天条悠人の平凡な日常④
俺の名は
放課後現在、
教室では出来ない類の話だろうか?
……となると、また厄介事か。
まったく、ようやく鼓膜も復活して今日退院したばっかりだってのに。
にしても、クラスメイトなんだから一緒に行けばいいんじゃ……?
と思い至ったのは、既に顔を真っ赤にした出雲が走り去った後だった。
しかし出雲、結構な頻度で顔が赤い気がするんだが……風邪を引きやすい病弱体質だったりするんだろうか?
だとすれば、ただでさえ厄介な体質を抱えてるってのに大変だな。
厄介な体質……そう、出雲は《旅人》という体質を有している。
周囲の空間に干渉してしまうその特殊体質のせいで、出雲はかつて異世界へと『落ちた』。
たまたまその現場に遭遇した俺たち――当時は今ほど俺の《
その辺りの事は詳しく語ると単行本一冊くらいにはなるだろうから詳細は省くけど……それが出雲との親交が始まるきっかけになったんだから、必ずしも悪いことばっかりでもないよな。
なにせ、当時はクラスメイトではあっても話したことさえなかったんだから。
……あれ?
そういえば、その頃の出雲は頻繁に顔を赤くしたりはしていなかったような……?
もしかして、《旅人》の覚醒と関係があるんだろうか……?
などと当時の出雲の様子を思い出しているうちに、校舎裏へと到着する。
「よく来たわね、天条」
既にそこには出雲が待ち受けていた。
自信に満ちた表情で、腕を組んで胸を張っている。
出雲より一歩分くらい後ろには、
最近よく見る気がするな、この組み合わせ。
仲が良いようで何よりだ。
「わざわざこんなとこに呼び出して、どうしたんだ?」
問いかけると、出雲はフッと小さく笑った。
その顔は、やはり随分と赤いように見える。
「いい、天条? よく聞きなさい。アタシは――」
その時。
強い突風が吹き。
どこからともなく飛来した野球のボールが校舎の窓を割り。
空手部がでかい掛け声と共にランニングしてきて。
放送部が操作をミスったのか校内放送のスピーカーから大音量で音楽が流れだし。
それらの騒音が、出雲の声を掻き消した。
……かに、思われたが。
【ふんっ! 今更こんな障害如きで怯んだりしないわよ!】
出雲の言葉が、ハッキリと聞こえた。
耳に直接届く《ウィスパー》よりも、更にクリア。
まるで、脳内に直接声が入ってきたかのようだ。
次いで、頭の中に突如映像が浮かぶ。
「な、なにっ!?」
それに対して、思わず驚きの声を上げてしまった。
なぜなら……。
「どうして突然、ピンク色のカバが逆立ちでボールに載って後ろ足でジャグリングしている映像が頭の中に……!?」
浮かんだのが、そんな光景だったからだ。
「おいこりゃアイ。汝、何を見せとるんじゃ」
「いや、アタシそんなの送ってないわよ!?」
耳にはミコと出雲の声が届いている。
しかし今や、彼女らの姿を視認することが出来なくなっていた。
目に映るのは真っ白な景色と、それを背景にしたピンク色のカバだけだ。
まるで、視界をジャックされたかのような……いや。
これは、恐らくジャック『されている』!
