新緑の岩窟③

「グルルアアアッ!」

「ギシャアアア!」


 その二人のもとに、いよいよ新緑の岩窟ヴァージャ・ケイヴに住む生物が群れをなして襲いかかってきた。

 ケイヴルフをはじめ、血走った目で長い手を振り回す猿に似た獣や長い牙を持つ蝙蝠こうもりのようなものなど、その姿形は多岐たきに渡る。

 それらが一斉に向けてきた敵意に対して、コウマ達は対抗を始める。


「鳴け、氷狼フリュールフ!」


 コウマは氷を操り、完全に衝突する前に先手を取った。

 迫る獣の身体を次々とこおらせ、平行して正確な射撃でその箇所を破壊していく。


「ギャギャアア!」


 氷と共に肉体を粉々にされて悲鳴をあげる一部をよそに、コウマは太刀に持ち替えて幾分か数を減らした獣の群れに突貫した。


「私も、やらないと!」


 アオナも恐怖で強張る身体を奮い立たせて、コウマの後を追う。

 そうしながら、コウマに傷を負わされながらも生き残ったものに対して銃の引き金を引いた。

 一匹、二匹と確実に仕留めて、前方だけに集中できる優位な状況に近付けていく。


「おい! 問題ないか?」

「大丈夫です!」


 すきを見てれなく弾の充填じゅうてんも行い、コウマの足枷あしかせとならないよう懸命けんめいに努めている。


「……よし、最後は力技だな」


 それに背後は任せていいと踏んだコウマは、敵の軍勢の最後尾にあたる集団に狙いを定める。


「集え、氷狼フリュールフ


 使用したのは、あの氷を操る異装具アブギアだった。

 コウマの呼びかけに応じて能力を発揮したそれは、一気に冷気を放出する。

 微細な輝きを伴うそれは走るコウマの眼前に渦を巻きながら集まり、氷に変化すると共に大量の矢を形作る。


「……いけ!」


 続けて、コウマが氷を操る異装具アブギアを振るうと、その矢は凄まじい速度で獣達に向けて放たれた。


「グルアアアッ!」

「ギャギャアアッ!」


 その圧倒的な量に加えて、岩窟がんくつという閉ざされた空間では回避するにも限界がある。

 獣達は断末魔だんまつまの叫びを残して、次々と氷の矢の餌食えじきになった。

 かろうじて一命を取り留めたものもいたが、それらは逃げる間もなく、アオナの射撃によってとどめを刺されていく。


「よし、全部倒せたな」


 そして、無事に敵地を乗り越えた二人は、静寂を取り戻した岩窟がんくつの中で一旦足を止める。


「もうすぐで最深部だよな?」

「そ、そのはずです……」


 涼しい顔で体をほぐすコウマの問いかけに、アオナはひざに手をついて息を整えながら言葉を返す。


「そこで、ギンジさん達は消息を絶ったんだよな?」

「はい。当時、入念に調査を行った結果です」

「なるほどな……で、もう大丈夫か? 大丈夫なら行こう。そこで話を聞かせてくれ」

「……はい、大丈夫です。お待たせしてすいません。行きましょう」


 しばらくの休憩きゅうけいを挟んで立ち直ったアオナは、コウマについていく。

 先程の獣の群れが最大の山場だったようで、後はコウマが散見される敵を処理してとどこおりなく最深部に到着した。

 今まで進んできた通路からさらに幅も高さも広がり、丸みのある部屋になっている。

 その最奥には石造りの祭壇さいだんが設置されていて、どことなく神聖な雰囲気に満ちている。


「……で、どんな見解だったんだ?」


 その内部を軽く見渡したコウマは、早速アオナに話を振る。


「ここに残っていたのは、激しい戦闘の跡でした。地面には血痕けっこんや破損した装備が転がっていて、その状況から相手は新緑の岩窟ヴァージャ・ケイヴの生態系で頂点にいるケイヴルフウォーリアと後に断定されました」

「“ボス”ってやつか。異界アナザーの最深部あたりには往々にしているよな」

「はい。ただ、全域を探索して発見できたケイヴルフウォーリアの討伐と解剖かいぼうを行ったんですが、実際にここで戦闘を行った個体かどうかは判明しませんでした。最深部で足取りが途絶えていたこともあり、捕食された可能性を高く見ていたのですが……事態の発覚から調査までのタイムラグで既に消化が進んでいたのではないかと」

「消化ね……装備もろともか?」

「あくまで推論ですが、ケイヴルフウォーリアの器官を詳しく調べた結果でありえないことではないと。それ以外にも撤退したなどで他の場所へ移動した場合も仮定したんですが、まるで行方がつかめず……最終的にひとつの答えに絞り切れないまま、管理局が異界アナザーでの事故による死亡として認定したという流れです」

「それで、前に言ってた通り突然の異変でどこかに飛ばされたとかいう可能性もないってか」

「……はい」


 しかし、アオナが口にした内容にコウマは納得できないようだった。

 部屋のあちこちに視線を向けながら、何度も首をかしげている。


「……もうちょっと詳しく聞きたい。そのときって、入口からここまでどれくらいかかった? あと、敵には遭遇そうぐうしたか?」

「ここへ到着したのが十一時頃だったので……二時間程度だったと思います。敵についてですが、私は親族ということもあって、道中は安全のために先行集団から少し遅れてついて行ったので何とも……すいません」

「なるほどな。……後は、ここに残ってたっていう装備の中にかばんとかはあったか? 収集したものを仕舞うような」

「……はい、ありました」

「その中身は?」

「えっと……ほとんど空っぽだったはずです」


 そして、より詳しく当時の状況を把握したコウマは、表情をけわしくして深く考え込んでいる。


「地図のある俺たちで、最深部まで一時間ちょっとだ。こんな分かれ道の多い複雑な岩窟がんくつにはじめて来たであろうギンジさん達の痕跡こんせきを追って、二時間はなんか早い気がするな」

「言われてみれば、そうかもしれませんけど……」

「それに、かばんの中にほぼ収穫物がなかったってのも気にかかる」

「……それは、単に最深部までの到達を優先したんじゃ? それとも、荷物になるので帰りながら収集を行う予定だったとかでしょうか?」

「何か目的があったならまだしも、単なる探索でそれは考えにくい。ギンジさん達が受けたここの案件に特別な条件とかあったか?」

「……いえ、ないですね」

「それに、何があるのかわからない異界アナザーの中じゃ、有事を想定していつでも引き返せるよう深部に向かいながらの収集が基本だ。ギンジさんの教えでもある。それなのに、かばんがほぼ空っぽってのはな……どうにも納得できない」


 それは、コウマが感じた違和感に起因していた。

 その違和感を言葉としてつむぐほどに、アオナが受け入れたはずの事実に、徐々にわだかまりが生じてきた。

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