第9話 如何なる覚醒を利用してでも思考を伝える③

「くっ……私に出来るのは、ここまでです……」


 ファミレスの床に膝を付いたまま、凜花は悔しげに拳を握る。


「能力無効能力の存在を忘れるとか、ドップリと能力バトルやってたとは思えないくらい初歩的なとこで躓いたわね……つーか『ここまで』ってアンタ、今んとこただ自分のストーカーを紹介しただけよね?」


 亜衣が半目で凜花を見下ろした。

 ミコは、「やれやれ」と肩をすくめている。


 そんな一同を見回し、影丸はゆっくりと目を閉じた。


「……ご安心召されよ、姫」


 再度目を開けると共に、影丸は穏やかな声色で言う。


「姫の想い、拙者が必ずや悠人殿に届けてみせるでござる」


 その声と目には、ほんの少し悲しみや寂しさのようなものが感じられて。


「ねぇねぇ」


 小声で話しかけると共に、亜衣がミコの肩をツンツンと突つく。


「もしかしてあの忍者って、空井のこと……」


「ふむ、そのようじゃのぅ」


 二人の視線の先では「ホントですか!? ありがとうございます!」と嬉しげな凜花に手を握られ、実に複雑そうな感情を目に宿している影丸がいる。


「ふふ……空井も隅に置けないっていうか。全然気付いてなさそうだし、意外と鈍いわねー」


「いや、リンカも汝とユートにだけは言われとうないと思うがの……ちゅーか汝ら、人のことに関しては割かし鋭いんじゃのぅ……」


 ニヤニヤ笑う亜衣に対して、ミコは苦笑気味にそう言った。


「? どういうことよ?」


「そういうとこじゃ、と言うておるのじゃよ」


 頭の上に疑問符を浮かべる亜衣に、ミコの苦笑が深まる。


「それで影丸さん、どうするおつもりなんです?」


 そんな凜花の問いかけに、亜衣とミコの意識もそちらへ戻った。


「拙者の《忍術》を使うでござる」


 そう言って、影丸は力強く頷く。


「《忍術》って、狼煙とか変装とかそういうやつ……?」


「いや、そういうリアル系ではなくチャクラとか練るタイプのやつじゃろたぶん」


 首を捻る亜衣に、横合いからミコが口を挟んだ。


「そもそも、さっき影から出てきおったしな」


「あぁ、なるほど確かにね。あれが《異能ギフト》によるものじゃないなら、別体系の力も持ってるってことか。それが《忍術》なわけね」


「猛スピードの理解力に感謝でござる」


 《異能ギフト》に始まり《魔法》やら《超科学》やらに散々関わってきた亜衣たちにとっては、《忍術》で超常現象を起こす程度はむしろ常識的な部類である。


「その名も、《以心伝心の術》! 有効距離二五メートルに加え、相手の位置さえ把握していれば視認していなくとも使用可能! 更に多人数にも対応という優れものでござる!」


