第8話 如何なる覚醒を利用してでも思考を伝える②

「うーむ、あと考えられるとすれば……」


 眉根を寄せて、ミコはうんうんと唸る。

 亜衣は腕を組んで、凜花はこめかみに指を当てて、同じく考える仕草。


 しばらく、場を沈黙が支配する。


「……例えば」


 その沈黙を破ったのは、ミコ。


「直接、頭の中に声を届ける……というのはどうじゃ?」


「そんな方法があったら苦労は……」


 ミコの提案に、亜衣が苦笑を浮かべかけたところで。


「あっ!」


 凜花が、天啓を得たかの如き表情で声を上げた。


「あります! ありますよ、頭の中に直接声を届ける方法!」


「ほぅ?」


「え、マジで?」


 ミコが興味深げに片眉を上げ、亜衣が胡散臭そうに眉間に皺を寄せる。


「マジです! おーい、影丸さーん!」


 明るい表情で、凜花は何やら自分の足元に向けて呼びかけた。

 そこは何の変哲もないファミレスの床で、当然呼びかけに応じる者などない……かに、思われたが。


「きゃっ!?」


 床から生えてきたかのようにニュッと人頭が現れ、亜衣が驚きの悲鳴を上げた。

 声こそ出していないが、ミコも目を丸くしている。


 床からは引き続き人と思しきものがせり上がってきており、肩、胸、腰、足とニョキニョキ出てきて、ついにはその全身を現した。


 現れたその姿、一言で表すならば『忍者』である。


 というか、それ以外に表現のしようがなかった。


 全身を包むのは真っ黒な、いわゆる忍装束。

 頭部までもが黒い頭巾で覆われており、露出しているのは目のみだ。


 おかげで、男女の区別すら付かない。


「何、その人……ていうか、人よね……?」


 胡散臭げな目で、亜衣が現れた人(?)物を指す。


「あれ、ご紹介したことありませんでしたっけ? こちらは影丸さん、私の影に潜んでいる忍者さんです」


「影丸にござる」


 凜花が手の平で指すと、存外渋い男性の声で忍者……影丸は、小さく頭を下げた。


「ご紹介されたことはないけど……つーか影に潜んでるって、いつからよ?」


 どうやって、とは問わない辺りにこの手の状況への慣れが伺える。

 いきなりの出現に多少面食らいはしたようだが、既に亜衣にもミコにも動揺は残っていない。


「知り合ったのは【組織】と戦ってた頃なので、お二人にお会いした時にはもういらっしゃいましたよ?」


 何でもないことのように、凜花はそう言った。

 実際彼女の表情はフラットなもので、特に状況に対する疑問や不満は感じていない様子である。


「それってもしかして、今までずっといたってこと?」


 一方、疑問しかない様子で確認する亜衣。


「はい、私の影の中に」


「いやそれ、何のためによ……?」


 ますます訝しげな表情となった亜衣が横目で影丸を見る。


「拙者、姫を陰から守る忍ゆえ」


 影丸が、渋い声でそう答えた。


「あー、その……それって要は……」


 頭の中を整理しているのか、亜衣はこめかみに指を当てて眉を顰める。


「つまり、ストーカーってこと?」


「ストーカーではござらん」


 感情を感じさせない声で、影丸。


「おはようからおやすみまで、姫の生活を見守る忍にござる」


「いや、世間一般的にそれをまさにストーカーと呼ぶから。それが許されるの、黄色と緑のライオンだけだから」


「ならば拙者、獅子にもなろう」


「なんか格好いい風に言ってるけど、結局ストーカーよね?」


 今や、亜衣が影丸を見る目は完全に不審者に対するそれであった。


「ちゅーか、姫ってなんじゃ? リンカも、どこぞのプリンセスじゃったんか?」


 ミコが、別の観点で疑問の声を上げて首を傾げる。


「否。拙者、元は抜け忍の身でござってな。追っ手によって深い傷を負わされ、このまま薄汚く果てるのが抜け忍にはお似合いでござるか……などと覚悟を決めんとしていた折、姫に拾われ治療を施していただいたのでござるな。その時、拙者は姫を新たな君主と仰ぎ仕えると決めたのでござる」


