森の国ヨゴの守り人

【森の人 サカニア】

「……嗚呼、懐かしい人の名前が出たね」


 その人は、豊かな金の髪を垂らし、白い衣を身に着けていた。

衣は一枚の布を使ったらしい、簡素なワンピースを思わせる服装で、およそ現代人らしくない、古代の装いをしていた。

浮世離れした美貌を持ったその人は、尖った耳を隠すことなく、自身の名を【サカニア】と名乗った。


「テオ、だったね。うん。知ってるよ、よく、知ってる」


 懐かしそうに目を細め、薄い唇から忍び笑いが漏れ出る。


「懐かしいなあ。ワタシはテオのオネショした布団を洗ったこともあるんだよ」


 Q.ということは、ずいぶん昔から知っているということですか?


「勿論。テオはワタシの友人が拾ってきた子でね。可愛い子だったよ〜。舌っ足らずに、シャカニア、シャカニア、って、雛鳥みたいにあとをついて回っててね」


 その言葉に嘘はないのだろう。

これでもかと破顔はがんしたサカニアの顔が、それを物語っている。


 Q.相当溺愛してらっしゃったんですね。


「それはもう! あれは親の贔屓目無ひいきめなしに可愛らしい子供だったんだよ」


 Q.親、と言いますと。


「親みたいなものだよ。……森の人エルフにとって、とても短い時間のうちの、さらに短い一時いっときだけの関わりだったけどね」


 それにさ! とサカニアは愚痴ぐち風貌ふうぼうで文句を垂れる。


「その友人! 人里からは魔女と恐れられた薬師なんだけどね! 拾ったはいいけど、子供の育て方がすっごいヘタで!」


 Q.下手とは、どのような?


「洗濯はできない、服も一着だけ! 自分が調薬に熱中してる時はご飯食べ無くても平気だからって、その子にご飯あげてなかったりさぁ!」


 Q.なんて名前のネグレクトですかそれ。


「だよね?! 今だったら、相当問題になっているよね?!」


 ぷりぷり怒るサカニアは、でも。と懐かしそうな声音で続ける。


「テオは、彼女に懐いてたんだよ」


 Q.親に対する無償の愛とかそういう……?


「信頼関係さ。友人は、世話はしなかったというより、常識がなくてできなかった」


 Q.散々な言われようですね。


「でも、その分よく話は聞いてあげてたようだ。……その日の些事さじから、悩み事まで幅広く」


 困ったことがあれば、無愛想ながらもすぐに解決してくれてた、とテオが言ったことがあったらしい。


「生活能力と生活の常識がなさすぎて、世話は全然できなかった彼女でも、不器用ながら親をやれていたらしい」


 だから。と、投げやりに笑いながらサカニアは言う。


「見かねたワタシが途中から家事や育児の生活部門一切合切を引き受けてたんだよねぇ!」


 Q.それはお疲れ様です……。


「本当大変だった! 世のお母さんたち、尊敬するよ! だって日々の家事でさえ大変なのに、日によって食べたいものがコロコロ変わるんだよ?! しかも一時間前に食べたいって言ったものが、作ったら気分じゃないって言われたり!」


 Q.真に迫る叫びですね……。


「体験してみて気分屋の娘と四六時中戦う日々」


 サカニアは遠い目をしてふっ、と自嘲する。


「君の話も聞かせてよ。今までどんなテオの話を聞いてきたんだい?」


 Q.えっ? えぇっと……。


「その手帳。今までたくさんの話を聞いてきたんだろうね」


 手元の手帳に目を落とし、サカニアは目を細めて微笑む。


 Q.えっと……。魔法使いなのにデッキブラシで海賊を倒したとか……。


「えっ、なにそれなにそれ。あの子そんな面白いことしてたの?!」


 サカニアはケラケラ笑い、話を更にねだる。

今までの取材の話の中で、サカニアが望む話を抜き出して話していけば、サカニアは両手を叩いて喜んだ。


「あの子ってば本当に薄情な娘だよ。ここから出てったきり、一度も顔を見せに来ない」


 サカニアはまつ毛を伏せ、緩く窓から外を見る。


「テオの知人も、小さかった友達でさえ、段々この国を離れていった」


 Q.広大な森ですが。昔は国だったのですか?


「そう。大きな国じゃなかったけどね。森の人エルフが治め、人や、いろんな種族が共存していた豊かな国だったんだ」


 だけど。

サカニアは外を見たまま目を閉じる。

昔を懐かしむように。思い出すように。


「近くの国で、内乱が起こってしまってね。戦火が降りかかるのを嫌がった人たちが、次々と国を出ていっちゃってねぇ」


 瞼を閉じたまま、サカニアは指を組む。

指遊びをするように、一本一本、指を動かしては言葉を転がしていく。


「今やここは、名前だけ残る、村みたいなものさ」


 薄らと微笑み呟くのは、ため息のような言葉。


「懐かしいな、うん。本当に、懐かしい」


 サカニアは、やがてゆったりと瞼を上げた。


「君は、テオのことを知りたい?」


 Q.はい。リガルドについて取材をして回っている間に、たくさんその名前を聞きました。どんな人だったのか、非常に興味があります。


「そうだね、それなら、テオと友人が暮らしていた家へ行ってみるといい。随分と人が暮らしていないから、ホコリがすごいことになっているだろうけど」


 Q.その小屋はどこに?


「それなら……。ワタシの昔話にちょっと付き合ってくれたら、お礼に教えてあげるよ」


 悪戯っ子のように微笑むサカニアは、指を口元に当てた。


 ―――これは、長い時の中の、ほんの一瞬だけを切り取った思い出話。

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