第7話 如何なる覚醒を利用してでも思考を伝える①
「これより、天条悠人攻略会議を始めます」
分厚い暗幕で日の光が遮られた薄暗い教室に、その声は静かに響いた。
室内にいるのは、三人の少女だ。
「天条、まだ入院してんの? 長くない?」
椅子の上であぐらをかき、だらしなく背もたれに体重を預ける格好の出雲亜衣。
「言うて、まだ入院して二日目じゃろうに」
対照的に、こちらはお手本のように綺麗な姿勢で椅子に腰掛けるミコ・プリンセス・ユニヴァース。
「いやだって、今回実質鼓膜破れただけっしょ?」
「だけっちゅーが、地球の医療じゃ普通はそれでも一~二週間コースじゃと聞いておるぞ? まぁ、ユートは明日退院らしいが」
「なんで生身で恒星に突っ込んだ時より鼓膜破れただけの今回の方が入院期間長いのよ……」
「はーい、しゅーちゅー! お二人とも、会議に集中してくださーい!」
そして、雑談する二人にパンパンと手を叩いて注意を促す空井凜花である。
「ふむ」
表情を改めたミコが、凜花の方に向き直る。
「では、妾から一つ案がある」
そして、軽く手を挙げた。
「はいはい、今日は何が食べたいわけ?」
揶揄する調子で言って、亜衣が肩をすくめる。
「ムッ、だから妾を食いしん坊キャラのように言うでないわ」
軽く亜衣を睨むミコ。
「じゃが、今日はケーキでも摘みたい気分じゃの」
そして、素知らぬ顔でそう続けた。
キュウ、と小さくミコの腹が鳴る。
「そうだ」
パン、と凜花が笑顔で手を合わせた。
「駅前のファミレスが今、ケーキフェアで全品一〇%オフなんですよ。そこにしましょうか」
「ふむ、悪くない」
凜花の提案に、ミコは満足気に頷いた。
「あのさー、アタシからも提案があんだけどさー」
そんな二人を半目で見ながら、亜衣がやる気なさげに手を挙げる。
「これ、わざわざ教室で一旦集まってる意味あんの? 今度からもう、どっかの店に直行でよくない?」
『……おぉ!』
凜花とミコが、「その手があったか!」とばかりに手を打つ。
亜衣は半笑いとなった。
◆ ◆ ◆
というわけで所は変わって、駅前のファミリーレストランの店内である。
「第一二〇九六回! 悠人くんのここが好きだよ告白大会~!」
注文したメニューが一通り揃ったところで、突然そんなことを言って凜花は「わー! ドンドンパフパフー!」と口で続けた。
「あらモンブラン、美味しそうね。一口ちょうだいよ」
「ふっ……ならば当然、汝のショートケーキも一口貰うぞ? じゃが、交渉を持ちかけてきたのはそちらじゃ。そのイチゴまで貰ってしまうとしようかのぅ」
「いいわよ。アタシ、イチゴそんなに好きじゃないし」
「お、おぅ……ならばなぜイチゴのショートケーキを頼んだんじゃ汝……」
なお同席の二人は、斯様に凜花の話なぞ聞いちゃあいない。
「おっと、ガン無視ですか? イジメですか? 悠人くん、そういう陰湿な女の子は好みじゃないですよ?」
「アンタがいきなり頭沸いたようなこと言い出すからでしょうが」
仕方なく、といった風に亜衣は呆れた目を凜花に向けた。
「沸いたこと、とは失礼な。一二〇九五回の歴史を持つ由緒ある大会ですよ?」
「ちゅーか、次は第一二〇九七回のはずじゃが。一二〇九六回目は昨日やったじゃろ?」
「あれ、そうでしたっけ?」
「ほれ、議事録にも書いておる」
「あ、ホントですね」
「……ちょっと待って。アンタらマジで一万回以上もそんなことやって、その上に議事録まで残してんの……?」
何やらやたらと分厚い紙束を見て頷き合っている凜花とミコに、亜衣が胡乱げな目を向けた。
「ていうか、一万個以上も天条の好きなとこ挙がってるわけ……?」
亜衣の表情は、驚きを通り越して恐怖さえ宿し始めている。
「いえ、流石に定期的にループしますね。ちなみに今まで挙がった数でいうとトップ三は『優しい』が四九六七一回、『頑張ってる姿が格好いい』が四二八八八回、『笑顔が可愛い』が三八九二一回となってます」
「定期的にっていうか、一回の会で平均三回以上ループしてんじゃん……」
亜衣がやる気なさげに溜め息を吐く。
「その数をカウントしてる時間って世界一無駄だと思うんだけど、アンタら貴重な青春の時間をそんなのに費やしてることに疑問はないわけ?」
「なんてこと言うんですか、亜衣さん。女の子の青春にとって恋以上に優先されるべきことなんてないでしょう」
「いやまぁその意見自体は認めるに吝かでもないけど、その方向性が問題って話でね」
「つまり、大会の会場をインドネシアにすれば問題はないということじゃな?」
「どこをどうアクロバティックに解釈したらその結論に辿り着くのよ。つーかアンタはいい加減インドネシアから離れなさい」
「なんと。妾、もう二週間もインドネシアから離れて日本におるのじゃぞ?」
「そういう物理的な話じゃなくて」
そこまで言って、亜衣は疲れたように再び溜め息を吐いた。
「まぁアンタらが青春の時間をどう使おうとどうでもいいんだけどさ……アタシを巻き込むのはやめてもらえる? つーか、なんで急にこの場でそんなこと言い出したわけ?」
半目を凜花に向ける亜衣。
