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 眼鏡を借りて数週間。

言語学習は、今までの苦戦は何だったのかと言いたくなるほど順調に進んでいる。

 ルフルから借りた眼鏡の力も大きいだろうが、何よりも少女、ユミの習得速度が格段に上がった。


 今まで、もやの中を進んでいるような感覚だったところに、コツと言う名前の鍵が降ってきたように。

眼鏡を境に、彼女はどんどんと言葉を覚えていく。


「ユミー。ボクがやってきたぞー」

「ルフル! 今日のお菓子は?」

「はっはっはっ。ボクが来たことよりお菓子か。この食いしん坊さんめ」


 ルフルはあれから、レンタル品の様子を見る名目で二日に一辺は訪れている。

どちらかというと、この異国の少女とお茶をするほうがメインの気がしてならない。


 気持ちは、とても良く分かる。


「それじゃあユミ! 今日はどんなお話を聞かせてくれる?」

「私がいたところ、馬車はめったにいなかった!」

「馬車のいない場所?! それは中々不便だね!」

「ううん、馬車の代わりに、いろんなものがたくさんあったよ!」

「へえ、いろんなものって?」

「例えば、人が移動できる箱のようなものでー……」


 どうやら彼女のいたところと、ここの国では、言葉も生活環境も、何もかもが違っていたらしい。

彼女のその話は、どこか知らない世界の話にも聞こえる。

例えばそう。幼い頃にたまにやって来た、冒険者の冒険譚でも聞くような、そんな心地。


 ルフルは、子供の話を聞くように接しているものの、その目は真剣味を帯びる時がある。

参考になるような話でもあったのだろう。

彼女の話を聞いた次の日は、徹夜してでも何かの作業をしていると、彼の恋人に聞いた。


「それは……、これは……!」


 そんなことを思い返せば、いつもの発作。

時折アイデアが湧いてくると、彼の体は戦慄わななき、語彙が少なくなる。


 しかし今日は、様子が違った。

戦慄くのはいつものこと。

しかし今日は、普段なら全くしない文字の記入を、猛然としている。


「どうしたんですか」

「ちよっと黙ってて!」


 ルフルがピシャリと突っぱねる。

手元の紙には、文字と時折図形や絵が書き込まれていく。

それは何かの設計図のようにも見えた。


「人が何人か乗って、馬を使わないのに自動で動く箱! これは他にどんな形をしている?!」

「ここに、っていう……。馬車の車輪よりも太くて、やわらかい車輪が四つ付いてる」

「ほう?! 他には?!」

「ええっ? えっと、って燃料があって……。それが燃える? それで動く?」

「なるほど、可燃性の物を燃やした際に出てくる何かを使って、動力部分を動かしていたのかな」


 ルフルはユミの拙い話を聞いて、自分なりに解釈をし、仮説をどんどん立てていく。

その頭の中は、想像もつかないくらいのスピードで回転をしているのだろう。


「……例えば、その燃やす可燃性のものを、炭にしたらどうなると思う?」

「あ! 炭を使った乗り物だったら、あったよ!」

「今言っていたとは別の乗り物かい?」

「うん! 機関車って言うの!」

? それはどんな乗り物なんだい?」

「自動車みたいに自由は効かないんだけど、決まった場所に駅っていう乗り合い場所があってね……」


 ユミは、という場所から延びる、特殊な道を伝って、大きな箱が動くと言った。

に使われる、などというよくわからない燃料を使うことなく、石炭で動く、大きな貨物馬車。


「なるほど、常に石炭を燃やし続けなくてはならないのは非常に面倒だが、燃やす人員を常備すれば雇用が生まれる」


 ルフルの口から、雇用などという、およそ発明家らしくない言葉が飛び出した。


「この、とかいう道路を敷くのも、国家事業にでもしないと、金が足りない」


 なるほど、なるほど、と繰り返し呟くルフルの口から飛び出してくるのは、普段の彼から聞かない言葉ばかり。


「でも、このアイデアはいいね、非常にいい! 馬車だと乗れて数人の所を、拠点は固定されてしまうけれど、大勢の人間や物資を運ぶことができる!」

「私のいたところだと、駅が色んなところにあって、みんなが好きな場所に行けてたの!」

「すごいよ、ユミ! まるで発明家のようだ!」

「えへへ。ルフルもなんか、政治やる人? 王様? みたい!」


 ルフルはユミの言葉に固まった。

それはもう、分かりやすく固まった。


「お、おお! それは光栄だね! でも、そういう人たちは貴族様だから、下手なことを言うと不敬ふけいになってしまうよ」

?」

「失礼ってこと」

「そっかー。気をつけるね」


 ユミはのほほんとそんな事を言っていたが、ルフルに対する疑問は、こちらはまだ残っている。


「ルフル。君。いや。……は」

「ねえ、やめてよノーカ。君とボクの仲じゃないか」


 ルフルは苦笑する。

わたしと友人を続けたいのだから、距離をとってほしくない、と。


「友人と言うのであれば、重大な隠し事は共有しておくべきでは? いざ、その身に何かが起こったときに真実に行き着くのは、残された側としては非常に苦しいですよ」


 彼は、ようやく観念したと、両手を挙げて降参のポーズをとる。


「分かった、分かった。それならば、ボクのちょっとした秘密を君たちに打ち明けようじゃないか」

「え、私も?」


 視界の端で、ユミが自分自身を指さした。

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