第17話 如何なる難敵を撃破してでも恋敵を減じる⑤

【起動せよ! チテイオォォォォォォォォォォォ!】


 叫びながらグランダークがパチンと指を鳴らしたと同時、宙に投影されていたスクリーンが消失した。

 入れ替わるように、ゴゴゴ……と激しい地響きが発生する。


「ほわ、ほわ、ほわわ……」


 ようやく先の混乱から復活したらしいテラコが、今度は揺れる地面に翻弄されてフラフラヨタヨタとしていた。

 なお凜花たち三人は、鍛えに鍛え抜かれた体幹とバランス感覚によって何事もないかのようにしっかりと地に足を着けている。


 冷静な目で彼女らが見つめるのは、地響きの発生源。

 ゆっくりと地面から離れて浮上していく、王宮である。


 王宮の形状そのものが、変化し始めていた。

 中央の物見塔が開いてその奥から顔のような造形が見え始め、左右からは腕のようなものもせり上がってきている。


 完全に宙へと浮き上がった頃には、さながら巨大ロボの上半身、といった様相を呈していた。


「ほわ、ほわわ、お城が変形したです……!?」


 そのような機構があるとは知らなかったらしいテラコが、ポカンと口を開けて王宮だったものを見上げる。


「ふむ、なかなか悪くない造形じゃな」


「名前は激ダサだけどね。チテイオーて」


 腕を組んで満足げに頷くミコの傍らで、亜衣が鼻で笑った。


「さて、時にテラコよ」


「ほ、ほわっ!?」


 しばらく完璧に置いてけぼりになっていたところに突然話しかけられ、テラコがビクッと身体を震わせる。


「な、なんです……?」


「元は汝の居住地じゃ、愛着はあろう」


「は、はいです……?」


 腕を組んだまま訳知り顔で話すミコに対して、テラコは頭に疑問符を沢山載せて曖昧に相槌を打った。


「じゃが、あれ」


 あれ、とミコは巨大ロボと化した王宮を指し。


「壊すぞ」


 簡潔に、そう告げた。


「国とは王でも、ましてや王宮なぞで出来上がるものではない。民じゃ。民さえおれば、王宮なぞどうとでもなる。じゃろう?」


「は、はい……それはそうだと思うですが……」


 言われるがまま、テラコはカクカクと機械的に頷いている。


「……って」


 が、やがてハッと我に返った様子に。


「む、無理です! あんな大きいのに勝てっこないのです! まずは逃げて、体勢を整えた方が良いのです!」


 そして、必死にそう訴えた。


 そんなテラコに、ミコはフッ……と優しげに笑う。


「よいかテラコ、今の汝にピッタリの言葉がある」


「は、はいです……?」


 いきなり何を言い出したのか、とテラコは戸惑った表情だ。


「かつて、とある偉大なる者がこう言った」


 構わず、ミコは話を続ける。


「無理かどうかを決めるのは妾である……とな」


「はぁ……」


 一瞬理解が及ばなかったらしく、テラコはまたもポカンと口を開けていた。


「……って、それ確実にミコさんが言った台詞です!?」


 しかし、すぐに我に返った様子でそう叫ぶ。


「ほぅ、汝なかなか鋭いな」


「皆さんと三分でも付き合えば誰でもわかるです!?」


 素で感心の表情を浮かべたミコに、テラコの方が驚愕した。


「そ、そうじゃなくてです……!」


「なに、問題ない」


 改めてこの場の危機に関して訴えようとしているらしきテラコに、ミコはウインクを送る。


「あの程度、汝が乗った大船に比べれば塵芥であるとすぐにわかろう」


 そこに一切の気負いはなく、しかし有無を言わさぬ不思議な迫力を宿してもいた。


「アイ、王宮の中の者たちを避難させよ」


「いいけど、いきなり別の場所に飛ばされたら混乱による騒動が発生しちゃわない?」


「その点は、妾に任せるが良い」


「ふーん? ならいいけど……《ゲート》オープン」


 亜衣が軽く指を振ると、彼女らの背後にて宙に巨大な穴が開く。

 そこから、ドサドサドサッと大量の人影が落ちてきた。


 真っ白い肌と赤い目と大きな手。

 全員地底人だ。


 誰もが例外なく、その表情の多大な驚きと混乱を宿している。

 先ほど亜衣が言った通り、いきなり別の場所に転移させられればそうもなろうというものだ。


「落ち着くが良い」


 そんな彼らの耳に、やや幼さを感じさせる……けれどそれ以上の威厳に満ちた声が届く。


 静かに言葉を紡ぐミコの金色の髪はいつもより輝きを増しており、【ウィズヘイム】の住人であれば魔素が活性化しているがゆえの事象であると一目でわかることだろう。


「これより、貴様らの王を討つ」


 《ウィスパー》によってミコの静かな声が届けられた一同の反応は、概ね似たようなものであった。

 戸惑いと、疑問と、不安と……少しの期待感。


「どうやら、民に慕われておる王ではないようじゃの」


 ミコが薄く笑う。


