新入社員③

「……意気込みはいいけどさ、全然稼げてないんだろ? 随分とボロボロだし」

「それは……そうですけど……」


 ただ、感情に結果が伴っていないのは傍目はためからでも明らかだった。

 それをコウマに突かれて、アオナは思わず口ごもる。


「そこでだ。この会社を存続させたいってなら、俺はうってつけだぜ? 屋根のあるところで寝かしてさえくれりゃ働くし、十分な実力もある」


 そのアオナに、コウマは改めて自身を売り込んだ。

 最低限の給与すら不要だと付け加えて、アオナの要望する条件に何とか合致しようと努めている。


「どうして、そこまで……?」

「ギンジさんは俺の憧れだ。そのギンジさんがいつか帰ってきて、俺と一緒に働く場所なんだから、意地でも残さないといけないだろ」

「ですから、父は……!」

「アンタが諦めてんのはわかったけど、俺は違うんだよ。それに、理由は違っても利害は一致してるだろ? この会社を残したいってところがさ」

「そうかもしれませんけど……」

「実力に関しては……そうだな、あいつらを追っ払えばいいか?」


 それでも首を縦に振らないアオナに、コウマは実力を披露ひろうすると宣言して物陰を指差す。

 コウマが差したのは、彼等から見て右の方にある古ぼけた家屋とさびれたアパートの間にある細い路地だった。


「出てこいよ。いるのはわかってるんだぜ」

「……勘の良いガキだな」


 コウマの指摘に観念したのか、そこから大柄の男が姿を現す。

 タンクトップからのぞく腕には大きな刺青いれずみが入っており、手に持った刃物もあって穏やかではない空気を感じさせる。


「え、誰ですか? あの人達……」

「さあ? ともかく仲良くお話ってわけではなさそうだな」


 その男と対峙たいじする原因が、アオナにもコウマにも身に覚えはなかった。

 ただ、危害を加える姿勢がありありと感じられる男の雰囲気に、アオナの顔からどんどん血の気が引いていく。


「おい、出てこい」

「へいへい、わかったよ」

「んだよ、だから俺は最初からこのガキごとやっちまおうって言ったんだよ」

「この女、本当にやっちゃっていいんだよな?」


 そして、その男には数名の仲間がいた。

 呼びかけに応じて、いかにもがらの悪そうな男達が近くの空き家や他の路地から出てくる。


「あれ? そっちにもいたんだ」


 それは、男の存在を鋭く察知したコウマにも予想外だったようだ。

 合計で四名となった男達に挟まれて、コウマは頭をいている。


「どうしよう、囲まれた……」


 その頼りないコウマの姿に救いを見い出せず、アオナはさらに動揺をあらわにしている。


「大丈夫だって。三人増えたところで大差ないから」

「ありますよ! とにかく、どうにかここから逃げて警察を……」

「呼ぶんなら、まずは警察より救急車だな。アイツらのための」


 しかし、コウマの余裕のある態度は崩れていない。

 それどころか、挑発とも取れる台詞を吐きながら彼は不敵な笑みを浮かべている。


「言ってくれるじゃねえか!」

「このクソガキが!」

「まずテメエからやってやる!」


 当然、そのコウマの言葉を聞いた男達は青筋あおすじを立て、それぞれが自身の得物えものを構えた。

 ナイフに鉄パイプ、メリケンサックとどれも十分な殺傷能力を備えている。

 そして、彼らは勢いよくコウマに向けて襲いかかってきた。


「危ない!」


 それに対して慌てふためくアオナをよそに、コウマはおもむろに背負っていたバックパックを地面に下ろす。

 それから、そのサイドポケットに差し込んでいた布に包まれた棒状の物体を手に取る。


「もうダメ……!」


 悠長ゆうちょうに行動するコウマに、男達は容赦ようしゃなく得物えものを振り上げる。

 その様子を見て、アオナは悲惨な結末を察したのだろう。

 事態の進展を直視できず、手で目をおおう。


「遅え」

「ぐえっ!」


 しかし、それからのコウマの動きは凄まじかった。

 先程の棒状の物体で自身に迫った得物えものを軽くいなすと、的確に急所を突き、まず一人目の意識を奪う。

 続けて、振り下ろされた鉄パイプを身体をずらして避けつつ、素早く二人目のふところに入り込んだ。


「この……ぐあっ!」

「おい、邪魔――ぎゃあ!」


 それにより三人目の接近を防ぎ、かつ連携が取れずにまごつくすきを狙って、コウマは瞬く間に彼等を打ち倒す。


「一丁上がりっと」

「……すごい」


 その声を聞いて恐る恐る目から手を離したアオナは、倒れた三人の男とコウマのしたり顔を見て呆けた声を出した。


「さて、アンタで最後だな」


 そして、距離を取って眺めていた最初の男に、コウマはゆっくりと向き直る。


「何でこんなことしてきたのか、洗いざらい話すなら見逃してやるけど?」

「ふざけるなよ、このガキが!」


 そうして手招きをするコウマに、その男は一気にけ出すと手に持った刃物を振り回す。

 多少の心得こころえがあるのか、既にコウマに打ちのめされた男達のそれと比べて、斬撃には鋭さがある。


「当たらねえよ」


 それでも、コウマに傷を負わせるにはまるで至らなかった。

 軽い身のこなしで斬撃をくぐり抜けると、コウマはいとも容易たやすく男の背後を取る。

 そして、鋭く関節をられた男は、体勢を大きく崩してひざをついた。


「鳴け、氷狼フリュールフ


 そこで、コウマが棒状の物体を構えながら唱えた一言に、アオナは目を見開く。


「あの技は、父さんの……!」


 驚くアオナをよそに、その物体が甲高い音と共に発した強烈な冷気が周囲に吹きすさぶ。

 それはにぶく輝く氷へとたちまち変化すると、男の身体を地面にしばり付けた。


「うん。格好よく決まったな」

「……父さん?」


 同じ技を操り堂々とたたずむコウマの背中に、アオナは父親の面影を重ねた。

 しかし、振り向いたコウマに気付いて我に返ったアオナは、かぶりを振ってその思考を追い払う。


「実力も見せた。後は……まあ、今の社長だからな。アンタの判断だ」


 それから、アオナはしばらく逡巡しゅんじゅんした後、差し出されたコウマの手を握った。


「……採用します」

「本当か?」

「ただ、これでも人を雇う立場として責任は持っているつもりです。満足な額ではないでしょうが、給与はお支払いしたい……と思います」

「それは何でも良いけど、やったぜ!」


 こうして無事に社員となったコウマは素直に喜びを表現し、それを了承したアオナも少しぎこちないものの笑顔を見せる。


「じゃあ、ちゃちゃっと警察呼んでコイツら連れてってもらうか。尋問じんもんもプロに任せりゃ大丈夫だろ」

「そうですね。呼んできます」


 そして、二人はまず倒した男達の後処理のため行動を始めた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る