新緑の岩窟④

「コウマさんの言うことにも、一理ありますけど……」

「もちろん、ただの推察だ。ただ、アンタの言ってる内容にも随分とあらはあるぞ?」

「専門家の方々も交えて、十分に時間を使って調査したんです。それなのに、コウマさんの言うようなことは誰も……」

「ギンジさん達なら最深部までは到達していて当然……それが思い込みになって、見れたはずのものが見えなくなっていたのかもな」

「……確かに、何ともいえない焦りはずっとありましたけど。そんな……」

「ここにあったっていう戦闘の跡だって、ケイヴルフウォーリアには一致が見られただけだろ? 本当は、ギンジさん達とは関係ないかもしれない。身体がない以上、まだ確定はできないけどな」


 当時では随一ずいいつの会社に起きた予期せぬ事態に、誰もが大きく動揺していたことは想像にかたくない。

 それが、その道のスペシャリストの判断さえもにぶらせたというコウマの考えは、決して突飛とっぴなものではなかった。

 アオナも当時の焦燥しょうそうられた空気を知っているからこそ、多くは反論できずに口をつぐんでいる。


「ともかく、アンタの話じゃ俺は全然納得ができない。こうなったら新緑の岩窟ヴァージャ・ケイヴ全域を洗ってみたいんだが……手伝ってくれるか?」

「……やります。正直、まだ色々と整理がついてないですけど、やれることがあるのならやっておきたいです」


 そして、コウマの提案に沿って、二人は来た道を戻りながら新緑の岩窟ヴァージャ・ケイヴの隅々まで見て回ることを決めた。

 生い茂る草葉のかげや木々の隙間すきままで目をらして、不審な点がないか念入りに確認を行っていく。


「ウオオオォォォォ……!」


 その二人の耳に、ひとつの声が届いた。

 地をうような低くにごったそれを察知して、アオナの額には大粒の汗がにじんだ。


「この声は……!」

「資料通りだな。この特徴的な低いうなり声……ケイヴルフウォーリアか。前から来てるな」

「……こっちから回りましょう! そうすれば、出会わなくて済みます」


 その汗は、本能が反射的に鳴らした警鐘けいしょうの現れだった。

 新緑の岩窟ヴァージャ・ケイヴで最強のケイヴルフウォーリアとなれば、到底アオナが敵う相手ではない。

 アオナは慌てて地図に目をやり、ケイヴルフウォーリアとの遭遇そうぐうを避けるルートをすぐに割り出す。


「いや、戦う」

「な、何でですか! 仮に専門家の見立て通りなら、ケイヴルフウォーリアには父でさえも負かすほどの実力があるんですよ? 実際、三年前の討伐の際には何人か犠牲も……」

「でも、ギンジさん達と戦った個体の断定までは出来てない。もしかしたらアイツがそれで、三年前には隠れてて見つからなかったって可能性もある」

「新しく生まれた個体に決まってるじゃないですか! ボスが複数体同時に存在するなんて、これまで事例がありません。そんなまずありえないことのために挑むなんて……」

「大丈夫だ。それだけじゃない」


 しかし、対峙たいじする意志を見せたコウマは、太刀を手にすると目の前に続く通路に立ちふさがる。

 そして、着実に迫るうなり声におくすることなく、それどころか好戦的な笑みさえ浮かべた。


「ケイヴルフウォーリアが本当にギンジさんに勝てるほどの奴なのか、直々に見定める」

「何も大丈夫じゃないですよ! 結局、戦う話じゃないですか」

「いいから、もう来るぞ。離れてろよ」


 コウマはアオナにそれ以上有無を言わさず、彼女を自身から離れた木のかげに寄らせる。

 そうして、太刀を構えて前方に続く通路の先を見据える。

 発光する木々があるとはいえ、そこまでいくと暗闇に妨げられて鮮明には視認できない。

 そこから届くケイヴルフウォーリアの声が、コウマが構えてからしばらくして不意にんだ。


「……え?」


 一秒にも満たないまばたきを経て、次にアオナが目にしたのは、コウマの前で腕を振り上げるケイヴルフウォーリアの姿だった。

 名の通り、ケイヴルフが特異な進化を遂げた姿であるケイヴルフウォーリアには、おおかみに酷似した風貌ふうぼうや緑色のあらい岩肌など元の素体の名残が見られる。

 ただ、それ以上にケイヴルフウォーリアが一線を画した存在であることを際立たせる特徴が多くあった。

 首から背中にかけて生えた黒いたてがみには風格が感じられ、瞳に宿す琥珀こはくのような透き通った色は気品に溢れている。

 そして、たくましく発達した手足のおかげか、四足から二足になったことで理性に欠けるけもののイメージも脱している。


「ウオオォォォ!」


 ケイヴルフウォーリアは咆哮ほうこうと共に、育った堅牢けんろうな爪でコウマに襲いかかる。


「よし、やろうぜ」


 その爪を太刀でいなされたと見るやいなや、距離を詰めたケイヴルフウォーリアは蹴り技を次々と繰り出す。


「ウオォ!」


 ケイヴルフウォーリアが足を振る度に、大きな風切かざきおんが生じている。

 それはそのまま、その蹴りの威力を物語っていた。

 一発でもまともに受ければ、いくら防具を着込んでいてもヒト程度の筋骨では耐えられないだろう。

 それを絶えず向けられる状況下にありながら、コウマは冷静に技を見切っている。

 回し蹴りをかがんでかわし、かかと落としは身体を引いて避ける。


「ウオオオオォォォ!」


 しかし、それが全力というわけではなかった。

 一際大きな咆哮ほうこうを放ったケイヴルフウォーリアの瞳に、黄金色の輝きが具現ぐげんする。

 その直後から、ケイヴルフウォーリアの動きの鋭さが一段と増した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る