「いやー、なんだかんだで私達、今んとこ失敗に次ぐ失敗って感じじゃないですか」
「ま、そうじゃの」
「そうね……」
凜花の言葉に、ミコが淡々と、亜衣がげんなりと、それぞれ頷く。
「でまぁ、そうなってくるとやっぱりどうしてもテンション下がり気味になっちゃうわけで。なのでここらでいっちょ、悠人くんの好きなとこを今一度思い出して恋心とテンションを再燃させようってわけですよ」
「な、なるほど……そう言われると、一理あるような気がするわね……」
人差し指を立てて説明する凜花に、亜衣が今度は感心したように頷いた。
「相も変わらずチョロチョロしい奴じゃのぅ」
「亜衣さん、大丈夫です? 変な壺買ったりしてません?」
「そっちから言ってきといて何なのその言い草!?」
呆れた様子のミコに、心配げな凜花。
二人に対して亜衣が憤って吠えた。
「まぁまぁ、落ち着いてください」
「一応言っとくけど、アタシから落ち着きを奪ってるのは他ならぬアンタらだからね……?」
どうどう、となだめにかかってくる凜花を亜衣が半目で睨みつける。
「それでは早速亜衣さんから! 悠人くんの好きなとこ、どうぞ!」
「え? あ、アタシ?」
急に手の平で指され、亜衣は表情を一転させ焦った様子に。
「とりあえず十個、いってみましょうか! このくらい、本当に悠人くんのことが好きなら楽勝ですよね!」
「と、当然よ!」
戸惑い気味だった亜衣が、凜花に煽られてチョロチョロしく胸を張る。
「えーと、そうねぇ……」
思考を巡らせるように視線を宙に彷徨わせる亜衣の口元はやや緩んでおり、満更でもなさそうだ。
「まーやっぱ、『優しい』と『強い』は外せないかなー。あ、この『強さ』っていうのは単純な戦闘力だけじゃなくて精神的なとこも含めてね? そういう意味で、『なんだかんだで頼りになる』っていうのも一個かな。それから……『自分の間違いを素直に認められる』ところとか。あと、面倒くさがりに見えて『努力を厭わない』。何気に『包容力』もあるわよね。『動物好き』ってとこも個人的にはポイントかな」
ほとんど詰まることなく、亜衣はスラスラと挙げていく。
「それと、基本は鈍感だけど『ホントに見逃しちゃいけない部分に対しては妙な鋭さを見せる』とこ。あれで、結構『イジワル』なところもあるわよね。そうそう、アタシ的に外せないのは『女の子でも躊躇なくぶん殴る』……っと、これで十個かしら?」
指折り数えていた亜衣が、全部の指を折ったところで顔を上げた。
「なんか最後の方、悪口になっとらんかったか?」
ミコが軽く首をかしげる。
「い、いいじゃない。そういうとこも好きなんだから」
頬を赤く染めた亜衣が、プイと顔を背けた。
「まぁ亜衣さん、ちょっとMっ気ありますしね」
「あぁ……」
「ちょっと、風評被害の流布やめてくれる!? ミコもなんで納得した感じなのよ!?」
速攻で顔を正面に戻した亜衣が二人に叫ぶ。。
「じゃって汝、ユートに『これが気持ちいいんだろ!』とか罵られながら叩かれるの想像して捗ってそうじゃもん」
「どんなイメージよ!? そんなの想像したことなんて……! 想像……」
言葉の途中で、ふと亜衣は真顔となった。
「……確かに、悪くはないわね」
次いで小さくそう呟き、ブルリと身を震わせる。
その表情はどこか恍惚じみており、頬も先程より赤みを増していた。
『うわぁ……』
傍らの凜花とミコは、ドン引きの表情である。
「なんか妾、余計な扉を開けてしもうたみたいじゃの……」
「今まで開かなかったのが不思議なくらい蝶番ガバガバでしたけどね……」
二人、若干トリップ気味の亜衣を頬を引き攣らせながら見つめる。
「と、とにかく、です!」
「……ハッ」
仕切り直すように凜花がパンと手を打ち鳴らすと、亜衣の目に正気の色が戻った。
「それじゃあそろそろ、天条悠人攻略会議を始めましょう」
「え? ちょっと、好きなとこ告白大会は? まだアタシしか言ってなくない?」
キョトンとした表情で、亜衣が手を突き出し「待った」をかける。
「私とミコさんの分に関しては過去一二〇九六回で出揃っているので、詳細は議事録を御覧ください」
真顔でそう言って、凜花は亜衣に向けて深々と頭を下げた。
「なんか、急に事務的になってない……?」
亜衣が訝しげに首を傾ける。
「亜衣さんにおかれましてはますますご健勝のことと存じますが、何卒会議にご協力いただきたくお願い申し上げます」
「物凄い距離感を感じるんだけど!?」
「まぁ冗談はさておき、じゃ」
ミコがそう言うと、わざとらしく他人行儀っぽさを演出していた凜花の表情もフラットなものとなった。
なお、同時に亜衣は半笑いとなった。
「本題に戻すと……敵は、思うておったよりも強力なようじゃな」
しかしミコの言葉に、亜衣も表情を改める。
「確かに、まさか耳に直接声を届けてもダメとはね……」
「亜衣さんが骨伝導を提案した時は、これでいけると思ったんですけどねー」
三つ、重い溜め息が重なった。
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