極彩色の大森林⑧

「うわ、なんすかこの氷。……というか、あと誰っすか?」


 銀髪の女性――キノのそばに立ったその青年は、そこでようやくコウマ達に気が付いた。


「またかよ。俺達はだな……」

「うわ、アンタ酷い匂いっすね。もしかして、ホームレス的な感じっすか? このご時世仕方ないっすけど、異界アナザー一攫千金いっかくせんきんなんてそう簡単な話じゃないっすよ?」


 その答えを聞く前に、青年は勝手に頭の中で結論付けたようだった。

 キノよりも随分と短絡的な形でコウマの正体を決めつけ、異界アナザーを探索することの現実を強い口調で伝える。


「……俺って、そんなに臭い?」

「私は感じませんけど……服とかはどうですか? 古いと、匂いって結構染み付いてますよ」

「服か……」

「ラン、この方々は日本異界アナザー探索社のアマガミ社長とその社員の方です」


 あかよろいの下に着ているシャツを引っ張り出して匂いをぐコウマに代わり、キノが青年――ランに事情を説明する。


「え、同業っすか? ……って、なんかでっけーの倒してるじゃないっすか! キノさん、あれ見ました?」

「最初にな。それで腕が立つとは見たが、それでもたった二人で極彩色の大森林リッチリー・フォレストの探索とは完全に異質だ。不法な探索だと私も疑ってしまった」


 そして、壁の下で絶命しているあのつぼみを背負った生物が目に入ったことで、ランも事態を把握したらしい。


「まったく、いい加減にしてくれよ。お前らは揃いも揃って、人を臭いだのバカアホ間抜けだの好き放題言いやがって」

「そこまでは言ってないっすけど……とにかく、申し訳なかったっす」

「本当だぜ。第一印象で決めつけんなよな」

「その印象が悪かったっすからね」

「お前反省してないだろ。こっち来いや、俺のシャツ嗅がせてやる」

「なんで、よりにもよってそれなんすか!」

「俺には何もわかんなかったから、言った本人に匂いを確かめさせてやろうと思ってな」

「そこの子に頼めばいいじゃないっすか!」

「お前、この人はウチの社長だぞ? 社長にそんなこと頼む社員がいるかよ」

「今はじめて会った人に頼む方が異端いたんっすよ!」

「コウマさん。誤解は解けたんだし、いいじゃないですか。……それで、貴女方あなたがたはキタノ異界アナザー開発の方々ですよね?」


 それから、まだ一悶着ひともんちゃく起きそうだったところをアオナが収めて、話題をキノ達の方に移す。


「……そうだ。私達は――」


 そのアオナに、キノは言葉を選ぶように慎重に話し始める。


「次は自分達の事っすか? 確かにそうっすよ。そんで、今は虹色の巨鳥きょちょうの卵を目的にしてるっす」


 しかし、そこにランが割り込んできたかと思うと、軽い口調で自身の案件について明らかにした。


「……ラン。なぜ勝手にそこまで言うんだ」

「え? いけなかったすか?」


 同業者とはいっても、それは仲間ではなく成果を争う相手になる。

 進捗や目的を共有する必要性がない中で、不用意にそれを口にしたランをキノはとがめる。


「じゃあ、言っちゃった手前ってことで一時協力とかどうすっかね? あんな化け物を倒すくらいなら、これ以上ない戦力っすよ」

「ラン、何を――」

「だって、期限も迫ってる中で増援なしっすよ? このままじゃ“あれ”を倒せないままで、せっかく見つけた成果も諦めるしかないっす。そのうえ、次ここの案件を入札できなかったら、他社に持っていかれるだけっす」


 それでも、既にらした情報を無かったことにできるわけもない。

 そこで開き直ったランは、いさめるキノを押し切るように自身の正当性を主張し始めた。


「……ウチの入札担当は優秀だ。それも考慮して価格を上げるだろう」

「それはそうっすけど、進捗の情報を見て予算をここの案件にぎ込まれたら勝てない相手も出てくるっすよ。ウチは手広くやってるっすから」

「おい、待てって。俺達を巻き込むならもっと詳しく話してくれ」


 ただ、コウマ達にとっては話の見えないやりとりが目の前で繰り広げられているだけに過ぎない。

 しばらく静観していたもののらちが明かないとんだのか、コウマは声をはさむとキノとランに対して詳細を求める。


「……ここまで言っておいて、何もありませんとはいかないな」

「だな。だからといって、絶対一枚ませろとも言わない。まずアンタらにメリットがあって、俺達にも利益があるってなら大歓迎だ」

「……少し待っていろ」


 それに、キノは観念したように息を吐くと、少し距離を取って胸元の無線機に手を伸ばす。


「誰と連絡を取ってんだ?」

「ウチの班の班長っすよ。厳しい人で髪も薄いっすけど、色々柔軟に対応してくれる人っす」

「……お前って、一日一回は誰かを怒らせてそうだよな」

「急になんすか。今日はまだ怒られてないっすよ?」

「そうか。まあ、あと数分ってところだろうけどな」

「ちょいちょい、どういうことっすか?」

「それは……おっと、来たぞ」

「……待たせたな。班長の方から、現況を一度話したいそうだ。そのうえで、いい方向で進みそうであれば、謝礼の方も含めて話をするとのことだ。着いてきてくれるか?」

「じゃあ、返事は任せた。俺はあのつぼみをぱぱっとぎ取ってくる」

「え、私ですか? ……って、行っちゃった」

「では、アマガミ社長。ご判断を」

「えっと……はい、わかりました」


 その無線機でキノが連絡を取ったという班長からは、悪くない反応が返ってきたらしい。

 そこで会話を切り上げ、アオナはぎ取りを終えたコウマと共に、キノとランに連れられて移動を開始する。

 アオナの持つ地図では空白の部分を進むことになったが、別方向から探索を行っているキノ達の方では既に把握が済んでいるようでその足取りに迷いはない。

 そうして、四人は彩り豊かな森の間を抜けていき、少し開けた場所で待機する六名の男女と合流した。

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