 唯一露出している影丸の目が、どこか遠くを見るようなものになる。


「ちなみに拙者、里の頭領の息子なのでござるが。抜け忍になったのは敵対勢力に濡れ衣を着せられたことが原因でござって。しかし姫と悠人殿の尽力により今や敵対勢力も滅び、里とも和解済みでござる」


「ガンガン身の上話してくるわね、この忍……」


「忍ぶ気ゼロじゃな」


 滔々と語る影丸を見る二人の目は、生暖かい感じのものとなっていた。


「ちゅーか、日本の忍者ってホントにめっちゃござるござる言うんじゃな」


「むしろ、日本以外に忍者っているの……?」


「ちなみに、拙者のこの口調はキャラ作りでござる」


「それ自分で言っちゃうんだ……」


 弱めのツッコミを入れる亜衣の表情は半笑いである。


「さて、話は聞いてましたね影丸さん」


 話が一段落したとみたか、凜花がそう切り出した。


「無論。この影丸、姫のお言葉を一言たりとも聴き逃しはしないでござる」


「ありがとうございます」


 跪いた影丸に、凜花は満足げに頷く。


「つーかアンタ、ソレにおはようからおやすみまで見つめられてて平気なわけ……?」


 ソレ、と亜衣は汚物を見るような目で影丸を指した。


「基本、私は悠人くん以外の人間を路傍の石程度にしか認識してないので問題ないです」


 言ってから、凜花はハッとした表情に。


「あっあっ、でも、お二人のことは有益な生物くらいには思ってるので大丈夫ですよ?」


 そして、アタフタとそう付け加えた。


「本気でそれをフォローと思うておる辺りが、実に汝らしいの」


 はっはっ、とミコが鷹揚に笑う。


「有益な生物ってアンタ、それ家畜とかってことじゃない……? ……つまりは、雌豚? ……………………やだ、ちょっと天条に言われてみたいかも……?」


 はぁはぁ、と亜衣が何やら荒い息を吐き始めた。


「のう。コヤツ、なんか物凄い勢いで重篤化しとらんか……?」


「残念ながら、亜衣さんは私たちの手が届かないところに行ってしまったようです……」


 ミコが小声で話しかけると、凜花は悲しげな目となって首を横に振る。


「まぁ、冗談はともかくとして」


 かと思えばコロッと表情を改めた凜花に、「此奴マジで他人のことなぞどうでも良さげじゃな……」とミコが半笑いとなった。


「影丸さん、貴方の《異能ギフト》を見せてあげてください」


「御意」


 返答した影丸が、静かに目を閉じる。


【《同調ツーカー》!】


「おぉっ?」


 次いで影丸がカッと目を見開くと同時、ミコが感心したように片眉を上げた。


「確かに頭の中に、直接声が響いておるようじゃの」


【これが拙者の《異能ギフト》にござる】


 引き続き、ミコの頭の中にのみ影丸の声が響く。


【効力は、任意の相手の頭に直接声を届けること。有効距離は十メートル。制約は、対象を自らの視界に収めなければならないこと。つまり、暗所や障害物の多い場所とは相性が悪い《異能ギフト》でござるな。もっとも拙者は特殊な訓練を受けておるがゆえ、星明かり程度の光量があれば十メートル程度余裕で視認可能でござるが】


「ふむ、なるほど。しかし汝、なぜそんなにも自分に関して忍ぶ気ゼロなんじゃ……?」


【拙者、正直誠実がモットーでござるがゆえ】


「忍適性皆無じゃな」


 影丸の声は口から発せられているわけではないため、傍から見ればミコの独り言にしか見えない会話である。


「これで、悠人くんの頭に直接言葉を届ければ完璧です!」


「あれ? でもさ」


 と、いつの間にか正気に戻っていたらしい亜衣が疑問の声を上げた。


「アンタらの《異能ギフト》って、天条には効かないんじゃなかったっけ? あの、《無能ゼロ》だっけ? それで無効化されるって言ってなかった?」


「ふっふっふっ、亜衣さん」


 亜衣の言葉を受けて、凜花は自信ありげな笑みを浮かべる。


「…………………………完っ全に、忘れてました」


 かと思えば、絶望の表情で膝から崩れ落ちた。

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