新緑の岩窟⑤

「あれは、異能エクストラ……!」


 その姿に、アオナは焦りを露わにする。

 異能エクストラとは、異界アナザーに生息する生物の一部が、異界アナザーの異常な環境に感化されて会得えとくした“特異な能力”を指す。

 三年前の調査の際に討伐したケイヴルフウォーリアはそれを持っており、資料には筋力と運動に関わる神経を強化する異能エクストラと記載されていた。

 そして、今回のケイヴルフウォーリアも当時の個体と同じ異能エクストラを有しているようだった。

 格段に勢いを増した足技がコウマのほおかすめ、それで優位と見たケイヴルフウォーリアは爪も駆使くししてさらに迫る。


「……氷狼フリュールフ


 巧みな体捌からださばきと太刀による防御でしのいでいたコウマだったが、その猛攻もうこうに対して、遂に追加の異装具アブギアを手に取った。

 そうして、ケイヴルフウォーリアの攻撃に合わせて的確に氷の生成を行い、足りない速度を手数で補っていく。


「ウオオオォォォォ!」


 硬い氷にはばまれて決定的な一打が遠い状況に苛立いらだちがつのったのか、ケイヴルフウォーリアは一度距離を取る。

 そして、繁茂する自然に紛れて移動を繰り返し、コウマを撹乱かくらんする手に打って出た。

 その様はまるで疾風はやてのようで、ただ草花と身体のこすれる音だけが生まれては消えていく。

 流石のコウマもその姿をれなく追えるわけではないようで、既に視覚での索敵さくてきは放棄している。

 その代わりに、立ち止まったまま聴覚に意識を集中して、漠然ばくぜんとした位置を把握するに留めている。


「ウオォォ……」


 互いに探り合う段階に入ってから少しの時間が経ち、先に動いたのはケイヴルフウォーリアだった。

 まるで風景からい出たように、コウマの背後に突如としてその姿を見せると爪を振りかぶる。

 コウマの視線は自身と真逆の方向に向けられていて、防御する姿勢もまるで取れていない。

 それから不意打ちの成功を察したケイヴルフウォーリアは、静かに口のゆがめる。


氷狼フリュールフ


 しかし、コウマは目をくれずともケイヴルフウォーリアの動きを捉えていた。

 その要因は、先程までの攻防で砕けた氷の欠片だった。

 あえて一歩も動かないことで、コウマは細かく散乱したそれらの内側にいた。

 それが一種の罠となり、ケイヴルフウォーリアがどこから登場しようとも氷を踏めば音が立つ。

 その音を頼りに、コウマはケイヴルフウォーリアの不意打ちに対して正確に反撃を行った。

 冷気がたちまち氷の矢となってケイヴルフウォーリアに襲いかかり、全身に深手を負わせていく。


「ウオオォォ……!」


 その痛みにケイヴルフウォーリアは苦悶くもんの声を上げるが、そのまま簡単に打ち倒せる相手ではなかった。

 すんでのところで体勢を変えて致命傷を避けたかと思えば、自身の堅牢けんろうな爪で飛来する残りの氷の矢を叩き割りながらコウマに肉薄する。


「ウオオォォン!」


 そして、再びコウマとの接近戦に持ち込んだ。

 顕現けんげんした異能エクストラを存分に振るい、切れ目のない連撃でコウマに圧を与えている。

 ケイヴルフウォーリアにとって、一番の障害となるのは氷を操る異武装アブギアに違いない。

 だからこそ、それを扱うすきを与えないことで、まだ見込みのある接近戦で押し切ろうということだろう。


「……もうわかった」


 しかし、その決死の猛攻もコウマには及ばなかった。

 踏み出した足の甲に太刀の切っ先を突き立てられ、それでもひるまず振るった爪も難なくかわされる。

 結果、動きと反撃を完璧に封じられたケイヴルフウォーリアに、コウマからの最後の一撃に抗うすべはなかった。


氷狼フリュールフ


 具現ぐげんした氷の矢が、八方はっぽうからケイヴルフウォーリアを取り囲む。

 それからすぐさま放たれたその矢は、分厚い岩肌を容易く突き抜け、次々とケイヴルフウォーリアの身体を貫く。


「ウオ……オォォ……」


 そうして、か細い声を最後に残してケイヴルフウォーリアは絶命した。


「……もういいぞ」

「は、はい……」


 それを確認したコウマは、顛末てんまつを見守っていたアオナを木のかげから呼び寄せる。


「何と言うか……とにかく、すごいです。当時の記録では六人がかりでの討伐だったのに、一人でなんて……」

「実力もあるにはあると思うけど、良い異武装アブギアが揃ってるからな」

「いや、それでもですよ……」


 難なくケイヴルフウォーリアの討伐を果たしたコウマに、アオナは称賛しょうさんを口にする。


「それよりだ。やっぱり、コイツにギンジさんを倒す力はない」


 それをよそに、コウマはケイヴルフウォーリアとの戦闘で実感したことをもとに、三年前の出来事について考察を始める。


「……こんなに強かったのにですか?」

「もちろん。俺が一人で倒せる相手をギンジさんが倒せないはずがない。……そもそも、娘ならギンジさんの強さは一番わかってるだろ?」

「……実は、あまりわからなくて。多忙で中々会えなかったですし、同行できるほどの実力も私にはなかったので。新聞や雑誌で父の活躍を見ていたのがほとんどなんです」

「そうだったのか……」

「……す、すいません。変な話をしてしまいました。えっと……ただ、私にとってケイヴルフウォーリアがすごく強く見えたので、少し疑ってしまっただけです」

「そうか。なら改めて言うけど、ギンジさんがコイツに負けることはない。それに、仲間だっていたんだろ?」

「はい。中堅と言っていい三人で実績もあり、実力も申し分なかったはずです」

「だったら、なおさらだな。……さて、その話は別として、せっかくのケイヴルフウォーリアだ。ぎ取っとくか」


 そして、アオナとの会話に区切りを入れたコウマは、地に伏すケイヴルフウォーリアに太刀の刃を近付ける。

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