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「それで、一体テオはどこで拾ってきたんだい?」


 ゴミ屋敷だった部屋の中を雑巾がけができるまでに綺麗にし、サカニアは達成感を感じながら友人、メェリャに問いかける。


「森の入り口だったかな。大分浅いところでお腹抱えて倒れてたんだよ」


 お茶を用意しようと立ち上がるメェリャをサカニアは止める。

お茶とは名ばかりの得体のしれない固形物がこの間出てきたばかりだから。


「お腹痛かったの? テオ? ポンポンいたいいたいだったの?」

「幼児言葉ウケる」


 ケタケタ笑うメェリャを無視してテオに問いかければ、彼女は首を傾げる。


「空腹じゃないかな。倒れていてもお腹ぐーぐー鳴ってたし」

「お腹すいた? それは大変だ」


 森の中に食材を探しに行こうとするサカニアをメェリャが止める。


「アナタ夜中まで帰ってこないつもり?」


 彼女はサカニアが随分なしょうであることを知っているが故に、時間も忘れて没頭してしまう可能性を指摘した。


「それに結構前の話よ。今はご飯はあげてるもの」

「あの残飯をかい?」

「……今までの食事の中でも相当立派な部類だし」

「君どうやって生きてきたんだい……?」


 サカニアが一種の戦慄を覚える。

こいつは駄目だと。


(ワタシが何とかしないと、彼女らは目を離した隙に死んでしまう……!)


 サカニアは決意した。

とりあえず食事関係は全般面倒を見ていこうと。


(長い森の人エルフせいだ。人間の一生を面倒見るくらい、そこまで対した時間じゃないさ)


 決意を新たに拳を握ったサカニアとは対照的に、メェリャはのほほんと立ち上がる。


「さてさて、仕事しようかねぇ」

「仕事?」

「サカニアも知ってるでしょぉ。薬が納品分まだできてないのよ」

「いや、初めて聞いたけど? 前の納品からそんなすぐ?」

「すぐじゃないわよ。前の納品からもう半年も経ってるもの」

半年じゃないか」

半年なのよ」


 人の時の流れとは、なんとこうも速いのか。

サカニアは感覚の違いを理解できないまま、仕事場に向かうメェリャの背中を見送った。


「ねえねえ」


 ぼーっとメェリャの仕事部屋を見ていると、服の裾を引かれる感覚。

目線ははるか下。

俯くようにそこを見ると、テオがサカニアの裾を引っ張っていた。


「どうしたんだい?」

「あのねー、あのねー」


 もじもじ、もじもじと照れて言葉を渋る動作が、ちまちまと動いて可愛らしい。

サカニアは相貌を崩す。


「あのね! テオはテオだよ!」

「うんうん、そうだね~。テオはテオちゃんだね〜」

「おにぃ……、おねぇ……?」


 サカニアの顔をまじまじと見たテオの言葉は、徐々に萎んでいく。

混乱しているようだ。目がぐるぐる渦巻いている。


「〜っ! ちゃん! の、おなまえなぁに?!」


 しかし流石は幼児。持ち直して聞いた質問は、勢いを盛り返した。


(かわっ……!)


 思わず口元に手を当てる。

声が漏れなかったことを褒めてほしい。


「んんっ。ワタシはサカニア。よろしくね、テオ」

「シャカニヤ!」

「サ、カ、ニ、ア」

「シャ……カニャ?」

「サ!」

「シャ!」

「サカニア!」

「シャカニア!」


 もう可愛いからそれでいいや。

サカニアは発音を諦めた。


「シャカニアー」

「なぁに?」

「あんね、あんね」


 テオは何かをねだっているようにサカニアの裾を揺らす。

しかし言葉が出てこないようで、サカニアはそれを辛抱強く待つ。


 ぐぅううぅぅぅ。


「……ちゅいた」


 言葉より先に腹が鳴いた。


 なんてことだ。森であれだけ果物をたらふく食べていたはずなのに。

ぽんぽこりんだった腹は、いつの間にかぺったんこになっていた。


「それなら腕にりをけて作ろうか」


 短い袖を腕まくりする。

テオもその動作を真似していた。


 ……食料の備蓄が無かったから、すぐに森まで走ったけど。




「えぇー。また魚のフリットぉ?」


 いい加減飽きるんだけどぉ。

ぶうぶう文句を言うメェリャの皿を、サカニアは持ち上げる。


「文句言うなら食べなくてよろしい」

「ウソウソウソ! 食べる食べる!」


 大慌てで皿を取り戻すメェリャにため息をつく。


 机には魚のフリットと、買ってきたクルミのパンを並べている。

搾りたてのミルクと森で採れた果物を添えて、完璧な朝の食卓。

満足してふふん、と息を吐く。


「サカニアってさぁ」


 フリットをいじくりながら、メェリャがぼやく。


「テオにほんっと甘いよねぇ」


 首を傾げる。


「ワタシが? テオに甘い?」

「甘い甘い。あまあまのデロッデロじゃん」

「そんな自覚ないけどなぁ……。テオ、おいし〜?」

「おいち!」

「そっかそっかぁ」


 顔をデロンととろけさせたサカニアを見て、メェリャが呆れたように呟いた。


「やっぱり甘いじゃん……」


 メェリャは魚を口に運ぶ。

机の向こうでは、フリットを頬張るテオと、お代わりを勧めるサカニアがいる。

メェリャは、小さく呟いた。


「気付いてるのかなぁ。これ、テオの大好物ってこと」

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