新入社員④


「お疲れ様でした。とにかく、罪に問われなくて安心しました」


 それから、男達を警察に引き渡し、簡単な聴取も無事に終えた二人は会社の中にある応接間に入った。

 そして、長机を挟んで向かい合う形で置かれたソファーのひとつにアオナは座り、バックパックを下ろしたコウマももう片方に腰かける。


「正当防衛だからな。……挑発したし、こおらせたりもしたけど」

「だからドキドキしたんですよ! あの人達に余罪があったから助かったようなものじゃないですか。入社早々いなくなるのかと思いましたよ……」

「大丈夫だったんだしいいじゃん。後は、アイツらの目的や黒幕がいるなら誰なのかがわかればだな。心当たりはないんだろ?」

「……すいません、ないですね」

「そうか。……まあ、吉報を待つか」


 先程までの出来事について一旦は収束したことを確認し合った彼らは、そろって息をつく。


「……それで、俺は何をすればいい? 仕事があるならするし、雑用でも何でもいい」


 少しして、コウマから出された質問にアオナは怖ず怖ずと答える。


「案件があるにはあるんですが……」

「いいじゃん。どこの?」

「えっと……これです」


 詳細を聞かれたアオナは、肩にかけていたかばんから出した資料をめくり、本日交わした契約書と共に机に出す。


「おいおい、まさかの新緑の岩窟ヴァージャ・ケイヴかよ」


 開かれた資料に目を通したコウマは、そこに記載された新緑の岩窟ヴァージャ・ケイヴの文字に苦笑いを浮かべる。

 尊敬するギンジが消息を絶った場所として聞いた異界アナザーが、最初の仕事として来るとは予想もしていなかったのだろう。


「探索が終わった異界アナザーだろ? 案件で出るなんて……妙だな」

「はい。競売の終わり際に追加で出てきたもので……父の件もあるので思わず、手を上げてしまいました」

「ちなみに、いくらで落とした?」

「70万です」

「70か……」


 しかし、コウマはすぐに真剣な面持ちに変わり、何かをつぶやきながら考えを巡らしている。


「あそこは年中初夏の気温だから、植物は十分に芽吹いてる。トルーマ草とかギバイカ草とかは料理の香りづけに使えるし、ダモアの花は観賞用になる。ただ、単価が低いからな。生息している奴等の素材なんて価値はないも同然だし、70をカバーできるほどの利益が出るかは微妙だ」

「……詳しいんですね。行ったことが?」

「いや、ない」

「ないんですか? なのに、そんな色々と知ってるなんてすごいです」


 しばらくして、コウマが滞りなく滑らかに語った内容に、アオナは賛辞さんじを述べる。


「話題の異界アナザーならまだしも、新緑の岩窟ヴァージャ・ケイヴぐらいの異界アナザーの詳細なんて普通は頭に入ってませんよ」

「大体の異界アナザーの情報は入ってる。生き残るには、まず知識ってな。ギンジさんから最初に受けた教えだよ」

「……そうでした。父とコウマさんの関係って、一体何なんですか? スカウトされたって言ってましたけど……」


 その回答としてコウマが出したギンジの名前を聞いて、アオナは思い返した顔で二人の関係性についてうかがう。


「まだ話してなかったな。北海道――今は、日本第1地区って呼ばれてるところで、何年か前にあった大規模な異界アナザーの出現覚えてるか?」

「もちろんです。数年ぶりの新しい異界アナザーで、その規模もあって大きく話題になりましたから。……そういえば、あのとき緊急の要請で父は第1地区に行ってました」

「そこの深部で、俺はギンジさん達に助けられた。それから一緒に行動を始めて、無事に異界アナザーを出るまでの間に色々教えてもらってな」

「そんなことが……」

「しかも、俺は記憶をなくしててさ。ないと不便だって、コウマって名前をつけてくれたのはギンジさんなんだ。それで、最後は俺が入る孤児院まで見つけてくれてさ。そこでの別れ際に、スカウトまでしてくれたってわけだよ」

「……そうだったんですね」


 その話をするコウマからは、当初口にした憧れだけではない様々な感情が見て取れた。

 命を救われた恩やそれに報いるという覚悟など、彼がギンジに抱く思いの大きさは計り知れない。

 それを言葉の端々ふしぶしから感じたアオナは、神妙に耳を傾けている。


「……それでだ、ギンジさん達が行方不明になった場所なんだろ? 現地で当時を知ってるアンタの話も聞きたい。いつ出れる?」

「あ、えっと……」


 そして、一頻ひとしきり語り終えたコウマは、話題を新緑の岩窟ヴァージャ・ケイヴに戻す。

 しかし、早速出向こうとするコウマに対して、アオナの反応はつれないものだった。


「どうした?」

「今日は、これから居酒屋でバイトがありまして」

「そうか。じゃあ、翌朝にするか。早く出ようぜ」

「すいません。朝は新聞の配達が……その後は、ホテルの清掃もあって……」

「……アンタ、予想以上に忙しいな。全然、社長っぽくないけど」

「す、すいません……これくらいしないと、諸々の支払いが間に合わなくて」


 その原因は、アオナが多くのアルバイトをしているためだった。

 会社を維持するにあたって、税金や経費はいやおうでもかかってくる。

 それでいて、コガネイに邪魔立てされて異界アナザーの案件による収入がほとんどない現状では、そうする他に手段がなかったのだろう。


「明日の昼過ぎは?」

「そこなら大丈夫です。……本当にすいません。出鼻をくじいたようで」

「いいさ。一緒にこの会社を残すって決めたんだ。どうせなら、俺も働くかな」

「え、そんな……申し訳ないです」

「それを聞き入れて、何もせずに会社がなくなったら元も子もないっての。求人誌とかあんの?」

「あ、ここに」

かばんに持ち歩いてんのかよ……まあ、いいや」


 それにコウマは理解を示し、自身も同じように働く意志を見せた。

 そして、アオナから受け取った求人誌を読み込み始める。


「……色々言っておいてなんですけど、やっぱり久々に仲間がいるのは嬉しいです」


 その様子に、長らく孤独とも戦っていたであろうアオナは顔をほころばせる。


「やってることバイト探しだけどな」

「……す、すいません。あの、そろそろ私いってきます。ここで寝てくれていいので。後、トイレはあっちです」

「わかった」

「で、では……」

「おう、いってら」


 短くも色濃い時間を過ごし、理由は違えども同じ目的も持っている。

 そんな二人の間には、既にどこか打ち解けた感がある。


「……よし!」


 外に出たアオナは、それによって変わった心持ちを示すように、軽やかな足取りで街へと向かっていった。

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