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「んんー! 青い空、白い雲! それから追い風のいい天気! こういう日は出航日和だなーって、いつも思うんだけどさ」


 ねえ、君もそう思わない?


 港から離れて十数分ほど。

商人の船と見間違うよう、精密に偽造された帆をはためかせ、大海原を行くその船の上。

甲板に降り立った、望まれざる珍客の方へ振り向き、男は同意を求める。


「さあ? 生憎、船になんて世話になったことがないからわからないな」

「おや、勿体無い。船の旅はいいよ。そりゃあ、時間はかかるし、事故も多い。でも、それ以上に自由だ」


 男は胸いっぱいに潮風を吸い込む。

その動作の最中、彼は横目で珍客の風貌を確認していた。


 麻のシャツに男物のズボン。

肩から靡くマントは陸の旅人によく使われているもので、寒さや風雨を凌ぐことのできる厚い生地のもの。

長く使われているのか、色褪せて擦り切れた年代物。

しかし何より特徴的なものは。


「珍しい髪色だね。銀? 白? それにどうして仮面なんて着けてるんだい? 僕たちに顔を知られないため?」

「ああ、ここいらじゃ中々見ない色だったか? もっと北の方に行けばこんな色ごまんといるぞ」

「へえ! おにーさん北の方の出身なんだ! そっちには行ったことがないから、今度遊びに行きたいなぁ」


 男は細く狭めた目を、薄っすら開ける。


(仮面については誤魔化されたか)


 突かれたくないところというのは、往々にして弱点と成りうる。

いざというときはソレさえも攻撃手段にして、この珍客を排そうと算段を立てる。

そこに油断はない。


 なぜなら、目の前のこの珍客は、大海原を航海中のこの船に、

即ち、超常的な力を持った人間に違いないのだから。


「遊びに行くというのは観光で?」


 珍客の質問に是と答えようと首を動かした瞬間、鋭い気配が襲ってきた。

その鋭さに動きを止めてしまう。


 職業柄、命を賭けた場面なんてものは幾らでもあった。

相手を絶対に殺してやるなんて、殺気だった目で見られることさえ、男は慣れきっていた。


 違う。

目の前の珍客から放たれるソレは、そのどれとも違う。


 静かな動作で、ごく普通の問いかけをしているだけに過ぎないのに、嘘をついたと分かった瞬間に己の首が離れてもおかしく無いと感じてしまう。そんな気配。


「それとも……。でも買い付けに行くのか?」


 バレてる。


 男は全身が総毛立つのを感じていた。

言葉のとおりに受け取ることができたのなら、ただの雑談にもなるだろうその問いかけ。

この船は商船に偽装しているのだから、別にの買い付けに行ったところで何ら不自然はない。


 それなのに!


 この目の前の珍客は、あたかもすべて知っているなんて風に!

ただの事実を述べているだけといった声色で!

人外染みた気配を感じさせるものだから!


 男は思わず頷いてしまった。


「そうか」


 珍客は一言、静かに言った。

あまりにも拍子抜けする一言に、男は思わず力が抜ける。

次の瞬間。


「それなら、返してもらえないか?」


 珍客はあくまで対等な取引のような口調で、男の元へ歩みを進める。

返してくれれば何もしない、そんな事を宣う珍客に、男は内心唾を吐く。


(何もしないだなんて、よく言うよ。……そんなに殺気だった気配をさせておいてさ!)


 ゆったりと、ただ親しい友人に近付いていくかのような気楽で歩みを進める珍客。

その実、一歩進むごとに、男へ明確な敵意をひしひしと感じさせてくる。


「お前たちのの中にな、大事なものが誤って紛れ込んでしまったみたいなんだ。それを返してほしいだけなんだが、聞いてはもらえないか?」

「あー、そんな大事なものが誤って、ねぇ……」


 報告にあったの内訳は、雑穀、植物の苗木、干し肉他乾物が何種類か。

それから、活きのいいが2体。


 恐らく、生鮮物品の方を指しているのだろうと察しはつくが、聞けない理由が男にはあった。


 まずひとつ、この大海原の中で返品を行ったとて、穏便にするために陸に戻れと言われれば戻らざるを得ないこと。

次にふたつ、戻った陸に憲兵がいないとも限らないこと。

みっつ目、この珍客が、素直に言うことを聞くとも思えない。

陸に戻った途端、袋にされても不思議じゃない。

 何より。


(せっかく手に入った上物を、わざわざ手放す馬鹿はいないでしょ!)


 強欲、それが男を体現する言葉の一つ。

おまけで手に入れた女はまあ、それなりに値は付くだろう。

それよりも、あの子供。

あれは稀に見る高額商品に成りうる。


(あそこまで見事な黒髪黒目は中々見ない)


 あれを手放す犯罪者は、多分馬鹿だ。

男はニマァ、と口を歪める。


 ここを適当に濁して、追い返すのも悪くは無い。

けれどここは海。目撃者は犯罪者身内だけ。


(海の底に沈んでもらえば、すべて丸く収まるよね)


 男は腰の鞘から刃物を抜く。

それと同時に、囲んでいた船員も構えた。


「そうか。残念だ」


 珍客は肩を竦める。

見たところ、得物はなにも持っていない。

とはいえ油断はさらさらできないが。


「悪いけど、君にはこれから海の底をお散歩してもらうよ」

「そうだな、今の時期、海の底は冷たいだろうな」

「へぇ、なんか思ってた反応と違うね」


 油断なく目線を珍客へ固定する。

珍客は首を傾げた。


「これから海の底を散歩するのはお前たちだろう?」


 混じりっけのない返答。

だからこそ、煽られたと感じるのは、こちらが海の荒くれ者だから。


「てめえら、ヤれ! この客人に、塩の味を覚えさせてやれ!」

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