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 セブ・バザールの首都には、定期的に市がやって来る。

その期間は自然と、金のやり取りが活発になるものだから、客も商人も皆そこに集まってくる。


 自分の師匠もその一人。

今は前の街で買った宝石類を売り捌いているところ。

……なのだが。


「こいつが偽物だなんて、冗談も休み休み言いなしぃ」

「だぁかぁらぁ! 何度も言ってるだろ兄ちゃんよ! これが本物のエメラルドって言うなら、こんなくすんじゃいねぇのよ!」

「それはカット後のちゃんとあつらえた物のことでしょうがぃ。これは原石から切り出しただけのもので、加工はしていないって言ってましぃよ」

「っかー! 話にならんな! 宝石なんてもんはキラキラしてなんぼだろうがよ!」

「宝石が埋まってる時からキラキラしているとでも勘違いしてるんですかね、師匠」


 思わずぼそっと言ってしまった一言に、取引相手はものすごい顔でこちらを見てくる。


「そういうわけだから、この店では取り扱えないよ! 帰った帰った!」


 しっしっ、とあっち行けとばかりに手を振る取引相手にも、師匠は胡散臭い笑みを絶やさない。


「仕方ねえですねぃ。別の店にでも行きやしょうかぃ、ゲヌト」

「えっ、あっ、はい」


 商品を片付けている師匠の手元。

見てしまった。

難癖をつけてきた取引相手が、難癖をつけたエメラルドを盗もうとしているところを。


「ちょっ!」

「――いい、石があるな?」


 涼やかな声が、背後から聞こえてきた。


 身丈は師匠と同じくらいか、やや低めくらい。

旅人の象徴とも言えるマントを肩からなびかせ、上から見下ろしている。

白銀の髪が日に照らされ、市のカラフルな雑貨の中に映える。

しかし何より印象的だったものは、その仮面。

目元にヒビが入ったその仮面は、その人の顔を覆って隠している。


「へ、へぇ! らっしゃいませ!」


 取引相手はひっくり返った声で突然の客人をもてなそうと手揉てもみする。

その表情は僅かに引きつっている。

それは客の風貌にか、それとも直前までの行動に、罪悪感があるためか。


「この石はいくらする?」

「へぇ、いえ、これは……その、今取引中でしてねぇ!」

「そうなのか。いいだから、ぜひと思ったんだが」


 思わず、客を見て、次いで師匠を見た。

師匠はこっそりと、黙れのジェスチャーをするものだから、咄嗟に口を塞ぐ。

取引相手は首を傾げている。


「お客さん、これはでして」

「これがエメラルド? 冗談だろう?」


 仮面越しなのに、鼻で笑ったのが分かる。


「見てみろ。この色、エメラルドにしてはくすんでいるだろう?」


 取引相手と共に手元を見せてもらう。

言われてみればミルキーな緑色。

エメラルドとの違いは全く分からないが、有識者ともいえるこの旅人の言葉には、妙な説得力があった。


「低品質なエメラルドと、高品質なヒスイの色味は同じとも聞く。ならばこれは、質の高いヒスイか、そうでなければ質の低いエメラルドってところだろう」


 それは聞いたことがある。

道中質問攻めにした流れで、師匠に教えてもらった。


 しかし、およそ二分の一の賭けとは言え、これがエメラルドでなくてヒスイなら大変なことだ。

何せ、こっちではヒスイなんてものは出回ること自体が少ない貴重品。

下手したら、エメラルドよりも値が上がる。


 師匠をこっそり見上げる。

相変わらず何を考えているか分からない笑みを浮かべている。


 取引相手はごくっと唾を飲み込む。

師匠は仕舞いかけた宝石を、また広げる。


「いやぁ、いい慧眼けいがんをお持ちのお客さんですねぃ。あっし、まったく気付きませんでぃ」

「勉強不足だな。見識けんしきを広げたほうがいい」

「おっしゃる通りでぃ。すみませんねぃ、店主。あっしの知識不足でまったく違うものを押し付けちまうところでしたねぃ」


 こちらは鑑定に回したうえで……。

師匠が宝石を再び仕舞う動作をすると、その腕を取引相手が掴んだ。


「待て! 待ってくれ!」


 先ほどまでと違い、必死な様子の取引相手は、叫ぶように価格を言う。

先ほどエメラルドを購入しようとした価格の倍額を。


「……交渉成立、ですねぃ」


 ニンマリ。胡散臭い笑みで師匠は笑った。


「そんなわけだからお客さん、悪いな、コイツは加工に回すから売れねぇよ」

「そうか。残念だ。縁がなかったと思って諦めよう」


 やれやれと両手を軽く挙げ、その客は去っていく。

金銭のやり取りをしたあと、夢膨らませている店主を置いて、師匠もその場を離れていく。

後には自分の、果たしてあれは、本当にヒスイだったのだろうか、という疑問だけが残った。

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