「くっ……ピンク色のカバが二匹に増えて、もう一匹のカバに向けて弾き語りで応援歌を歌い始めただと……!?」
「なにそれちょっと面白そうなんだけど! ていうか、そんな発想アタシには出来ないわよ!?」
「……どうやらこれは、亜衣さんの送ったイメージが何者かによって上書きされているようですね」
凜花の冷静な、しかし焦りを含んでもいる声が聞こえる。
「チッ……覚醒したばっかの力だから、出力の上げ方がイマイチわかんないわね……下手に上げすぎると天条の脳が焼き切れるかも……まぁ別にそれはいい気もするけど……」
「というか、亜衣さんのそれが電気信号の転送であるという前提に基づくと……どれだけ出力を上げようと、物理現象じゃ能力による攻撃には上書きされる可能性が高いですね。悠人くんに効いてるとなると《
なるほどそういうことか、と凜花の言葉に今の状況を得心する。
しかし、幻想魔法か……嫌でも、思い出したくない奴の顔を思い出すな……。
「幻想魔法……まさか……」
俺と同じ考えに至ったのであろう、出雲の声も固い。
そして。
「ふははは! 天条悠人よ! 一生我輩の幻覚の世界に囚われるが良いわ!」
耳に、聞き覚えのある男の声が届く。
「アンタ……ミラージュ! まだしつこく生きてたの!?」
果たして出雲から発せられた言葉は、俺の予想が正解であったことを告げていた。
ミラージュ・コラーシュ。
かつて出雲を拐った邪神教団の幹部だった男だ。
【ウィズヘイム】でもトップクラスの幻想魔法の使い手であり、同時にトップクラスの目立ちたがり屋でもある。
幻術という隠密行動と相性が高い能力を有していながら、やたら前に出たがる性格なのだ。
しかし、その欠点を補って余りあるほどの戦闘センスを持っていた。
ついでに言うと、奴が見せる幻の悪趣味さにも定評がある。
その辺りが、あまり思い出したくない理由だ。
なるほど言われて見れば、この映像も実にアイツらしいチョイスと言えるか……。
しかし、奴は幻術返しを食らったことで自分が作った幻想の中に囚われ続けているはずじゃなかったのか……?
「ふははは! 生け贄の少女よ! この私が幻術返し如きでくたばるわけがなかろう!」
「その割には、今更になって出てくるなんて……随分抜けるのに手こずった様子だけど?」
出雲の口調は、露骨に相手を挑発するようなものだ。
相手の感情を揺さぶるのは、精神力がモロに能力と直結する幻術使いを相手にするに当たっての基本戦術とも言える。
だが……。
「ふははは! 生け贄の少女よ! それは、吾輩が更なる高みに達するための準備期間に過ぎなかったのだよ!」
自分大好き自信過剰なこの男には、やはり効き目が薄い!
「つーか、アタシはもう生け贄じゃないっての! アンタらの信仰してた邪神も倒しちゃったもんね! ざまぁみなさい!」
「ふははは! では、生け贄だった少女と呼ぼうか! して、生け贄だった少女よ! 元より、吾輩は邪神なぞ自らの力を高める糧としか思っておらぬ! そして……我輩は、ついにそれを手に入れたのだ!」
直後、ミラージュの気配が変わった。
見えてなくともわかる、この邪悪な気配は……。
「アンタ……まさか、邪神の因子を取り込んだっての!?」
出雲も、俺と同じ考えに行き着いたようだ。
「ふははは! その通」
言葉の途中で、ミラージュの声が途切れ。
「まぁ、邪神を取り込もうがお尻から出そうが何でもいいんですけど」
入れ替わりに、凜花の冷静な声が響いた。
「邪魔なので、馬に蹴られる幻想の中にでもいてください」
いや、その声は冷静を通り越して冷徹と称するべき温度だ。
「今度こそ、一生その中にいてもらっていいですよ?」
本来優しい凜花だが、敵に対しては容赦無い一面もある。
そんな時の凜花は、普段の彼女からは信じられないような冷徹な表情を見せるのだ。
今も、きっとそんな表情をしているはずだ。
恐らくは本来の優しさを、全て内側に押し込めているがゆえの表情なのだろう。
「……アンタ、ホント躊躇なく不意打ちするわよね」
「何か一片でも躊躇する理由が?」
「マジ汝、ナチュラルボーンキラーなとこあるよの」
くっ……だめだ!
幻覚が強くなってきて、妙な声まで聞こえ始めたようだ……!
というか、これは……!
「ぐあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」
カバが! ピンクのカバが蹴ってきた!?
「ぐあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」
蹄で器用に握ったナイフまで使って!?
