天条悠人の平凡な日常⑥

 俺の名は天条てんじょう悠人ゆうと、どこにでもいる平凡な高校生だ。


 もっとも……流石にちょっと、この状況は平凡とは言えないかもしれないな。


 なにせ俺の目の前には、今まさに生み出された禍々しい巨体が鎮座しているんだから。


 やれやれ……凜花りんかたちが最近何かコソコソやってると思って探ってみたら、案の定か。

 危なっかしい俺の事を気遣ってくれたんだろうが……黙ってるなんて、水臭いぜ。


「ダメです、悠人くん! 来ないでください!」


 凜花の、悲痛な叫びが耳を打った。


「俺なら大丈夫だ! 心配するな、凜花!」


 笑って親指を立て、凜花へと向ける。


「そういうことじゃなくてですね! 引っ込んでてほしいっていうか……!」


「あとは任せろ!」


 引き続き何か叫んでいる凜花の声を置き去りに、俺は駈け出した。


 差し当たっての目標は、巨大な化物の額辺り。

 上半身だけ露出する形でぐったりと力なく項垂れている、やけに白い印象の女の子だ。


 どこの誰かは知らない。

 事情もわからない。


 だが……放っておけない事態ということだけはわかる。

 それだけは、直感的にわかる。


 だったら、俺のやることは一つだ!


「はっ、デカブツすぎるってのも考えもんだな!」


 バカでかい化物の身体は、足場として上々。

 ジャンプして飛び付き、駆け上がる。


「くっ、こうなったらイチかバチか……全力で悠人くんのサポートに回りましょう!」


「まぁ、別に構わないけど……」


「それ、もう意味あるんかえ……?」


「わかりません! けど……せめて、悠人くんの印象を少しは薄めてみせます!」


「……ま、確かに諦めるなんてウチららしくないか……いいわ、やったろうじゃない!」


「ふっ、そうじゃな!」


 背後から、そんな凜花たちの力強い声が届く。


 まったく、任せとけって言ってるのに……。

 まぁ、そこで人任せにしておけないからこそのあいつらか。


 こっちも、ますますやる気が出るってもんだぜ!


【五月蝿い羽虫がおるようじゃなぁ】


 と、俺の目の前で化け物が大きく腕を振り上げた。


 どうやら自分に取り付いた邪魔な虫を叩き潰そうって算段らしい。

 同時に身体を激しく揺らし始めやがったため、走りにくいったらない。


「オォォォォォバァァァァァァァァァァァァァァ! ドラァァァァァァァァァァァイブ!」


 しかしそんな凜花の声が響いた瞬間、今にも振り下ろさんとされていた化物の腕が止まった。

 止められた。


 化物の腕を掴む、大きな手によって。


「《幻想ライアー》! 《現実逃避リアリスト》へと至ってください!」


【ぬ……!? なんだ、これは……!?】


 手だけじゃない。


 化物を押さえ込む……いや、優しく包み込むように。

 化物より更に大きな姿が、化物の背後に生まれていた。


 それだけの大きさにも関わらず、威圧感や圧迫感はまるでない。

 むしろそれは、見る者にホッとした気持ちすら抱かせた。


 どこか凜花に似た顔立ちで微笑む彼女は神々しく、きらびやかなローブに身を包んでいる。

 その姿は、『女神』という言葉を自然と想起させた。


 これが、凜花の《幻想ライアー》の『次の扉』を開けた先にある力。


 凜花の見せる『幻』は、ついに『現実』をも『侵食』する!


「助かるぜ、凜花!」


 虚像に抱えられた化物は身体を揺することも出来なくなり、随分と走りやすくなった。


 頭部に向けて一直線、このままいける──そう思った瞬間。


【愚か者めが! 動けぬからといって何も出来んと思うてか!】


 化物の口がパカリと開き、そこから膨大な熱量の炎が射出された。


「ぐあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」


 避ける隙もなく、成す術無く全身が灼熱に晒される。

 炎は止まる気配を見せない。


 だが……。


【バカな……!?】


 ここはあえてこのまま、進む!


