第18話 如何なる偶然を享受してでも、天条悠人の平凡な日常を……
その光景を見ているのは、三人の少女だ。
「終わりましたね……」
半笑いの空井凜花。
「終わったわね……」
半笑いの出雲亜衣。
「終わったのぅ……」
そして、半笑いのミコ・プリンセス・ユニヴァースである。
亜衣の創り出した空間は役目を終え、一同は元の地下世界に戻っていた。
凜花の巨大な虚像も、ミコが顕現させていた《ユニヴァース》も既に消え去っている。
辺りは、眩い光に包まれていた。
天井悠人の拳を受けた大魔神が、消滅する際に放った光だ。
その幻想的な光景に、ここまでに起こった怒涛の展開に、地下空間にいるほとんどの人々は放心してただただ宙を眺めている様子だった。
ゆえに、その傍らでそっと。
少女を抱えて地面へと降り立つ矮小な少年の存在を、気に留める者などいようはずもない。
そう。
凜花たち、三人と。
折良く──それが誰にとってかはともかく──先程、悠人が来た辺りで目を覚ましていた少女以外は。
ぼぅっとした様子で悠人の顔を見つめるテラコ・ブルースカイの表情は、端的に言って。
「雌の顔ですね……」
「雌の顔ね……」
「雌の顔じゃな……」
完全に雌の顔であった。
「やっぱり、結局こういうオチですか……」
「まぁ正直、わかってたわよねこの展開……」
「ユートじゃしな……」
三人の顔に浮かぶのはもはや悔しさですらなく、諦観と徒労感のみである。
「あれ……? 気が抜けたら、なんか……」
そんな言葉を発しながら、凜花の身体がフラつき始める。
「リンカ?」
「ちょっとアンタ、大丈夫?」
凜花の視界の中で、心配げなミコと亜衣の顔がぼやけていき。
彼女の意識は、ゆっくりとフェードアウトしていった。
◆ ◆ ◆
恐らくは、夢の中で。
凜花は、誰かに抱き留められた。
それはとても暖かくて、力強くて、安心出来て。
力が溢れてくるようで。
今なら、どんな言葉だって届きそうな気がした。
だって、これは夢なのだから。
だから。
◆ ◆ ◆
◆ ◆ ◆
俺の名は
とにもかくにも、どうにか化け物を消滅させることには成功したようで。
解放された女の子を抱き留め、地面に降り立つ。
「君、大丈夫? 立てる?」
「あっ、ふぁ……? ほぁ!? だ、だ、だだだだだだだだ大丈夫でしゅ!」
腕の中に問いかけると、ポーッとしていた女の子はハッと我に返った様子で捲し立てた。
やけに顔が赤いことが、元の肌が白いだけによくわかる。
もしかして、化け物に取り込まれていた影響でも残っているのだろうか……?
「じゃあ、降ろすな?」
ともあれ、当人が大丈夫と言っているのでまずはそっと腕から降ろす。
「ど、どうもです……」
女の子は、意外としっかりとした足取りで地面を踏みしめた。
「ふぅ、終わったな……っ! ってて……」
全身に大火傷を負っているのを忘れて背伸びしてしまい、走った痛みに顔をしかめる。
「だ、大丈夫です!?」
「ん、へーきへーき。いつものことさ」
心配げな女の子に笑みを向けると、女の子の顔がますます赤くなった。
やはり体調が悪いのだろう。
この後、医療に詳しい仲間に診てもらうとしよう。
ま、何が起こってたのかは結局よくわかってないけど……元凶っぽい化け物は倒せたようだし。
これで、しばらくはゆっくり出来るだろう。
俺も、本当の意味でどこにでもいる平凡な高校生に戻ることが出来るってもんだ。
これも、
「リンカ?」
「ちょっとアンタ、大丈夫?」
すると、今にも倒れそうな凜花の姿が目に飛び込んできた。
「凜花!」
慌てて駆け寄り、倒れる凜花の身体をギリギリで受け止めることに成功する。
「凜花さん!? 大丈夫です!?」
俺の後ろを駆けてきた少女も、焦りと共に呼びかる……と。
「すぅ……すぅ……」
返ってきたのは、規則正しい寝息だった。
「ふむ、疲れて眠っとるだけのようじゃのう。大技の後じゃしな」
そう告げるミコは、どこかホッとしたような表情だ。
「最近、寝不足気味だったしねー」
同じくホッとした様子で、
「良かったですぅ……」
少女も、胸を撫で下ろしている。
出雲とミコが当たり前に受け入れてる辺り、俺の知らないところで交流があったんだろうか?
さっきの状況から考えても、何かしらの困難に直面してたこの子を凜花たちが助けてた……って、ところかな?
……それはそうと、凜花が寝不足?
何か悩みでもあるんだろうか?
だったら、相談してくれればいいのに。
まぁ、未だに凜花は一人で抱え込みがちところが直りきってはいないからな……。
きっと、無理矢理聞き出そうとしても無駄だろう。
せめて今度、遊びにでも誘ってストレス発散に付き合うとするか。
「んぅ……」
今後の予定について脳内で確認していると、俺の腕の中で凜花が身じろぎした。
次いで、ゆっくりとその目が開いていく。
「凜花、気が付いたか?」
「んぅ……?」
問いかけてみるが、ほとんど閉じかけの目は明らかに寝ぼけ眼だ。
「ゆうとくん……?」
「あぁ、俺だ。凜花のおかげで、今回も無事に切り抜けられた。ありがとう」
そんなことを語りかけるも、果たして聞いているのかいないのか。
「ゆうとくんだぁ……」
凜花は、ニッコリと微笑んだ。
それはまるで母親に抱かれた赤ん坊のような、無垢で無防備な笑顔で。
思わず、胸が高鳴った。
「ゆうとくぅん……」
甘えるような声色と共に、凜花の唇が動き。
「好きぃ……」
そんな言葉を紡ぐものだから。
俺の胸は、先程以上に高鳴ってしまった。
「すぅ……すぅ……」
ただの寝言だったのか、それっきり凜花はまた規則正しい寝息を立て始めた。
妙にドギマギしてしまった俺は、逃げ場を探すように視線を上げる。
その先で目が合った、出雲とミコ。
二人は何やら珍妙なものを目にしたかのような、何とも言えない表情をしていた。
◆ ◆ ◆
しかし、好き……か。
ひょっとして凜花の奴、好きな奴でも出来たのかな?
だとすれば、それはなんだかちょっと……。
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