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 その女は、異質だった。

多くの工具を取り扱い、油や鉄まみれとなっているこの房において、似つかわしくない派手な装いを見せている。


 店に入り込んでくる太陽の光でギラギラ輝く白銀の髪は、それはもうきれいにセットされ、庶民の給料では絶対に買えないと推定される、宝石がたっぷり付いた髪飾りで彩られ。

 青紫色のドレスは、考えられないほど大量のシルクでわさわさしている。

シルクというだけで高級品なのは間違いないのに、そこに小さな宝石が均等間隔に縫い付けられているものだから、光が当たる度に眩しくてしょうがない。

 極めつけは、その手に持つ扇。

七色の輝きを放つ鳥の羽根がふんだんに使われていて、その色からティロとりの羽根と想定される。

ティロ鳥は、中々姿を見れないことから、希少な種類の鳥で有名だ。

流通に乗せられる量も少ないものだから、贅沢の象徴と言われている。

事実、ティロ鳥の羽根は目ン玉が飛び出るほど高い。


(なんだい、聖女様って、こんなに下品な女なのかい!)


 トトは憤慨した。

自身の想像していた聖女像と、大差のないことに。

同時に、落胆もした。

噂は噂で、実際はもっと高潔こうけつな方である可能性だって、十分に期待していたから。


「聖女様がこんな場末ばすえ工房こうぼうに、なんのご用で?」


 まあそれはそれとして、相手は最高権力者。

機嫌を損ねれば、自分ひとりの首では済まない可能性が出てくる。

もちろん、物理的に。


「あら、貴女がここの責任者ですの?」


 じろじろ相手を見定めようとする品のない視線。

トトは負けじと、りそうな表情筋ひょうじょうきんを限界まで酷使こくしし、人当たりのいい笑顔を浮かべる。


「ええ、はい。ここの責任者は何年も前にっちまいましたんで、連れ合いのアタシが実質的な責任者になります」

「まあ、女性でここまで……。ご苦労ですわ」


 ねぎらう姿勢も、トトには訝しむ要素しか与えない。


「聖女様、発言をしても?」

「ええ。よくってよ」


 扇を口元に当てて言い放つ様は、高飛車という言葉が非常によく似合う。


「まず、この工房に来た理由を知りたいのですが……。それより前に、警護などの供はいらっしゃらないのでしょうか」

「店の前で待っててもらってるわ。わたくし、時間だなんだとかされるのは、好きではないの」


 公務の時間もあるだろうに、何を言っているのだ、この女は。

トトは崩れそうになる表情を、必死で引き締める。


(もしかすると、休日なのかもしれないし)


 果たして聖女や王族に、休日という概念があるのかは一度置いておき。

トトは吊り上げた唇から、必死に言葉を紡いでいく。


「左様でございましたか。それは失礼いたしました。それで、こちらへはご見学に来たということでよろしかったでしょうか」

「いいえ。わたくし、こちらの工房にお願いに来たの」


 トトは訝しむ。

噂通りの女であることはこの目で確認したし、厳格な式を行う舞台を依頼されることは、まず無いと思っていたから。


「お願い、ですか?」


 うかがうトトの視線に、聖女は満足そうな表情を浮かべる。


「ええ。わたくしのパレードに、そちらの工房からも協力をしてくれませんこと?」


 白けた心地だった。


(なんだ、結局、あの品のない祭りの依頼かい。……さて。どう断ろうかね)


 トトは頭を悩ませる。

正直に言えば、この聖女に協力するのは嫌だと心は叫んでいる。

しかし、業績の振るわない昨今さっこん、これはチャンスだと理性が語りかけるのも分かっている。


「あー……と」

「ち、ちなみに! どのようなご協力をすればいいでしょうか!」

「は?! ちょ、お前何勝手に!」

「どうせ工房長、断ろうとしてたでしょ! チャンスなんですよ。このままじゃ、本当にこの工房は潰れちまう!」


 図星であった。

割り込んできた従業員に怒りはあったが、それ以上に、彼の言うことも痛いほどよくわかる。

グダグダと言い訳を繰り返してきたが、いい加減認める時期なのかもしれない。

要は、自分のプライドでこの仕事を受けたくないと思ってはいるものの、自分のプライドがゆえに工房が傾いていることを認めなくてはならない。


(……でも。でも、でも、でも!!!)


 やっぱり、教義に背くことはしたくない!!


「ふー……っ」


 荒れる内心を抑えつけ、深い深呼吸をひとつ。

目の前の聖女は、微笑んではいるものの、その目の奥は笑っていないように見えて仕方がない。


(これが権力者の姿ってやつなのかねぇ)


 イライラする気持ちを足踏み二回に留めて殺し、表情筋を総動員させた笑みを作って聖女に向ける。


「……失礼しました。お騒がせしたこと、おび申し上げます」

「よくってよ」

「それで、ですね。我々もお力になりたいのは山々ですが、幾分目の前の仕事に手一杯なものですのでね」

「あら。わたくし、待てるわ。そのお仕事が終わってからわたくしのお願いに手を付ければ良いことではなくて?」

「ええ。ですので、事前にどのようなお願いをされるのかを教えていただきたく。それによっては当然、掛かる日数が違いますもので」


 鼻でふてぶてしい息を吐く聖女は、仕方がないとばかりに扇を広げる。


「……よくってよ。貴女にお願いしたいのは、わたくしのパレードを、もっと豪華にするための舞台装置を作っていただきたいの」


 落胆が隠しきれない。

唯一、表情だけが、笑みの形を保っている。


「左様でございますか。して、どのようなイメージで……」

「お任せするわ。こちら、他の工房が着手する予定の仕事のリストですわ。それから、予算はこのくらい」


 お願いするわね。

そう言って足早に工房を去る聖女は、仕事の可否など聞かずに出ていってしまった。


 具体的なことを何も言わずに去って行ってしまったため、トトは途方とほうれた。


(一体、どんなものを作ればいいってんだい!)


 そもそも、納期に間に合うのか。

構想も何も立っていない段階で、丸投げされたにも等しい。

トトは今度こそ、大きなため息を吐いた。


 余談よだんだが、提示された予算は、今までトトが見たことのない数字となっていて、泡食あわくって倒れそうになったことは言うまでもない。

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