1-5-1

「だから! アタシは嫌だって言ってるじゃないか!」


 昼下がり、作業房のど真ん中。

いつも通りの怒声が響く。


 怒っているのは赤毛の女。

その目の前にはヒョロリとした、頼りなさ気な男が困った顔で懇願している。


「そんなこと言っても……。もうパレードは毎年のことだよ。いい加減、鞍替えしないと廃れてっちまうよ」

「この軟弱者が! いいかい? アタシは! この国の! 宗教観にのっとった! 厳かな祭事を執り行うための舞台を! 誂えているんだ!」

「今はそんなの重要視されないよ。葬式は故人の思い出の場所でやればいいし、婚姻は華々しく行う。祭事がパレードを入れて華やかになったときから、そうなってきているじゃないか」

「かーっ! やだやだ、この国の清貧の魂はどこに行っちまったんだい!」


 プリプリ怒りながら飾り花の加工に向かう彼女の名前はトト。

今は明後日行われる、葬式に使う小物を整えている。


 この国では、生まれてすぐに真っ白な教会で白い祝福を挙げ、その生誕を祝う。

成人するまでの中間二回で、天に帰されることなく成長したお祝いを、教会の白い部屋で行う。

成人したお祝いを、同じ部屋で。


 結婚式は教会で行う。

白い飾りを用いて、白いドレスとタキシード。

参加者はその時々で決められた色の装いで参列する、統一感のある式。


 葬式は、生まれたときと同じく、教会の白い部屋で迎える。

飾りも白く、すべてが白い式。

生まれたときと同じく、何も余計なものを持たず、同じ姿で神の下へ帰るために。


 清貧を重んじるこの国の宗教観を知って尚、この国に嫁いできた自身も、この教義をしっかりと守ってきた。

宗教というものは、生活の一部。

食うこと、寝ること、働くこと。それと同じか、それ以上に大切なもの。

その人間の根幹を作る、命のようなものだから。


 それを大切に守り続けるこの国を、トトは好んでいたし、誇りにさえ思っていた。

それなのに!


(聖女様とやらがこの国に来てから、おかしくなっちまったよ!)


 聖女としての洗礼だか何かで、この国に数年間留まる事になった聖女様。

その洗礼で、聖女が持つ力を強める狙いがあるとは聞いたが。


(まあたしかに? 聖都の教義には、聖女が現れた時は動乱どうらんの時代になり得るから、できる限り協力をするようにとはあるけどさぁ!)


 ったぁん! 残った釘を強く打ちつける。

花を飾る台が完成した。


(聖女様ってもっとこう……。つつしみ深く上品な方では無いのかねぇ!)


 トトは懐疑的かいぎてきだった。

聖女はこの国に来てから、真っ先に祭事のことに対して口を出したのだ。

宗教の教義を無視した、華やかな装いを。と。


(ちょっとでも教義を理解できていれば、どうしてシンプルな装いなのか、ちったあ理解できるはずなんだがね!)


 祭事も葬式も何もかも、神に対して一点の曇りもないと示すため。

神から遣わされたと言われる聖女であれば、その教義に則って然るべきではないだろうか。


(それなのに! 流れてくる噂は、派手好き、高飛車たかびしゃ贅沢者ぜいたくものの三拍子!)


 今代の聖女は、どこぞの国の王族の出だとも聞く。

きっと贅沢に染まった、ただれた生活でもしていたのだろう。

王族なんて最高権力者、富も力も使い放題なはずだから。


 清貧の魂ではなく、贅沢に薄汚れた女が聖女になったのははなは遺憾いかんであるとトトは思う。


(そもそも神は、何を見て聖女を選んでいるのかね!)


 その時代に起こり得る動乱に備え、聖女は生まれると聞く。

ならば、今代聖女の彼女も、何某なにがしかの使命を得て生まれてきたのだろうけど……。


(アタシには、まったくそんな風には見えないがね!)


 怒りに任せて作った台でも、長年の技術の賜物たまものか、その完成度には一片の狂いも無い。

 完璧な台を見て、トトは項垂うなだれる。彼女の視界に、足元が映る。


(……でも、全部アタシの独り善がりなのかねぇ)


 厳かな式を作ること。それにプライドを持ってやって来た人生だったが、従業員が懸念している通り、業績が振るわなくなってきているのも事実。


 格式張った式を行う人は、年々目に見えて減ってきている。

宗教を重んじる人が減り、自由に振る舞う人が増えている。


 時代に合っていないのかもしれない。

そう思うことも、一度や二度ではない。

しかし、染み付いた宗教観は、最早彼女の生きる意味ともなっている。

それを引き剥がして考えることは、土台無理なことだった。


(……従業員の給料が払えなくなるのは困る。でも、あんな教義に反した下品な式を作ることには、耐えられない)


 今からでもパレードにくみするべきと、頭では分かっている。

しかし、あと一歩の所を踏み止まってしまう。

踏みとどまる理由は、宗教の教義に他ならない。


「どうしたもんかねぇー」


 大きなため息とともに唸る彼女のもとに、慌てた様子の従業員が駆け込んできた。


「なんだい騒々しい!」

「ごめんなさい! でも緊急事態です!」

「なんだなんだ、葬式に使うものでも壊れたのかい!」

「いいえ! いいえ! その!」


 息を切らした従業員の背後。

派手なドレスを纏った、白銀の髪の女が顔を出す。


「聖女様が! 来ています!!」

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