 自信満々に、影丸が胸を張った。


「ふむ、それを用いれば先の《同調ツーカー》とやらと同じ事を代替可能ということじゃな。《異能ギフト》が効かぬユートに対しても、《忍術》であれば有効であると」


「あれ? でもさ」


 納得の表情で頷くミコの傍ら、再び亜衣が疑問の声を発する。


「アンタらの《異能ギフト》って、確か一人一つなのよね?」


「えぇ。《強欲マルチ》とか《嫉妬シーフ》とか、結果的に複数の能力を持つ人もいるにはいますけど、基本は一人に発現する《異能ギフト》は一つだけです」


「て、ことはさ」


 亜衣は顎に指を当て、何気ない調子で。


「《忍術》で代替出来るって言えば聞こえはいいけど、それって一つしかない《異能ギフト》が実質死に能力になってるってことよね?」


「おぐっ」


 何やら、影丸がダメージを受けたかのような声を上げた。


「ちゅーか聞く限り、《同調ツーカー》の方は完全に《以心伝心の術》の下位互換じゃの」


「ほぐっ」


 ミコの追撃に、更に影丸から呻き声。


「……つ、《同調ツーカー》の方が量感豊かでマイルドな声を届けられるでござるから……」


 ようやく返ってきたその声は震え気味であった。


「なんかピュアオーディオマニアみたいなこと言い出したわね……」


「ここはそっとしておいてやるのが優しさというものじゃろう」


 失笑する亜衣の腕に、ミコが悟ったような表情でそっと手を触れた。


「と、とにかく! これが、拙者が幼少の頃より十五年かけて会得した《忍術》……!」


 素早く手を動かし、影丸は複雑な印を結ぶ。


【《以心伝心の術》でござる!】


 凜花、亜衣、ミコの頭の中にそんな声が響いた。


『おぉ~』


 パチパチパチと三者から拍手を送られ、影丸はどことなく得意気な様子である。


「ふぅ……膨大なチャクラを消費するこの術、二秒以上の声を届けられるのは忍界広しといえど拙者くらいしかおらんでござろう」


 今度は肉声で、影丸。


「忍界って、広いんかいの?」


 ミコが明後日の方向への疑問に首を傾げる。


「むしろ、狭いイメージだけど……って、ん? なんか、今の感じ……」


 言葉の途中で、亜衣が何かに気付いたような表情となった。


「えー、っと……」


 探るように、亜衣は首を傾けたり手を動かしたりと試行錯誤の様子を見せる。


「こう、かな?】


 躊躇い気味に、亜衣が人差し指をこめかみに当てた瞬間。


【どう? 聞こえてる?】


『おぉっ!?』


「………………はぁ!?」


 凜花とミコの感心の声、少し遅れて影丸の驚愕の声が上がった。


「凄い、亜衣さんの声が頭の中に響いてます!」


「しかもこれ、映像付きじゃな」


「うん。さっき頭ん中に声が入ってきた感覚を元にして……アタシの頭ん中の映像と声を《ゲート》に放り込んでアンタらの頭に繋ぐイメージでやってみたら、なんか出来た」


 何でもないことのように、亜衣は軽く言う。


「ほぅ、ついに物質以外も転送出来るようになったか。更なる覚醒を遂げよったな」


「正確にはたぶん電気信号の転送って感じだから、結局物質転送の域は出てないと思うけどね」


「それでもそれを感覚でやっちゃう辺り、亜衣さんってやっぱり天才タイプですよねー」


 感心しきりのミコと凜花に対して、亜衣は特段得意げでもないフラットな表情だ。


 そんな少女三人の傍ら。


「……え、ちょ」


 先程から固まっていた影丸が、再起動し始めた。


「いやこれ、拙者の十五年に及ぶ修行の意味は!? それどころか《異能ギフト》まで全否定なんですけど!? ていうか、なんでこんなピンチでもなんでもない場面で能力覚醒してんの!? ……あ、でござる!?」


 驚きのあまり、若干キャラ崩壊している様子である。


 なお、少女三人はそんな影丸の存在にはあまり関心を抱いていない模様。


「……ただこれ、なんで汝がユートにスパンキングされておる映像なんじゃ?」


「し、仕方ないじゃない。咄嗟に思い浮かんだのがそれだったんだから」


 照れを隠すように、亜衣は少し頬の赤くなった顔をプイと逸らした。


「咄嗟に出たのがこれだからこそヤバいと思うんじゃが……」


 ミコ、ドン引きの表情である。


「あとこれ、いつまで続くんです……? さっきからずっと、あまり見たくない類の映像が頭の中で流れっぱなんですけど……」


「あー、一時間分くらいは想像しちゃってたかも」


 やや気まずげに、顔を逸らしたまま亜衣は頭を掻いた。


「咄嗟に浮かんだのに一時間分もあるんですか!? どんな想像力ですか!」


「ちゅーか、頭ん中でアイが凄い格好になり始めとるんじゃが……」


「ちょ、ちょっと見ないでよ変態!」


「強制的に見せておいてその言い草! というか見ない方法があるならこっちが教えて欲しいくらいなんですけど!? 目を瞑ってもずっと頭の中に映像流れますし!」


「まぁ、その辺は今後の課題ということで……」


 はは、と誤魔化すように亜衣が笑う。


 もちろんその間にも凜花たちの頭の中には亜衣のスパンキング映像が流れ続けているため、何一つ誤魔化せてはいなかったが。


「と、ともかくこれで悠人くんの頭に直接想いを届けることが出来そうですね」


 気を取り直したらしい凜花(頭の中では亜衣のスパンキング映像がリフレイン)の言葉に、ミコ(頭の中では亜衣のスパンキング映像がリフレイン)と亜衣(スパンキングされていない方)が力強く頷く。


「あの、拙者は……」


 影丸(頭の中では亜衣のスパンキング映像がリフレイン)が、不安げに自分を指した。


「どうも、お疲れ様でした。本日はご足労いただき、ありがとうございます」


「あ、はい……」


 凜花にニッコリと笑みを向けられた影丸は、肩を落として凜花の影の中へと戻っていく。


 その背中には実に哀愁が漂っていたが、告白へと想いを馳せる恋する乙女三人の目にはやっぱりあまり映っていない様子であった。

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