 常人なら、一瞬で骨まで灰になっているだろう熱量。

 けど俺の身体は表面を爛れさせながらも、どうにか原型を留めたまま疾駆を継続してくれる。


 火の精霊王の加護様々だ。


【ならば……大魔神よ! その力を全て見せてやるのだ!】


 ゾワ……! と、全身の肌が泡立つ感覚。


 これは、ヤバいのが来るぞ……それも恐らく、全方位から!


【ふはははは! 破壊を司る大魔神が、貴様にあらん限り『死』を齎すぞ!】


 これは、流石に回避に専念しないとヤバい……!

 そう思って、足を向ける先を変えようとして。


「構わぬ。ユートよ、そのまま進むが良い」


 けれど頼もしい声が耳に届いた瞬間、真っ直ぐ突き進むことを即断した。


「《ユニヴァース》顕現、モード《護国》」


 同時に、あらゆる方向から『死』が襲い来る。


 それは熱波だったり凍てつく冷気だったり全てを破壊するような爆発だったり無数の刃物だったり……一つでも避け損なえば、あっさり命が散るのは確実だろう。


 だけど、俺は回避の素振りさえも見せない。


 あいつが、それで良いって言ってくれたからな!


【なっ……!? 何が起こっている……!? なぜ、大魔神の力が次々に消えて行く……!?】


 正直、俺だってその全てを正確に把握してるわけじゃない。

 だからミコのことを知らない奴からしたら、本当にわけがわからないことだろう。


 元々、ミコの《スピリッツ》乗りとしての技量は群を抜いていた。

 それこそ、宇宙に並び立つ者がいない程に。


 けど、そのほとんどは攻撃に特化していた。

 本人の攻めっ気の強さも含めて。


 それがミコのほとんど唯一の、そして決定的な弱点だった。


 年齢を考えれば仕方ないところではあるんだけど、ミコはそれを許される立場でもなかった。

 何より、ミコ自身がそれを良しとしなかった。


 精神的に成長したミコが、『王』として目覚めたミコが、全ての民を護るために顕現させた力。

 それが、《ユニヴァース》の《護国》。


 その演算能力の全てを護りへと振り切った宇宙で最も優れた機体は、起こり得るあらゆる『危機』を『瞬時』に『無効化』するためにだけ動作する!


【ならば……! ならば、これならどうだ!】


 なんだ……?

 俺に向けられる『死』が、遠ざかっていく……?


 ……っ!?

 これは、まさか……!


【大魔神よ! 民を狙え! ク、ハハハ! 貴様ら、先程はわざわざ愚民共を救助していたな!? 仮に貴様ら自身が無事に切り抜けられたとしても、其奴らはどうだかなぁ!】


 この、外道が……!


 そんな、俺の心の叫びに呼応するかのように。


「ホント、悪役にしてもダッサいわね」


 けれど、その声は酷く冷めきったものだった。


「やるわよ天条……《空間創生》」


 瞬間、『切り替わった』ことが肌でわかる。


【な、なんだ……!? どこだ、ここは……!?】


 周囲は、いつの間にか漆黒に包みこまれていた。

 光源の一つも見つからないのに、俺たちの姿だけはハッキリと視認することが出来る。


 そんな風に、理屈も物理法則も通じない。

 ここは、『出雲いずもの空間』だから。


 かつて出雲を異世界へと『落とした』、《旅人》という体質。

 忌々しいはずのそれを、出雲はずっと鍛えてきた。


 誰かを助けるために……出雲自身は「ムカつく奴をぶっ飛ばすため」だとか言うだろうけど。

 俺は彼女が心優しい女の子であることを、救えなかった人たちに対して今も悔いていることを知っている。


 そんな出雲が、今度こそは全てを救うために手に入れたもの。

 俺の知る限り全次元で最高の空間使いが、至った境地。


 他の誰にも真似出来ない絶技、《空間創生》。

 出雲によって『創り出された』場所はあらゆる空間から『隔離』され、ここで起こった全ての事象は他のどんな時空にも『影響しない』!


