第10話 如何なる障害を回避してでも文字を見せる①

「これより、天条悠人攻略会議を始めます」


 分厚い暗幕で日の光が遮られた薄暗い教室……ではなく、駅前の喫茶店。

 店内最奥のテーブルで、その言葉は静かに告げられた。


 テーブルに着いているのは、三人の少女だ。


「……………………」


 半ば椅子からずり落ちるような形でだらしなく背もたれに体重を預け、天井を仰いでいる出雲亜衣。


「……………………」


 テーブルに肘を付き、組んだ手の上に額を載せた状態で俯いているミコ・プリンセス・ユニヴァース。


「ちょっとちょっと~。どうしたんですかお二人共~?」


 そして、明るいながらもどこか白々しさを感じさせる声で二人に呼びかける空井凜花である。


 テーブルの雰囲気は、端的に言って暗い。

 大きな窓から十分に取り込まれているはずの太陽光が、そのテーブルにだけ届いていないかのようだ。


 擬音を当てはめるならば、『ず~ん』あるいは『どよ~ん』といったところだろう。


「テンション上げていきましょうよ、ミコさん!」


 凜花に囃し立てられ、ミコがのろのろと顔を上げた。


「亜衣さんも! ほいっ! 亜衣さん、ほいっ!」


 場を盛り上げるように凜花が手を叩くと、亜衣もこれまたのろのろと顔を正面に向ける。


 ようやく、三者の視線が交錯する。

 彼女らの目は、例外なく死んだ魚のようであった。


 亜衣とミコだけでなく、凜花もまた。


 死んだ魚のような目のまま笑みを浮かべて明るい声を上げている光景は、なかなかに薄ら寒いものがある。

 隣に座っていたカップルが半分以上残っていた飲み物を無理矢理飲み干し、頬を引き攣らせてレジへと向かっていった。


「もう。お二人共、昨日悠人くんに攻撃加えちゃったことを気にしてるんですか?」


 凜花(ハイライトオフ)が首を傾ける。


「いや、そんなもんはよくあることじゃから別に気にしとらんが……」


 ミコ(ハイライトオフ)が、仮にも想い人に関するものとは思えないコメントを返した。


「大体、昨日の今日でもう天条の傷半分治ってるって話だしね」


 亜衣(ハイライトオフ)の補足。


「そんなことより……脳内に直接声を届けてさえ無理だったっていうのは、なかなかにね……」


 少女たちが暗い理由は、亜衣のその言葉に集約される。

 彼女らの脳裏には現在、等しく同じ言葉が浮かんでいた。


 すなわち、『無理ゲー』。


 天条悠人に想いを伝えることは不可能なのではなかろうか、という気持ちがこの『ず~ん』で『どよ~ん』とした空気を作り出しているのである。


 それでも、気力を振り絞り彼女たちは思案する。


「じゃが、考えてみれば……幻覚やら思考操作系の能力者なぞ、そうおるわけでもあるまい。片っ端から始末していけば、そのうち邪魔が入らなくなるのではないかえ?」


「地球人類を全滅でもさせない限り、新たな能力者が出てくるだけな気がしますね……」


「仮に地球人類を全滅させたところで、地球外から邪魔が入る未来しか見えないわ……」


「ふむ。つまりは、宇宙全域の生命体を滅ぼす方向っちゅーことじゃろうか」


 思考が完全に袋小路に迷い込んでいることもあり、物騒すぎる案が少女たちの間で真剣に検討されていた。


「亜衣さんの《空間掌握》で、全宇宙の生命体の位置探知とか出来ません?」


「無茶言わないでよ。隈なく探すレベルなら、せいぜい太陽系圏内が限度ね。大体、仮に探知出来たところでそんな広域を同時攻撃する手段なんてあんの?」


「《ユニヴァース》の主砲でも、頑張って銀河数個消滅させられるかってところじゃしのぅ」


「……というかよく考えれば、仮にこの宇宙の生命体を滅ぼせたとして異次元やら平行世界やらもありますよね?」


「ふーむ、全ての生命体を根絶やしにするとはかくも難関か」


 駅前の何の変哲もない喫茶店で、女子高生三人がラスボスの如き会話を繰り広げる。


「でも、悠人くんに声を届けるためですからね!」


 改めて気合いを入れるかのように、凜花がグッと拳を握った。


 ただし、目のハイライトは消えたままである。


「声……声、ねぇ……」


 フッ、と亜衣が小さく口元に笑みを浮かべた。


「声が届かないなら、文字にしたら届くかも……なんてね」


 亜衣の言葉は、明らかに冗談を口にした調子である。


 だが、しかし。


「それです!」


「それじゃ!」


 凜花とミコの目に光が戻り、二人は亜衣に向かって身体を乗り出した。


「で、でたー。当然すぐ思いつく方法を考えてもなかったやつー」


 亜衣がぞんざいな口調でそんな事を口にする。


「よし、それじゃあ早速私たちの気持ちを文字にして悠人くんに渡しましょう!」


「ラブレターというわけじゃな、よかろう!」


 亜衣のツッコミはスルーで、目に炎を宿して盛り上がる凜花とミコの傍ら。


「つーか、なんかもうオチが見えてる気がするわ……」


 亜衣の目は、結局死んだ魚のようなそれのままであった。

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