1-4-3

「美味いか?」

「おいひいれす」

「そうか、もっと食え」


 頬にこれでもかと食べ物を詰め、モキュモキュ咀嚼そしゃくしている自分に対し、もっと食えと仮面の旅人は自分の食べ物を次々と差し出してくる。

 それじゃ、貴方の分が足りなくなるのでは?

と文句を言おうとしたところ、彼はウェイトレスを呼び止めた。


(あ、追加注文してる)


 しかし注文した分の、ほとんどは自分に詰め込むためだろう。

そう察しが付くのは、注文した割に、彼は自分でほとんど食べていないから。


(口にしてるのは大体酒だし)


 しかし大盤振る舞いである。

師匠と一緒であれば、こうも詰め込まれることは無かっただろうと様子を伺うと、下戸げこな師匠は一口酒を飲んだだけで顔を真っ赤にし、大爆笑を繰り返していた。


「ゲヌト、お前ちゃんと食べさせてもらっているのか?」

「え? ええ、人並みには」


 何故そんな事を聞くのだろう。

そんな事を思っていると、画面の向きは師匠の方へ。


「イル、あいつは割と適当なところがあるから……」

「適当とはなんですかぃ! あっし、ちゃんと衣食は提供してますよぃ!」

「お前が自分の飯すら忘れて行き倒れていたこと、忘れてないぞ」


 随分昔にそんな事があったらしい。

下手な口笛を吹いて誤魔化している師匠に、彼はデコピンをかました。


「そう言えばテオ氏。調べてたって言ってましたよねぃ? あのみみっちい詐欺師をなんで調べてたんですかぃ?」

「厳密には、違うことを調べてたついでに、あの詐欺師の情報も手に入れたってところだな」

「違うこと、ですか?」


 思わず挟んでしまった口を塞ぐが、特に気を悪くした様子もなく、彼は首肯しゅこうする。


「ああ。ある、特定の危険な道具が流出しているらしい」

「危険な道具。刃物とか、ですか?」

「いいや。そんなものよりもっと危険なものだ」


 それは最早、爆弾とかそのような兵器を指しているのでは。

訝しむ自分の隣、師匠は言う。


「禁制品。ですよねぃ?」

「なんだ。知ってたのか」

「流出しているところまでは知りませんでしたがねぃ。こっちは貴族相手にすることもあるもんでぃ」

「そうだ。わたしはそれを回収しつつ、どこからどこへ流れているのかを追っている」


 真面目くさった話をしている大人二人に、完全に置いてけぼりを食らっている自分。


「その、禁制品とやらが流出していることで、何が起こるんですか」


 そもそも禁制品がどんなものなのかを知らないから、この質問でさえも彼らにとってはおかしな質問に当たるのだろう。

しかし、その考えに反して仮面の彼は、禁制品とは何か、から教えてくれた。


 曰く、何かを代償に絶大な力を奮うのが、禁制品の主な特徴らしい。


「中には代償なしで力を得ることができるものもあるらしいが、まあ、少数だろうな」

「それを、各国の王侯貴族が蒐集物コレクションとして保有しているんですね」

「そうだ。表向きは貴族の道楽。だが、その力が暴走しないように保管するのが目的なんだ」


 彼は疲れたようにため息を吐く。

無理もない。

それが流れているということは、王侯貴族の家に窃盗に入った何者かがいるか、それとも。


「……問題は、敢えて売りに出した愚か者がいるかもしれないってことなんですねぃ」

「そのとおりだ。単に無知ならまだ首一つで済むだろうが、それにしては数が多い」

「もう既にいくつか?」

「数は明かせないが、そういうことだ」


 瓶ごと酒を煽る彼。

口元まで上げた仮面から覗く唇が、ワイン色に染まっているのが見えた。


「……テオさんは、もしかしてそういう人、なんですか?」

「そういう人、とは?」


 オウム返しに返された質問。

ワインの唇が、意地悪げに歪むのが見えた。


「その、どこかの貴族や……王族の命令で動くスパイのような人、とかですか?」


 キョトンと、口元がすぼむ。

やがてそれは、徐々に笑みの形に吊り上がり、唇から爆笑が飛び出してきた。


「あっはっは! もしもそうならわたしは、秘密を漏らした職務違反で処分されてしまうな!」

「あっ、そっか、そうでしたね。スパイとかならこんなところで職務内容を話しませんもんね」

「素直だなぁ、ゲヌト!」


 ひぃひぃ笑う、笑い上戸が出来上がった。


(惜しかったか)


 内心でゲヌトは思う。

もしもそうなら、かたくなに見せない仮面の顔も、少しは説明できるかと思ったのだが。


 ゲヌトはダメ元とばかり、その旨を彼に問う。


「それでは、なぜ仮面で顔を隠しているのですか?」

「ふふふっ、ちょっと、待ってくれ……!」


 息を吐き、吸い、また吐いて、息をようよう落ち着かせた彼は、ワインの唇を薄っすら歪めた。


「トップシークレット」


 ふ、と薄く笑う空気に、これが大人か、と嘆息たんそくする。

 男性のはずなのに、女性的な色気を醸し出す唇は、きっと酒に酔ってるせい。

ワインの唇のせいだから。


 熱に浮かされるようにボーっと見ていると、やがて彼は、悪戯げな笑みを浮かべて一言、呟く。


「なんてな」

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