【監獄看守長】と【とある海賊】の手記

 Q.ごめんください。約束をしていた者ですが。


「あ? おお。あんたか、過去の記録を取材したいって言ってたのは」


 Q.はい。今日はよろしくお願いします。


「いいって、そんな堅苦しくなくてよ」


 ここの長官と思われる男は、豪快に笑った末、応接間へと足を進める。


 規則正しく積み上げられた石の壁。

その内部は、想像していたよりもずっと明るい。


 Q.明るいですね。もっと暗いかと思っていました。


「ああ、監獄だから暗いイメージがあったか?」


 Q.はい。


「ガッハッハ! 何十年か昔はそういう時代もあったかもしれんがな! 今じゃあっちにもこっちにも、明かりが普及しているんだよ」


 Q.そうなんですね。……明かりというのは、この壁際に浮いているランタンですか?


「その通りだが。んー? もしかしてお前さん、ランタンとうを見たことがないとかか?」


 Q.お恥ずかしながら。


「はー、どこの田舎から来たんだよ。今どき、ランタン灯が手に入らないやつなんて、スラムの貧民くらいなもんだぞ?」


 Q.スラム出身ではないんですが……。明かりは記憶にある限り、ロウソクを使っていましたね。


「お前、苦労してきたんだな……っ!」


 Q.いや、まあ、苦と言うほどでは……。


「よし! せめてもの土産だ! 極秘事項と話せない事柄以外は何でも話してやる!」


 存外感動屋の長官は、滂沱の涙を流しながら、肩をガッシと鷲掴む。

肩から鳴ってはいけない音がした気がする。


 Q.それなら……。ランタン灯が手に入らないやつはスラムの貧民くらいと仰ってましたが。


「嗚呼、そうだな。あいつら、単純に金が無いんだよ。逆を言えば、普通に生活ができている奴らであれば、ランタン灯は手軽に買える日用品になったとも言えるが」


 Q.昔は高価だった?


「そりゃもう。ランタン灯に使われる魔石がそもそも手に入りづらかったようでなぁ。婆ちゃん曰く、それ一つで城が一個手に入るくらいの価値があったらしいぞ?」


 Q.ひぇっ。


「ガハハ! 今はそんな価値もうねぇって! せいぜいが、その日に食べるパン3つ分くらいで、補充用の魔石は手に入るんだから。壊しても弁償とかしなくていいからな!」


 Q.随分な暴落ですね。きっかけがあったのですか?


「んー……。うっすらとしか覚えてないんだよなぁ、婆ちゃんの話。確か、魔国との同盟がどーたらこーたらって」


 Q.魔国ですか。どんな国なんですか?


「行ったことねぇから、伝え聞いた話にはなるけどなぁ……。魔国の王様は、即位して数十年、まったく姿が変わらないとか」


 Q.それ、なんて不老不死ですか?


「不死かは知らねえけど、まあ、そんな眉唾もんの話ばっかり流れてくるのな。……あ、でも悪い感情じゃないぞ? 俺たちはちょっとばかし特徴の違う人種がいる国って認識だから、昔とは違って随分フランクな空気が流れてるって、婆ちゃん言ってた」


 Q.そうなんですね。昔は違ったんですか。


「あー、まあ、姿も違うし習慣も、祈る神も違うってことで、排斥の対象だったらしいなぁ」


 長官は気まずそうに頬を掻いている。


 Q.排斥の対象……。


「昔の話だ。まあ、今でも犯罪者とかは遠巻きに見られるし、なんだったらそういうヤツを締め出そうとする動きは無いわけでもねぇけど」


 Q.犯罪者、と言う割には、ここにはあまり人はいませんね?


「ま、ここ最近はご時世ってもんなのかねぇ。ここいらであった犯罪は、大幅に減っているよ。なんたって昔は、海を縄張りにしているような奴らが多かったからなぁ」


 Q.海賊のようなものですか?


「ようなものっていうより、まんま海賊だな。ここにも昔、捕まった海賊なんかを収容していたことがあったんだ」


 Q.どんな海賊が収容されていたんですか。


「どんな海賊が? ……ああ、そういえば、面白い経験談を話す囚人がいたとか、先輩は言っていたな」


 Q.面白い経験談ですか?


「なんでも、自分は杖を鈍器にして戦う魔法使いに捕まった! ……とかな。今どき、魔法使いなんてほぼいないし、彼らにとって杖は大切なものだって話だから、そんなのを乱暴に扱うやつはいないだろーって、あんまり相手にしてなかったらしい」


 Q.それだけ大切なものなら、もしかして違うもので殴られたのを杖と勘違いしてしまったってことはありませんか?


「さあな。もう定年で退職してしまった先輩が話していたことだ。その海賊も、かなり前に死んだと記録があるし、実際を知る人間はもういないんじゃないか?」


 Q.そうですか……。面白そうな話だったので、もう少し詳しく知れたらと思ったんですが……。


「あー……。そこは力になれず、すまな……」


 頭をガシガシかく長官は、はた、とその動きを止める。

閃いた! と言わんばかりの勢いで、机を叩きながら立ち上がる。


「そうだ、思い出した! ちょっと待っててくれ!」


 ホコリを立てる勢いで慌てて部屋から出ていった数分後、同じくらいの騒々しさで、彼は応接間へ戻ってきた。


「これこれ! こんな手帳を遺していたんだ」


 Q.随分と古い……。これは革、ですか? 青色の革なんて、珍しいですね。


「だろう? 染めたのか何なのか知らねえけど、いい色してる手帳だぜ」


 試しに捲ってみたところ、劣化か何かでくっついているのか、何枚も重なっている箇所もあり、剥がそうとするとペリペリ音がした。

紙も随分とボロボロになっている。あまり乱雑に扱わないほうがいいかもしれない。


「何が書いてあるのかは、中身を見てないから分からないけどよ、随分と古い手帳だ。あまり手入れもされていないっぽいな」


 Q.でしょうね。少し力を込めただけで、零れるようにボロボロになってしまいます。


「大事に扱えよ。なんてったって、それがお前さんの望んだ手掛かり。例の海賊の残した手記なんだからな」


 Q.肝に銘じます。……とりあえず、少し読んでもよろしいですか?


「読め読め。俺も気になる」


 一枚一枚、慎重に捲っていく。

繊維がぼろりと零れたそのページで、はた、と捲る手を止めた。


「んー? なんじゃコリャ」


 長官も、そのページの文言を読み、理解できないと言った風に固まった。

思わず、声を合わせて読み上げてしまった。


 【魔法使いに、デッキブラシで倒された】

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