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「テオ……」


 ゴルドは告げられた名前を口の中で呟き転がす。

その二文字を味わい、ニンマリと口角を上げた。


「……簡単に死んでくれるなよ!」


 勢いよく駆け出すゴルドに、テオはデッキブラシを向ける。


「《水よ》」

「効かないよ!」


 噴水を思わせる波を描き、その先端から鋭く複数の水の線が飛びかかる。

ゴルドはそれをいなしていく。

否。壊している。

線の一本一本をサーベルで叩きつけ、その形を壊している。


 勢いを殺すことなく近付いてくるゴルドに、テオは再び呪文を唱える。


「《水よ》」


 それは先ほどの線よりも太く、一本の棒のようになってゴルドへ唸る。

 ゴルドは余裕の笑みを崩さない。

粘着質な笑みを浮かべ、サーベルをそのど真ん中へ突き刺した。

折れるかと思われたそのサーベルは、しかし鋭く水を裂く。


「《み》」

「もらったぁっ!」


 続けての呪文を唱えようとしたテオの顔面めがけ、ゴルドのサーベルが突き出される。

首を背け、その勢いのまま甲板を転がるテオに、ここが勝機とゴルドが猛攻撃を仕掛けていく。


「僕ね! 気が付いちゃった!」


 振り下ろすサーベルの先が、いなすテオのデッキブラシの柄を掠る。


「魔法って、万能じゃないだろ!」


 デッキブラシの柄とサーベルがクロスする。

テオは両手で持ったそれを、力任せに押し返す。

一瞬揺らいだゴルドの体幹。

隙を突いて、テオは跳ね起きた。


「……ははっ。やっぱり。魔法使いって、接近されると魔法を使えないんだ」


 少しでも距離を取ろうとしているのか、テオは背後も見ずに後退している。

それを見逃すゴルドではなかった。


「そこぉっ!」


 ガリッ!

木板を刃物で斬りつける音がした。


「……っ!」


 テオの仮面。

その目元に、大きなヒビが入っていた。


「残念、顔は見れなかったかぁ」


 そこまで残念に思っていないゴルドの目の前に、木が、迫る。


「えっ」


 思わず後ろに飛び退る。

遅れて、危ない打撃音が響く。

着地後、ゴルドは避けて良かったと、心の底から思っていた。


「ちょ……っと、それは、デッキブラシの威力じゃないね?!」


 へこんでいる。

甲板が、デッキブラシの一撃でへこんでいる。


「テオさぁ、やっぱり魔法使いじゃなくて剣士とか格闘家とかじゃないの?!」

「正真正銘、魔法使いだ」

「魔法使いは腕力とデッキブラシだけで甲板へこませることはしないんだって!」


 喚くゴルドを、テオの目はじっと見つめている。


「なーに、そんなに見ちゃって。もしかして見惚れてたとか? きっしょ」

「いや……。《水よ》」

「ちょっとぉ?! 不意打ちはずるくない?!」


 不意打ちで飛ばされた水球を、サーベルの柄で殴る。

水球は目の前で弾けて散る。

飛び散る水滴の向こう側で、テオが呟いた。



 散った水滴を纏わせ、デッキブラシの柄が勢いよく突き出される。

サーベルで斬り結ぶ。

刃物に幾度もぶつかって、傷だらけになったデッキブラシの柄。

ここまでして未だ折れないことに賞賛を与えるべきだろうと、幾度かの打ち合いのとき、ゴルドは思う。


「ふぅっ……ん!」


 力任せにデッキブラシを跳ね除ける。

間合いはあまり空けられない。

それは相手に隙を与えることになる。

呪文を唱える数秒という隙を。


(首……はガード硬いな、やっぱり)


 ゴルドは虎視眈々と狙っていた。

テオが急所をさらす、その一瞬を。


 その瞬間は、案外すぐに訪れた。

大きな魚か、あるいは海獣か。

船体にぶつかってきたのだろう。

先ほどまでの緩い揺れとは違うリズムの、言うなれば一瞬の衝撃が加わった。

 テオの体は、その時傾いだ。


「もらっ……ったぁ!」


 急所、一突き。


 仮面を貫いて、額に一直線。

ゴルドのサーベルは、テオの眉間を貫いた。


「はぁ、はぁっ! 勝った! 勝ったぞ!」


 勝利の喜びが、ゴルドの胸に湧いてくる。

久方ぶりの充足感。

ただ、肉を切っただけでは得られない快感に、ゴルドの全身は粟立つ。


「魔法使いに、僕は勝った!」


 【魔法使いの敵は魔法使い】ということわざがある。

これは、魔法使いがあまりに厄介すぎて、対等に敵となれるのが、同職の魔法使いくらいしかいないことから生まれた言葉。


 そんなことわざが生まれてしまうほど、魔法使いは敵とすると厄介な相手というのは周知の事実となっている。

 敵が視認できないほど遠くからでも攻撃の手段があり、中距離でも相手の詠唱に速度が勝ることができなければ、高火力の攻撃を食らってしまう。

 唯一勝てる可能性があるとすれば、なんとか近接戦に持ち込んで、詠唱の隙を与えないくらい、隙間なく攻撃を加えていく。

しかし、それは実質不可能と言われていた。

遠距離攻撃が可能であれば、やはり遠距離安全圏からしか攻撃はしてこない。

それを引きずり出すだけで、大変な労力であることは容易に想像がつく。


 そんな魔法使いに、ゴルドは勝った。

その喜びは、推して知るべし。


 だから。

ゴルドはたいそう驚いた。

目の前で急所を突いて動かなくなったはずのテオの声が、背後から響くのだから。


「……やはりか」


 ゴルドは、テオから視線は離していなかった。

喜んでいても、その戦果から、一切。

それなのに、一体どうして。


「おい……。どうして僕の背後にいるんだよ?」


 目の前で死体となったはずのテオは、いつの間にか背後にいた。

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