第13話 如何なる難敵を撃破してでも恋敵を減じる①

 これより、天条悠人攻略会議を始めます。


 そんな宣言が発せられてから、既に一時間近くが経過していた。

 そしてその宣言以降、誰からも一言たりとも発言はない。


 場所は、駅前のオシャレなオープンカフェのテラス席。


 よく晴れた休日の昼下がりで、太陽は優しく降り注いでいる……はずだが、そのテーブルだけは梅雨の時期に換気を忘れた風呂場よりも尚ジメジメと湿って暗い空気を発していた。

 まるで、場の雰囲気が物理的な空気にまで影響を及ぼしているかのようだ。


 それが入り口近くに陣取っているために、店に入ろうとする客がその光景を見て「ひっ」といった悲鳴を上げ踵を返す光景も珍しくなかった。

 結果、人気のカフェだけにほとんどいつでも混雑しているはずの店内が、今や空き席の方が目立つほどになっている。


 店員たちも「お前注意に行けよ」とばかりに肘で互いをつつき合っているが、その雰囲気の中に飛び込む込める勇者は誰もいなかった。

 いや……正確には二十分ほど前に一人勇者は現れたのだが、ハイライトが消えている割にやけにギラついている三対の瞳を一斉に向けられ、何も言えずに帰ってきたのだった。


 元は見目麗しい少女たちだけに、余計それは不気味に感じられたという。


 言うまでもないことだが、件のテーブルに着いているのは恋する乙女三人組。

 空井凜花、出雲亜衣、ミコ・プリンセス・ユニヴァースである。


「……………………」


「……………………」


「……………………」


 三者とも黙ったまま、ただひたすらに目の前に置かれたカップを見つめている。


 凜花の前にあるのはハーブティー、亜衣の前にあるのはカフェオレ、ミコの前にあるのはココア。

 それぞれ元はホットだったものだが、どれも一度も口を付けられないまま今や完全に冷め切っている。


 そんな彼女たちの目の下には、色濃い隈が出来ていた。

 ここしばらく、寝る間も惜しんで天条悠人へと想いを届ける方法を考えてきたためだ。


 だが、何も出なかった。

 何の案も出ないまま無為に時間だけが過ぎ去る会議も、これで八度目となる。


 駄目。


 無理。


 不可能。


 誰の脳裏にも、そんな言葉が際限なく飛び交っていた。


「ん……?」


 そんな折、小さく声を上げたミコの方に残る二人の視線が物凄い勢いで集まった。


「ミコさん、何か案が!?」


「あるなら早く言いなさいよ!」


 寝不足も相まって血走ったその目は、飢えた肉食獣を彷彿とさせる。


「いや、そういうわけではなくてじゃな」


 身を乗り出してきた二人を宥めるように、ミコは手の平を突き出した。


「ちと、マズいことになっておるやもしれぬ……良いか、落ち着いて聞くのじゃぞ?」


「無茶苦茶落ち着いてます!」


「こんなに落ち着いてるのはママの胎内にいた時以来かもしれないわね!」


 そう食ってかかる二人はどう見ても「落ち着いている」とは真逆の状態と言えたが、それに対して「ふむ、確かにめっちゃ落ち着いておるようじゃな」などと返すミコも落ち着いてはいないようで、誰もそこにツッコミを入れる者はいなかった。


「ユートに付けておる、観測機からの情報なのじゃが」


「はいちょっと待ったぁ!」


 ミコの言葉を遮って、凜花が勢い良く手を上げた。


「なんですかその、悠人くんに付けてる観測機って」


「んお? 言うたことなかったかえ?」


 訝しげな凜花に、ミコは意外そうに片眉を上げる。


「なにっちゅーか、まぁそのまんまじゃが。《ユニヴァース》の一部たる観測機を常にユートの付近に飛ばして、アヤツの様子を観察しておるのじゃよ」


「それ、普段から天条の事をずっと見てるってこと? 引くわー」


 言葉通り、やや引き気味の表情で亜衣はミコを見た。


「そうです! 悠人くんのアレコレを隠れて見てるなんてズルいです!」


「その反応も引くわー……」


 ドン引きの表情で亜衣は凜花を見た。


「いや隠れてっちゅーか、言うて本人も普通に気付いとると思うぞ?」


 肩をすくめながら、ミコ。


「本当にそう思いますか?」


 妙に迫力の篭った声で、凜花が問う。


「じゃってユートの《オールマイティ》は、非顕現状態でも周囲の空間索敵を自動で行っとるんじゃぞ? 光学迷彩しか施しとらん妾の観測機を見つけるなぞ……」


「ほ、ん、と、う、に。そう思いますか? 自分自身の事に関する悠人くんの鈍感……いえ、盲目っぷりを忘れたとは言わせませんよ?」


 ますます、凜花の声に迫力が増した。


「ま、まさか妾はまだユートを侮っておったというのか……?」


 恐れ慄くように、ミコは自らの身体を抱いて震える。


「どうでもいいけど、その観測機からの情報って結局何なのよ?」


 茶番には付き合ってられん、とばかりに冷めた調子で亜衣が改めて尋ねた。

 凜花とミコとのやりとりの間に、本当に落ち着きを取り戻したようである。


「うむ、それがじゃな」


 ミコは一つ頷き、表情を改めた。


「ユートの行先に、珍妙な格好をした見知らぬ女が近づいておる」


『!?』


 凜花と亜衣の表情が一瞬驚きに、そしてすぐに危機感溢れる真剣なものとなる。


「……それって、美少女?」


「妾ほどではないが、一般的に見れば十分そう称して良い部類じゃろうな」


 慎重に問うた亜衣に、ミコは頷いた。


「それって、何か影を背負ってそうな方ですよね?」


「そうじゃな、今にも泣き出しそうな困り顔をしておるぞ」


 ほぼ断定口調の凜花にも、頷いて返す。


 三人、素早く視線を交わし合った。

 三人の頭の中は今、一つの言葉で占められている。


 すなわち。


 新ヒロイン──と。


「こうしちゃいられませんね!」


「これ以上競争相手が増えちゃ堪んないわ!」


「うむ、ライバルになる前に蹴落とそうぞ!」


 口々にそう言うと三人同時にカップを手に取り、ゴッゴッゴッゴッと冷め切った中身を飲み干した。


 凜花が伝票を手に取り、彼女を先頭に三人はズンズンと大股でレジへと向かう。


「ごっそさんです!」


 凜花が伝票と共に千円札をレジのキャッシュトレイに叩きつけた。


「釣りはいらねぇわ!」


 続いて亜衣が、千円札を重ねる形で叩きつける。


「てやんでぇじゃ!」


 最後にミコが、ちょっと背伸びして千ユニヴァ札を重ねた。


 そのまま、三人揃って店を出る。

 三人とも、寝不足のせいもあって割とテンションがおかしくなっていた。


 ちなみにユニヴァとはユニヴァース帝国の通貨単位であり、現在の宇宙為替に基づいて千ユニヴァを日本円に換算すれば約十万円に相当する。

 なお、千ユニヴァ札に印刷されている肖像は千年前の偉大な作家であるヒメキシ・ハラマース(触手型ヒューマノイド)のものだ


「あっ、ちょっとお客さん! 何なんですかこのお札……って、気持ち悪っ!? このお札に描かれてる絵、気持ち悪っ!? お、オモチャかな……? ま、まぁ二千円で三人分足りてるからいいか……にしてもこのお札の絵、気持ち悪っ!?」


 背後から聞こえるそんな男性店員の声は、無視。


「アイ、件の女の座標は……」


「いい、もう《掌握》してる」


 ミコとそんな短いやり取りを交わしながら人気のない裏路地まで移動した後、亜衣は他二人に先んじて一歩踏み出す。


「《ゲート》オープン」


 開くと同時に、三人は転がり込むように《ゲート》をくぐった。

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