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「今。今! 確かに! 僕はお前を殺したはずだ! どうして!!」


 ゴルドは吠える。

目の前で起きた現実を、受け入れられないとでも言うように。


 テオはそれに呼応するでもなく、ただ、淡々と物事を告げていく。


「お前のサーベル。それ、魔法を分解する魔道具だろ」


 テオが指した指の先。

そこにゴルドのサーベルが。


「違和感があったんだ。魔法で作った物体なんて、そうやすやすと壊れるものじゃない」


 テオはじり、と間合いを取っていく。

それに追随するように、ゴルドも空けられた分だけ縮めていく。


「それに、壊れ方もおかしかった。知ってるか? 魔法で集めた物質は、消えるとき、混ぜた魔力諸共消えるんだ。物質なんて、残らないはずなんだ」


 それなのに。

未だ残るテオの死体だったもの。

テオがその隣に立った瞬間、その形は崩れた。


 バシャ。

は、甲板に大きなシミを作る。

隣に立つテオにも、その残骸とも言える、水しぶきがいくらかかかる。


「つまり、そのサーベルは、魔法を分解……。もしくは、吸い取る魔道具ってことだろう」


 ゴルドは黙っていた。

声が出ない、そんなことはさらさらない。


 クツクツと。小さく泡立つ笑い声を漏らす。

やがてそれは笑い声から哄笑へ。


「そうか……。そうか……! これ、そんなお宝だったんだ!」


 ゴルドがこのサーベルを相棒にして、もう何年が経つ。

その間、サーベルを武器にするゴルドは負け無しだった。


 特に、には、非常に相性が良かった。


 魔法使いを相手取ったことがないから、理由を察することもできなかったが、そんな理由なら納得の一言。


「僕の実力じゃなかった!」

「ああ。お前の実力じゃない」


 残念? いいや。まったく!


「最高だね。相棒がいるなら、僕は衰えることのない強さが手に入る!」


 ゴルドは歓喜した。

この力が実力であれば、やがて衰えるだろう。

そうなれば、捕まるか、死か。


 海賊をやっている。

そのことに対して何ら後悔はない。

だが。弱りきった所を捕まる無様を晒すことだけは、ゴルドは想像するだけでも耐え難かった。

どうせならば、仕方がないと誰もが口を揃えて言うような、圧倒的強者のもとで散りたい。それは彼の悲願であった。


 けれど! だからこそ、ゴルドは、知らず使っていたサーベルが魔導具である事実に喜んだ。


 衰えることのない力を手に入れた。

自身の腕が鈍ろうとも、サーベルだけは衰えないまま。

自身を無様から救ってくれる。ゴルドは本気でそう思っていた。


 歓喜に沸くゴルドに、テオは静かに水を差す。


「それは、禁制品きんせいひんだ」


 ゴルドの機嫌が分かりやすく下がる。

だから何? 彼はふてくされた声音でテオに歪んだ笑みを向ける。


「これは僕のお宝だ。今は僕が使っているんだ」

「禁制品と呼ばれているのが何故なのか、分からないのか?」

「知らないよ。どうせ、貴族だとか上の連中が独り占めするための方便だろう?」


 ゴルドはお偉方の言うことなんてものは、まったくと言っていいほど信じていなかった。


「権力だけがある無能は、往々にして自分の利になることしか考えることができない生き物なんだって。知らなかった?」

「……ああ。寡聞かぶんにして」


 鋭い風切音。

ゴルドの右頬を掠ったデッキブラシ。

仮面越しに、目が合った。

ギラリと獰猛な、金色の光が見える。


 ニヤリと上がったゴルドの口角。

彼の耳朶じだを、テオの凛とした声が叩く。


「……よく知っている」


 みぞおちを狙うデッキブラシ、その先端。

サーベルは、その先端を弾く。

魔法を使ったものではないためか、物質としての反発を感じ、肘に力が入る。


「一つ聞きたいんだけど!」

「なんだ!」


 デッキブラシに傷が増える度、ゴルドの息は上がっていく。

比例して、テオの肩が跳ねる回数も増えている気がする、とゴルドは思う。


「あんた、本当に潔白に生きていたって言うのか?!」


 弾いたデッキブラシの先は空へ向く。

慣性を力で押さえつけ、デッキブラシは地面へ軌跡を描く。


「そうだと言っているだろう!」


 火花が飛ぶ。

サーベルに抵抗したデッキブラシから煙が立つ。


「テオ! あんたのこれは、護身術程度のちゃちなもんじゃない!」


 手首に当たるデッキブラシ。

思わず取り落としそうになったサーベルを慌てて掴み直す。


「ならば、お前にはどう感じた? ゴルド」


 好機とばかりに横っ面に振り翳されたデッキブラシを、サーベルの面でいなす。


「僕らと同じだって感じた!」


 持ち方が甘かったためか、滑り落ちそうになるサーベル。

テオはその隙を見逃さない。


「そう、この攻撃も! 視線のやり方も、人を殺すときだって!」


 手首を執拗に狙ってくるテオ。

ゴルドは打撃音に負けじと叫ぶ。


「君は一瞬たりとも、躊躇うことすらしなかった!」


 ひときわ高い音が立つ。

ものが折れる音がした。


 見ると、テオの持つデッキブラシが、真っ二つに割れていた。

幾度も、幾度も斬りつけていたサーベルが、とうとうトドメを刺したのだ。


「ならば、問う。お前は――」


 ――命を狙いに正面に立つ相手に、手加減をする、馬鹿なのか?


 ざわり、空気が揺れた。

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