1-3-4
手元のお茶を飲み干したルフルは、空のカップをソーサーに置く。
少し緊張でもしてるのか、いつもより大きな音が鳴った。
「ひとつ、勘違いしないでほしいのは、ボクは別に貴族じゃない。もちろん、王族でもないよ」
声が震えている。
だが、その語り口調はどこか投げやりな、他人事を語る口調にも聞こえてくる。
「ボクは実は拾われ子でね。拾われた先が平民の家だから、貴族籍じゃないけど、貴族の血は流れているんだ」
拾われた子供。その話は以前、本当に記憶の片隅に残っているかどうかのはるか昔に、一回だけ聞いたことがある。
だがそれが、貧困に
ノーカは目を見開いた。
その変化に気が付いたのか、ルフルの苦笑が一層濃くなる。
「判明したのは15のとき。貴族の家のお遣いが、ボクの家にやってきた。ボクを探してたんだって」
その時は、ルフルの両親の家業を手伝っていた時期では無かっただろうか。
ノーカは平民が通うことのできる教育所に通っていたが、ルフルはそれより家業を早く手に着けたいと言っていた気がする。
「捨てられた当時は、貴族の間でゴタゴタがあったらしくて、その流れで捨てられたらしいよ」
ゴタゴタ……。そう、ユミが呟く。
貴族は貴族で、
その
「ボクがよければ、貴族としてその家に入ることもできたんだけど、ボクは突っぱねた。ボクの家はこの街にあるし、ボクの親も育ての親だけだったから」
友達も、この街にしかいないことだし。
顔を上げたルフルの視線が、ノーカを射抜く。
今度はノーカが苦笑する番だった。
苦い感情ではなく、拍子抜けするような、呆れの感情と共に。
「その貴族様はボクの言い分を聞いてくれてね。捨てたとて親だから、金銭的援助だけでもってことで、今日まで働かなくても不自由ないお金を定期的にもらってたんだ」
「だから、無職に近い生活ができていたんですね。ヒモじゃあ無かったんですか」
「だからぁ、生活面は恋人がやってくれてるけど、お金は全部ボクが出してるんだって」
意外にも、しっかりと生活できる基盤は整っていたのだと、判明した事実にノーカは安心した。
彼が思い描いていたような、最悪の場合の悲惨な生活ではないことに。
「……でも、生みの親は今でもボクと暮らしたがっている」
ポツリと影を落とす物言い。
彼は葛藤しているように見える。
彼の眉間のシワを、ノーカは初めて見た。
「貴族籍は無いけど、望めばその地位だって手に入る。面倒くさい義務と一緒に」
座っている椅子の背もたれに体を投げ出し、大きく背中を
心底面倒くさい。そう言わんばかりの態度で。
「面倒なことなんてやりたくないし! これからも自分の好きなことだけやって、死ぬまで生きていければいいかな、なんて思ってたんだけどね」
大きなため息。次いで視線は、ユミの方。
「こんな面白いアイデアがある。形にできそうな土台もある。うまく行けばみんなの生活が少しは楽になるかもしれない。……あとは、国をその気にさせるだけの何かが無くちゃいけない」
うだうだと言っている、その内容はよくわかる。
彼の言う、国をその気にさせるだけの何かというものが、恐らくは。
「戻るんですか」
思った以上に、淡々とした声が出せた。
少しは震えると思っていたが。
しかし表情は、一体どんな顔をしていたのだろう。
ルフルは、ふ、と小さく息を吐くように笑った。
「違うよ。行ってくるだけだよ」
戻る場所は、ここだけだから。
彼は片手で
ノーカも、呆れた笑みを浮かべ、その拳を突き合わせた。
――彼はこの後、貴族として籍を入れた。
そして、異国の少女の話を元に、史上初の蒸気機関車を発明したという。
大量輸送、大量移動が可能となるこの発明は、『セブ・バザール』の流通技術を世界に知らしめるものとなった。
後に、この国は『商人の国』と呼ばれるようになり、また、この発明をした男も、『商人の父』と呼ばれるようになるのだが、それはまた遠い未来のお話。
「……お金に困ってないのなら、レンタル料とか言う必要もなかったのでは?」
「ほら、
よく考えている。
やはり、発明家なんて夢見がちな職についているこの友人は、現実的であった。
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