新緑の岩窟①

 多くのビルが地面に横たわり、その崩落ほうらくの際に生じた瓦礫がれきが一帯に散乱している。

 道路の舗装ほそう劣化れっかして大きくひび割れ、しょうじた隙間すきまからは背の高い雑草が顔を出している。

 その廃墟はいきょと呼ぶに相応ふさわしい街の中に、けたたましいエンジン音を鳴らして走る一台の車両がいた。

 悪路あくろでも走行が可能であろう太いタイヤに、ボディは見るからに重厚じゅうこう装甲そうこうおおわれている。

 しかし、その車両の年季を示すようにマフラーが吐き出す排気ガスは真っ黒で、エンジンの脈動みゃくどうにも隠しきれない不規則さがある。


「気持ち悪い……」

「すいません、かなり古い車で……また停まりますか?」

「いい。これ以上、時間がなくなるのは惜しい。急いでくれ」

「わ、わかりました」


 その運転席でハンドルを握るアオナは、助手席で乗り物酔いに苦しむコウマにはげましの声をかける。

 散乱する瓦礫がれきのせいで車体が大きく揺れるうえに、席の座り心地も快適とは程遠い。

 そのどうにもならない状況にただ耐えることを決めたコウマは、目をつむって開けた窓から入る風に意識を向けている。


「……あ、見えてきましたよ!」

「やっとか……」


 それからしばらく無言の時間が続いたが、前方に巨大な岩山が見え始めたところで、アオナが声を上げる。

 いくらさびれたといっても、周辺には人が暮らした街の痕跡こんせきが色濃く残っている。

 それが不自然に途切れて出来た空間に悠々とそびえ立つ岩山の姿は、名状しがたい異質さをかもし出している。

 そして、新緑が生い茂るそのふもとに、深い闇を内包した穴が口を大きく開けていた。


「着きました。ここが、新緑の岩窟ヴァージャ・ケイヴです」

「ここか……」


 これこそが、今の世界が躍起やっきになって探索を行う異界アナザーのひとつ――新緑の岩窟ヴァージャ・ケイヴだった。

 停車した車の中で、二人はその穴に目をる。


「警備はいないのか……まあ、探索済みの異界アナザーなら仕方ないか。探索許可証たんさくきょかしょうは?」

「ここにあります。契約時に貰えました」


 富につながる未知が多く眠っているがために、異界アナザーに対して違法な探索が行われる例は後を絶たない。

 それを可能な限り防ぐために、異界アナザーの近辺は異界アナザー管理局が有する警備隊や業務提携を結んだ会社によって警戒網が敷かれている。

 しかし、新緑の岩窟ヴァージャ・ケイヴのような探索済みの異界アナザーともなれば話は別で、辺りにはそういった様子が見当たらない。

 それでも、取得が義務付けられている探索許可証たんさくきょかしょうをボンネットに置いたアオナは、コウマと共に車を降りる。


「忘れ物はないな?」

「えっと……これと、これがあって……。はい、大丈夫です!」


 静寂に沈む岩窟がんくつを前に、二人は装備の点検を行う。

 昨日出会った時の服装とは打って変わって、互いに異界アナザーを探索するための実用的なものを身に着けている。

 コウマは紅色のうろこと板金をつなぎ合わせたよろいを着込み、その腰元には太刀と拳銃、そして昨日も使った布に包まれた棒状の物体を差している。

 他にも、様々な道具を入れたかばんを背負っており、光源としてのランタンもそこに吊り下げている。

 アオナはコウマよりも幾分か軽装ではあるが、布製のよろいに数本のナイフと拳銃、懐中電灯、大きなポーチと十分な準備が整っている。


「よし、行くか」

「は、はい!」


 それらを確認し終えたコウマ達は、早速新緑の岩窟ヴァージャ・ケイヴの中に足を踏み入れる。

 その瞬間、周囲の環境は一変した。

 廃墟はいきょかもし出すさびれたにおいは跡形もなくなり、土と草の濃密な香りが鼻を突く。

 砂埃すなぼこりにまみれた風もぴたりと止んで、湿気を多く含んだ空気が肌にまとわりつく。


「気温はちょうどいいんだけどな。湿気でちょっと蒸し暑いな」

「そうですね」


 現世と異界アナザーへだてる大きな要素のひとつであるその変化だが、経験があるであろう二人は動じずに進み始めた。


「諸々採取しながら奥まで行こう。地図は?」

「はい、ちゃんと借りてきました。ここにあります」


 岩窟がんくつといっても十分な幅と高さがあり、発光する一部の木々が空間を照らしていて、そろっての進行に問題はなかった。

 そして、いくつにも分かれて複雑に入り組んでいる通路も、地図がある彼等には関係ない。

 黒い土を踏み締めながら生い茂る草花をき分け、最深部までの最短のルートを辿たどっていく。

 その道中、それぞれめぼしいものがあれば採集を行って、自身の持つ収納に仕舞っている。


「……止まれ。敵だ」


 そうして順調に進んでいた矢先、コウマは敵の存在を察知してアオナを制止する。


「別の道から迂回うかいしますか?」

「……いいや、かなり遠回りになっちまう。ちゃちゃっと倒して進もう」


 地図をもとにアオナは戦いを避ける提案をしたが、コウマはそれを却下する。

 消耗する体力と時間的なメリットとを天秤てんびんにかけて、突破する方がいいと判断したのだろう。

 そして、敵と対峙たいじする意思を示すと、太刀を引き抜いて先行する。


「グルルル……!」

「グルウッ!」


 それから少し進んだ先にいたのは、二体の獣だった。

 四足で闊歩かっぽし、大きく突き出た鼻で地面をぎ回っている。

 鼻の下にある口には、鋭利な歯が並んでいる。

 その全体の形態は、狼に酷似こくじしている。

 しかし、本来であれば毛皮があるところが、緑色のあらい岩肌で覆われている。

 異界アナザーに生息する生物たりえる特異性が、それからありありと感じられる。


「ケイヴルフか……」

「えっと、どうしますか?」

「俺だけで十分だ。弾薬もタダじゃねえし、ここにいろ」


 その獣――ケイヴルフの姿を草葉の合間から捉えたコウマは、アオナを待機させると一気に駆け出した。

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