新緑の岩窟②

「グルルルッ!」

「グガアッ!」


 接近するコウマに気付いたケイヴルフ達は、歯をき出しにして敵意を露わにする。

 それに構わず、素早く踏み込んだコウマは太刀を振り上げる。

 自身の強度に優位性があると見たのだろう、一体のケイヴルフは放たれる斬撃を防ごうと身を丸める。


「悪いな」

「グガ……ッ!」


 しかし、コウマが振り抜いた太刀は、ケイヴルフの岩肌を容易く切り裂いた。

 背中から腹にかけて両断されたケイヴルフは、か細い声を残して息絶える。

 その様を横目に、コウマは続けて身体をひねると、もう一体のケイヴルフに刃を向ける。


「グルアッ!」


 ただ、一介の獣とはいえ知性がないわけではない。

 それも、こと戦闘に限れば、野生でつちかわれた本能もあって脅威的な吸収力がある。

 先に討たれた仲間の有り様を見て、もう一体のケイヴルフはコウマの太刀を受けるのではなく、身体をひるがえして回避した。

 そして、滑るように地面を走ると、一旦草花の中に身を隠す。

 岩窟がんくつと同じあらい表面をした岩肌に加えて、その肌は辺りに繁茂する自然と似た緑色まで備えている。

 それにより風景に溶け込んだ今、その姿を鮮明に追うのは容易にできることではない。


「グガアアアッ」

「危な――!」


 そして、難なくコウマの死角に移ったケイヴルフは、茂みから飛び出して勢いよく牙をいた。

 息を潜めてその戦況を見守っていたアオナは、慌てて危機を伝えようと口を開く。

 しかし、その声が完全に発せられる前に、既にコウマの太刀はケイヴルフの首を捉えていた。

 ねられた頭部が宙を舞い、一寸遅れて血飛沫ちしぶきが上がる。


「どこから来てるかなんて、余裕でわかってるっての」


 血を払って太刀をさやに納めたコウマは、唖然あぜんとするアオナに呆れた口調で話しかける。


「すごい……」

「いや、ケイヴルフなんてそんな厄介な相手じゃないだろ。硬くて速いってくらいだ」

「それが、厄介なんじゃないですか……」


 探索済みであるということは、アオナが持つ地図をはじめとして内部の構造や生態系まで明らかになっていることと同義だ。

 そこには、当然ケイヴルフの情報も含まれており、アオナも準備の段階でそれに目を通していたのだろう。

 ケイヴルフの強靭きょうじんな岩肌と俊敏しゅんびんな動きは把握していて、それに事もなげに対応したコウマの実力に改めて目をいている。


「まあ、この太刀の性能もあるけどな」

「やっぱり。それって異装具アブギアですよね?」

「ああ。これは、ゴウブツ鉱石を使っててな。太刀筋がちゃんとしてれば、ほぼ何でも切れる。その分、かなり重いけどな」


 しかし、コウマが持つ太刀が異装具アブギアであったことも、今回の結果には大きく影響していた。

 異装具アブギアとは、“異界アナザーで発見された武具や道具”と“異界アナザーの素材や技術を用いて人工的に作成された装備”の総称であり、おおよそは特異な能力を有している。

 コウマの太刀の場合は、素材として使用されたゴウブツ鉱石のおかげで抜群の切れ味を誇っている。


「……昨日のそれもですよね?」

「そう。氷狼フリュールフの器官を使ってて、大気中の水分をうんたらかんたらして氷を操れる」

「その、それって……」

「お察しの通り、ギンジさんの武器を真似して作ったやつだよ。……嫌か?」

「いえ、そんな。懐かしく感じただけです」


 そして、当然ながら昨日襲ってきた男達を退しりぞけた際に使った棒状の物体も異装具アブギアのひとつだった。

 簡単な説明と共に、コウマは腰に差したそれに軽く触れる。


「そうか。……あとは、このよろいとかこのランタンも異装具アブギアだな」

「……たくさん持っててすごいです。安いものじゃないのに」

異探社いたんしゃで働ける力をつけるために、第1地区で頑張ったからな。会社を救うほどじゃないにしろ、えない程度の金はある。飯のひとつくらいおごってやろうか?」

「………………いいです」

「随分と間があったな」

「な、ないですよ! ちょっと、その、言葉が出なかっただけです」

「なんだそりゃ」


 話の流れでやましい気持ちを垣間かいま見せたことを恥じて、あからさまに視線をそらすアオナの姿にコウマはからからと笑う。


「そんなに笑わないでくださいよ……」

「悪い悪い。まあ、会社を立て直すついでだ。アンタの飯くらい好きにできるようにしてやるよ」


 そうして、二人は再び新緑の岩窟ヴァージャ・ケイヴの深部に向けて歩き始めた。

 地図を参考にして土の道を辿たどり、行く手をはばむ草花を踏み分ける。

 それを繰り返しながら進むに従って、自然はより色濃くなり、生物の気配も多く感じられるようになってきた。


「ここからが本番って感じだな」

「そうですね……」

「俺が先行するから、援護は頼んだ。周りの敵に気付かれるとか考えずに銃を使えよ」


 十分な広さがあるとはいえ、岩窟がんくつという制限のある空間であることに違いはない。

 それは、威力はあるものの音の問題が付きまとう銃火器の使用がはばかられる要因になっていた。

 コウマはそれを廃して、存分に銃を使って適切な対処するようにアオナに伝える。


「わ、わかりました……」


 それは同時に、これから異界アナザーの生物との戦いが本格化するというメッセージでもあった。

 戦いの経験がないわけではないのだろうが、久々の案件というコガネイの台詞やコウマに対する反応から、十分な場数を踏んでいるようには感じられない。

 それもあってか、アオナは差し迫る敵地に一層表情を引き締める。

 そして、自身の銃を両手でしっかりと握り締めると、コウマと共に周囲を警戒しながら歩みを進めていく。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る