「あれ? なんか天条、全身から血ぃ吹き出し始めたけど」
「あー、これ幻覚のフィードバックが起こっちゃってますねー」
どうやら、現実の俺の身体にもダメージが通っているらしい。
凜花の《
あまりにリアルが幻覚は、現実にまで影響を及ぼすのだ。
「というか、私の見せた幻覚がミラージュさん経由で悠人くんまで流れちゃってる感じですか……? まぁどうせ悠人くんは無事でしょうし、このまま悠人くんごと精神磨り潰しちゃってもいいんですけど……それじゃこれまでと同じパターンで、また有耶無耶になっちゃいそうですしね……仕方ありませんか」
「――りである! ……む!? まさか、この我輩が幻覚に囚われておったのか……!?」
凜花が《
同時に、俺を蹴っていたカバたちも大人しくジャグリングと応援歌の演奏に戻った。
もっとも、身体に負ったダメージまでが戻るわけじゃないが……。
「すまない凜花、俺のせいで!」
「いえまぁ……というか、どちらかといえば私たちの都合ですので……」
凜花の声は、どこか力ない。
くっ……俺が足を引っ張っちまうなんて、情けない!
「ま、ならば幻覚などとまどろっこしい事を言わず物理的に仕留めれば良い話じゃな」
そう告げるミコの声は、微塵も揺るがない自信を伴って聞こえてくる。
「《ユニヴァース》、副砲のみ顕現! 発……」
「待ってミコ!」
出雲の制止に、顕現した《ユニヴァース》の副砲は発射直前で動きを止めたようだ。
「今見えてるアイツの姿は幻覚よ! 目立ちたがりのくせに、本人が出てこないなんて知恵を付けたじゃない!」
「チッ……吾輩の幻覚は解けていないはず! なぜわかった!?」
「《空間掌握》……幻覚なんて関係無しに実体の位置を把握出来る力よ。アタシだって、あの頃のままじゃないってね」
くっ……だんだん、意識が朦朧としてきやがった……。
「ミコ! 方位右に3度修正! 距離二〇〇メートルよ!」
「承知じゃ! 《ユニヴァース》! 副砲発射ぁ!」
ダメだ……まともに立っていられず、よろけてしまう。
「あぁっ! ユート、なにゆえわざわざ射線上に躍り出る!?」
「ぐあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」
全身が焼けるように熱い!
これも、幻覚……なのか……?
「チッ、間で天条がフラフラしてると邪魔ね……けど、なら上から行くまで! 《ゲート》オープン!」
朦朧とする頭に、出雲の声が僅かに届く。
みんな、戦ってくれているんだ……!
ならせめて、邪魔にならないようにしないと……おっと、何かにぶつかったか……?
「天条、なんでわざわざそいつを突き飛ばして位置を入れ替えるの!? あっ! 《ゲート》で運んできた大岩が天条に!?」
「ぐあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」
今度は、凄まじい圧迫感に全身が襲われる!
「くっ……ふ、はは……」
しかし、俺は口元に笑みを浮かべた。
全身、余すこと無く痛い。
まるで《ユニヴァース》の副砲を食らった上に、大岩に押し潰されたかのようだ。
だけど……へっ、この程度の痛みは慣れっこだぜ!
「なかなかやってくれるじゃねぇか……流石だな、ミラージュ……」
「いや吾輩、今んとこ貴様にダメージ与えるようなこと一個もやっとらんのだが……」
ミラージュの声が何やらドン引きしているように聞こえる気がするが、恐らく幻覚とダメージによって耳がおかしくなっているせいだろう。
「今度はこっちの番だぜ!」
俺の身体よ、こんなくらいでヘバるほどヤワじゃねぇよな!?
気張っていくぜ!
「オォォォォバァァァァァァァァァァァァァァ! ドラァァァァァァァァァァァァァイブ!」
《
「《
覚醒した俺の《
俺が受けた全てのダメージを、倍にした上でお返しするぜ!
「うぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ! いくぜぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます