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 手元のお茶を飲み干したルフルは、空のカップをソーサーに置く。

少し緊張でもしてるのか、いつもより大きな音が鳴った。


「ひとつ、勘違いしないでほしいのは、ボクは別に貴族じゃない。もちろん、王族でもないよ」


 声が震えている。

だが、その語り口調はどこか投げやりな、他人事を語る口調にも聞こえてくる。


「ボクは実は拾われ子でね。拾われた先が平民の家だから、貴族籍じゃないけど、貴族の血は流れているんだ」


 拾われた子供。その話は以前、本当に記憶の片隅に残っているかどうかのはるか昔に、一回だけ聞いたことがある。

だがそれが、貧困にきゅうした家庭からの捨て子ではなく、まさか貴族の捨て子であったとは。

 ノーカは目を見開いた。

その変化に気が付いたのか、ルフルの苦笑が一層濃くなる。


「判明したのは15のとき。貴族の家のお遣いが、ボクの家にやってきた。ボクを探してたんだって」


 その時は、ルフルの両親の家業を手伝っていた時期では無かっただろうか。

ノーカは平民が通うことのできる教育所に通っていたが、ルフルはそれより家業を早く手に着けたいと言っていた気がする。


「捨てられた当時は、貴族の間でゴタゴタがあったらしくて、その流れで捨てられたらしいよ」


 ゴタゴタ……。そう、ユミが呟く。

貴族は貴族で、派閥はばつの拡大、縮小や、蹴落けおとし合いが日夜、知らぬ間に行われていると聞く。

そのいさかいに巻き込まれた子供が、ルフルということなのだろう。


「ボクがよければ、貴族としてその家に入ることもできたんだけど、ボクは突っぱねた。ボクの家はこの街にあるし、ボクの親も育ての親だけだったから」


 友達も、この街にしかいないことだし。

顔を上げたルフルの視線が、ノーカを射抜く。

今度はノーカが苦笑する番だった。

苦い感情ではなく、拍子抜けするような、呆れの感情と共に。


「その貴族様はボクの言い分を聞いてくれてね。捨てたとて親だから、金銭的援助だけでもってことで、今日まで働かなくても不自由ないお金を定期的にもらってたんだ」

「だから、無職に近い生活ができていたんですね。ヒモじゃあ無かったんですか」

「だからぁ、生活面は恋人がやってくれてるけど、お金は全部ボクが出してるんだって」


 意外にも、しっかりと生活できる基盤は整っていたのだと、判明した事実にノーカは安心した。

彼が思い描いていたような、最悪の場合の悲惨な生活ではないことに。


「……でも、生みの親は今でもボクと暮らしたがっている」


 ポツリと影を落とす物言い。

彼は葛藤しているように見える。

彼の眉間のシワを、ノーカは初めて見た。


「貴族籍は無いけど、望めばその地位だって手に入る。面倒くさい義務と一緒に」


 座っている椅子の背もたれに体を投げ出し、大きく背中をらせる。

心底面倒くさい。そう言わんばかりの態度で。


「面倒なことなんてやりたくないし! これからも自分の好きなことだけやって、死ぬまで生きていければいいかな、なんて思ってたんだけどね」


 大きなため息。次いで視線は、ユミの方。


「こんな面白いアイデアがある。形にできそうな土台もある。うまく行けばみんなの生活が少しは楽になるかもしれない。……あとは、国をその気にさせるだけの何かが無くちゃいけない」


 うだうだと言っている、その内容はよくわかる。

彼の言う、国をその気にさせるだけの何かというものが、恐らくは。


「戻るんですか」


 思った以上に、淡々とした声が出せた。

少しは震えると思っていたが。

しかし表情は、一体どんな顔をしていたのだろう。

ルフルは、ふ、と小さく息を吐くように笑った。


「違うよ。行ってくるだけだよ」


 戻る場所は、ここだけだから。

彼は片手でこぶしを握り、ノーカの方へ差し出してくる。

ノーカも、呆れた笑みを浮かべ、その拳を突き合わせた。




 ――彼はこの後、貴族として籍を入れた。

そして、異国の少女の話を元に、史上初の蒸気機関車を発明したという。

大量輸送、大量移動が可能となるこの発明は、『セブ・バザール』の流通技術を世界に知らしめるものとなった。

後に、この国は『商人の国』と呼ばれるようになり、また、この発明をした男も、『商人の父』と呼ばれるようになるのだが、それはまた遠い未来のお話。




「……お金に困ってないのなら、レンタル料とか言う必要もなかったのでは?」

「ほら、慈善事業しぜんじぎょうじゃないし。無料タダで何でもやってあげたら、我も我もって色んな人がたかってくるじゃない。面倒で」


 よく考えている。

やはり、発明家なんて夢見がちな職についているこの友人は、現実的であった。



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