「ありがとう、みんな……!」


 いつもいつも、俺は周囲に助けられてばっかだな……!


 でも、だからこそ……ここからは、今度こそ俺の番だ!


 ついに化物の胸辺りまで辿り着いた俺は、バカでかい顔面めがけて全力で……跳ぶ!


 宙で、腕を振りかぶりながら!


「《癒人いやしびと》! 制限解除!」


【貴様、何をするつもりだ……!?】


 空間を『過剰』に『修復』し、歪みを発生させる!


「《精霊紋》! 全解放!」


【なんだ、この光は……!?】


 この宇宙から、『ありったけ』の『魔素』を集める!


「《オールマイティ》、融合顕現! 出力一〇〇〇%!」


【腕が、巨大化しただと……!?】


 出力限界を超えた《オールマイティ》の『右手』を、自らの『右手』と『同化』させる!


「オォォォォォバァァァァァァァァ! リミィィィィィィィィット! 《無能ゼロ》よ! 《名声過実ダブル》を食らい《天上天下唯我独尊インフィニティ》を宿せ!」


 『全て』の《異能ギフト》をこの身に『宿』す!


【貴様は、一体……!?】


 更に!


「《勇者の剣》、来い! 《龍の血》、目覚めろ! 《宿生ナノマシン》、戦闘モードに移行! 《野生の力》、覚醒だ! 《人魚の歌》、俺に力を! 《観測者の目》、奴の存在を確定させる! 《氣門》、全開! 《天使の翼》、最速で行くぞ! 《山神の祟》、今だけは味方してくれ! 《次元獣の牙》、全次元の俺の力を集結! 《闘気》、解放! 《ラプラスの心臓》、勝利の可能性を引き寄せろ! 《神気回線》、全て繋がれ! 《狼神の鼻》、チャンスの匂いを逃すなよ!」


【………………んんっ?】


「《超化の術》、発動! 《風神の息》、後押ししてくれ!《鬼神の角》、刺され! 《重力珠》、瞬間重力を最大に! 《並列思考》、あらゆるパターンを予測! 《妖精口》、妖精たちを呼び寄せてくれ! 《変幻魔法》、この血液を爆薬に! 《空の耳》、僅かな違和感も聞き逃すな! 《異界の門》、増幅獣召喚! 《テンプテーション》、奴を惑わせろ! 《冥主》、力を貸してくれ! 《悪魔の尻尾》、未来の幸運を今に集約! 《コトダマ》、俺に勝利をもたらせ!」


【いやいやいや……】


「《黄泉の手》、魂の力を引き出せ! 《三神器》、集結せよ! 《オロチの皮》、燃え上がれ! 《結晶妖怪》、この手を最硬に頼む! 《ウロボロスの舌》、力を食い尽くせ! 《時喰い》、時間を最大限加速! 《武神の魂》、宿れ! 《念動力》、ありったけ出すぞ! 《魔王の覇気》、発動! 《セイレーンの竪琴》、掻き鳴らせ! 《無限再生》、増殖制限解除! 《過去視》、奴の全てを暴け! 《ナイトメアの瞳》、悪夢を見せてやろうぜ! 《結界術》、周囲を覆え!」


【多い多い多い! 多いて!】


「《時空を揺蕩う者》、補助を頼む! 《反転鏡》、逆境を力に! 《復讐鬼》、出番だぞ!《武闘神経》、感度最大! 《覇王の証》、俺を認めてくれ! 《破邪の法》、奴を包み込め! 《四次元演算》、オーバークロック! 《天女の羽衣》、広がれ! 《筋力制御》、爆増! 《影分身》、最大数! それから……」


【まだあるのか!? ワシが言うのもアレだが、オーバーキルすぎんか!?】


 などなどなどなど!

 諸々込めた、俺の全力パンチ!


 さぁ、耐えられるか化け物!


 勝負といこうぜ!


「うぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ! いくぜぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!」

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