1-6-3
「嘘だろうがぃ」
呆然と呟くイルの視界には、あの竜巻に取り残された生き残りが、コロコロ転がっては増殖を繰り返している。
頼みの綱のテオは倒れている。
魔力切れ、というものだろう。
流石のテオでも、大技を繰り返していれば魔力が切れることもあるらしい。
(まずい、まずいまずいまずい!)
普段は冷静沈着に商売相手と取引ができる胆力を有しているイルでも、さすがにこの状況には焦らざるを得ない。
(……テオ氏を置いていけば。ウミ氏だけなら、あっしでも聖国まで運べますがぃ)
商人の
焦っている状況でありながら、イルは頭の中で
たしかに、大荷物となり得るテオを置いていけば、二人は生き残ることができるだろう。
あくまで可能性ではあるが、一番確実性が高い選択でもあった。
でも、だからこそ。
(……んなことしたら! テオ氏は助からねぇじゃねぇですかぃ!)
イルは必死に荷物の中身を漁る。
この危機的状況を脱する一手を探して。
ぽよん、再び増殖をするスライムの手前。
イルの目の先で、少女が杖を取った。
テオが倒れて尚、離すことのなかった杖をテオの手から離し、少女はそれをスライムの大群へ向ける。
「なっ……! 何やってるんですかぃ、ウミ氏! 魔法は一般人が使えるものじゃないんですよぃ!」
仮に使えたとして、まともに魔法の訓練をしていないような人間が、スライムを消滅させるほどの魔法を放てるとは思えない。
大増殖をさせて、再び草原をスライムが覆い尽くすのが関の山だ。
しかし少女は、呑気な声で真剣にイルを見つめる。
「強い魔法だよね。大丈夫。なんかそれっぽいの、知ってるから」
「知ってる……って」
イルから視線を外した少女は、スライムに杖の先を向けた。
息を吸い、その呪文を唱える。
「えっと、なんかこう……。【
滅茶苦茶すぎる呪文だ。
しかし、耳慣れない単語が放たれた瞬間、杖の先が小さく光る。
それは徐々に明るさを増していき。
「うっそだろぃ……」
それは天へと昇る柱となった。
スライムを全て包み込む、太くて高い光の柱と。
「ウミ氏、光魔法、使えたんですかぃ……」
光の柱が収まった時、そこは戦闘の跡が残る、スライム一匹いない草原が戻っていた。
「テオの魔法、見てて何となくできる気がしたんだ」
何でもないように言う少女は、テオが背負っていた荷物を自身で背負う。
「でも、水とか、火とか、どうやって出すのかはちょっとわからないんだ」
イルは目眩がした。
何でもないことを言っている風に少女は口を動かすが、一体それが、どれだけの希少性を孕んでいるのか。
それが理解できていないらしい。
「ウミ氏、約束をしてくだせぃ」
「ん? なーに?」
無邪気に振り返る少女に、一言ずつを教え込むように、強く、単語を区切って告げる。
「今の、魔法は、絶対に! 他の人の、目の前で、使わないでくださいねぃ!」
少女はキョトンとしているが、やがて無邪気な笑みを浮かべる。
「分かった!」
本当に分かっているのだろうか。
そこはかとない不安を胸に、イルはテオを抱え上げた。
「イル、お姫様抱っこだー」
「茶化すんじゃねぇですよぃ」
軽口を叩き合い、草原の向こうに見えている聖都の門を目指し、歩き出すのだった。
▽
結局、テオが起きたのは入国してから数時間後。
お昼も過ぎた、おやつ時のことだった。
「……悪い。完全に加減を間違えた」
「しっかりしてくださいよぃ。下手したら全滅の可能性だってあったんですからねぃ」
「反省している。……ウミは?」
「ウミ氏は今、市場に出てますぃ。いくらか小遣いもあげましたからねぃ。洒落たものでも買ってくるつもりなんでしょぃ」
そうか。テオは安心したように呟く。
反対に、イルの顔は曇っていく。
「どうした?」
目敏く顔色の変化を感じ取ったテオがイルに問いかける。
「テオ氏。ウミ氏が」
「ウミが、どうした?」
口籠るイルが言葉を繋げるのを、テオは待っているようだった。
イルは覚悟を決める。
「ウミ氏が、魔法を使いましたよぃ」
「……は? 何だって。ウミは無事だったのか?」
「落ち着いてくだしぃ。ウミ氏は魔法を使った後でもピンピンしてましたし、テオ氏の荷物を持ってここまで歩いてきましてぃ」
テオが胸を撫で下ろす。
しかし、本題はここからだった。
「テオ氏。ウミ氏が使った魔法は、光魔法でしたぜぃ」
「何だって」
流石のテオも、顔色を変える。
とは言え、仮面で顔色も何もわからないが。
テオの声のトーンは明らかに変わったのが分かる。
「ただの光魔法じゃねぃ。スライムの群れを一斉に消滅させるほどの、強い光を放つ魔法でしてぃ」
テオが考え込んでしまう。
無理もない。光魔法を扱える人材は希少の一言。
はるか昔にいた聖女が光魔法を扱えたことから、その魔法を扱える人間は、聖女と同格と見做す風潮すらある。
つまり、それらを扱える人間は狙われやすい。
……端的に言えば、権力者が揃って囲い込みたい人材であるため、非合法な手段を持って囲われる可能性があるということ。
(いくらテオ氏でも、これがバレてしまえば守り抜くことはできないんじゃないですかねぃ……)
哀れみを込めた目でテオを窺う。
テオは長考を終わらせたらしく、顔を上げた。
「……つまり、ウミは天才だってことでいいか?」
「親馬鹿でしたかぃ」
悩んですらいない!
イルは天井を見上げて叫んだ。
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