しながら足早に進んでいる。


「……ここか」


 そして、二人が最終的に辿たどり着いたのは、岩窟がんくつの入口からそう離れていないところにある行き止まりだった。

 その見た目通り、地図上ではこれ以上通路が続いていないとされている。


「おい、見てみろよ」

「こ、これって……!」


 しかし、その粉が途切れている壁際にコウマが触れてみると奇妙な現象が起こった。

 触れた箇所を起点にして、水面に立つ波紋のように壁が揺らいでいる。

 その様子にアオナは声を上げて、食い入るようにそこを見つめている。


「もしかしたら、この先にギンジさん達は行ったのかもしれない」

「……あのときは、調査不足だったってことですか」

「そういうことになるな。……多分、ここは抜けられそうだ」


 試しにコウマがもう少し力を入れてみると、壁に向かってどんどん手が沈んでいく。

 その感触で壁の向こうに別の空間があると見たコウマは、一度手を抜いて何やら考え込んでいる。


「……ダメだな。一回戻ろう」

「え、行かないんですか?」


 そして、機会を改める決断をしたコウマに、アオナは意外そうな表情を浮かべる。

 今回の新緑の岩窟ヴァージャ・ケイヴの探索において、常に積極的に物事を進める彼の姿勢を見ていたアオナは、てっきり挑むものだと考えていたのだろう。


「流石に情報がなさすぎる。しかも、たった二人だぞ? 命を投げ捨てるようなもんだ」


 対して、コウマはあくまで冷静に自身の線引きに従って判断したようだった。


「でも、せっかく見つけた手がかりが……」

「わかっているけど、まずはここまでで良しとしよう。ただ、丸々誰かに譲るわけにもいかない。この場所を教えることと引き換えに、ここから先の探索については管理局にウチの同行を求めさせよう。この結果を持ち帰れば、管理局と話をする場は出来るはずだ」


 父の事件の真相がつかめるかもしれない状況に、明らかにアオナの気持ちはいている。

 その気持ちと自身の判断に折り合いをつけるように、コウマは今後の探索に参加できるように動く案を提示した。


「……そうですね。すいません、私ばかり焦ってしまって」

「俺だって本当は行きたいさ。この先にギンジさん達がいる可能性はゼロじゃないんだからな。でも、生きて会えなきゃ意味ないからな。そうだろ?」

「……はい」

「よし、じゃあ出ようぜ」


 それを受け入れたアオナは、コウマに付いて新緑の岩窟ヴァージャ・ケイヴを後にするためきびすを返した。


「――ウオオォォ……」

「ウオッ!」

「ウオオォォ!」


 ――二人が去ってからしばらくして、先程の壁の向こうから低く濁った声と共に三体の生物が現れた。

 おおかみに酷似した風貌ふうぼうに、緑色のあらい岩肌に包まれた身体はたくましく発達している。

 そして、何より黒いたてがみ琥珀こはく色の瞳が見る者の目を引き付ける。

 新緑の岩窟ヴァージャ・ケイヴのボスとされ、複数体存在するはずのないケイヴルフウォーリアの姿が、そこには三つあった。

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