「なれば、見届けよ」


 次いで王宮の方へと振り返り、地下の住人たちに背を向けた。

 やはり大きくはないミコの声だったが、それを聞いた一同の表情からは確かに不安の色が薄れていく。


 自らの国でなくとも君主としての貫禄を見せるミコの姿に凜花が微笑み、亜衣が称賛と揶揄が半々くらいの口笛を吹く……と、その時。


「ん? あれ……?」


 ふと、視線を宙に彷徨わせて亜衣は眉をひそめた。


「ではゆくぞ、《ユニヴァース》! エネルギー充填、〇.〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇一%!」


「ねぇ、ちょっとおかしいんだけど……」


 宙を見たままミコへと手を振るも、一転して声を荒ぶらせるミコは気付いていない様子。


「ねぇってば」


「主砲、発射用意!」


 やはり亜衣の言葉は届かないまま、その半径ですらミコの身長の数倍はある《ユニヴァース》の巨大な砲身が顕現した。


「……主砲?」


 それを目にした凜花が、おや? と首を傾げる。


「ねぇ、聞い……って、主砲!?」


 ようやくミコの方へと視線を向けた亜衣も、表情を驚きに染めた。


ぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!」


「ミコさん、ストッ……!」


「ちょ、待……!」


 凜花と亜衣が止めようと手を伸ばすのも間に合わず、主砲から超大な光の帯が射出された。

 周りの全てを巻き込みながら進むそれは、王宮だったものへと真っ直ぐ向かっていく。


 それを迎え撃つように、王宮ロボの前に半透明の巨大な壁のようなものが出現した。


 壁と、光がぶつかり合い。


 一瞬で。

 あっさりと。

 何の抵抗も許さず。


 光は、障壁ごと王宮を消滅させた。


 王宮を飲み込んだ光はそのまま些かも勢いを衰えさせること無く突き進み、地下世界の天井へと突き刺さらんとする。


 その、直前で。


「だから待てっつったでしょうがぁ!」


 天井の手前に出現した巨大な《ゲート》が、光を全て飲み込んだ。

 《ゲート》が閉じた後には、何事もなかったかのように優しい光を放つ天井が存在している。


「っぶなぁ……」


 額の汗を拭った亜衣は、次いでミコに食って掛かる。


「アンタねぇ! アンタの主砲って対銀河級兵器でしょうが! 〇.〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇一%だろうと天井突き抜けて地上焼きつくして宇宙までいくわ!」


「す、すまぬ。よもや、あれほど脆弱な障壁しか持っておらんとは思わなんだものでな……助かったぞ、アイ」


 流石に下手を打った自覚はあるらしく、ミコは固い表情で手を合わせた。


「ったく……アンタの星の防護シールドにぶつけといたわよ」


「うむ、手間を掛けた。《ユニヴァース》の主砲といえど、〇.〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇一%程度ならば何の影響もない」


「亜衣さん、ファインプレーでしたね……」


 三人、ほぅと安堵の息を吐く。


 と、そこで亜衣がハッと表情を変えた。


「って、それより! さっきから、あの白豚の存在を《掌握》出来な……」


 慌てた様子で、亜衣がテラコの方を振り返ると。


 ニヤリと笑う、地面と身体が半分同化したようなグランダークと目が合った。


「しまっ……」


 亜衣が伸ばす手から逃れる形で、テラコの首に腕を回したグランダークはズプンとテラコごと地面の中へと『潜った』。

 かと思えばすぐに、数十歩分は離れた所の地面から再び姿を現す。


 テラコは気絶させられているようで、抵抗のそぶりもない。


「ぐふぇふぇ! このワシがこの世界でも有数の《地潜りダークプリースト》であると見抜けなかったのが運の尽きだな!」


「わかるか、そんな知らない概念!」


 亜衣がグランダークの周囲に連続して《ゲート》を出現させる。

 しかし、グランダークはタイミングよく地面に潜ることでそれを避け続けた。


「この流れ……! マズいことになるやもしれぬぞ!」


「っ……! わかってます!」


 端的に言って、それは油断であった。


 全てが終わったと思っていた。

 グランダークを三流の悪役だと、雑魚だと舐めきっていた。


 でなければ地中すら《掌握》可能な亜衣はもっと正確かつ素早く《ゲート》を出現させることが出来たし、ミコの操作技術ならばテラコに傷一つ付けずグランダークを撃ち抜くことが出来たし、凜花が《幻夢ライアー》を発動させる条件は十二分に整っていた。


「ぐふぇふぇふぇ、遅いわ!」


 だが結果的に、グランダークの言葉通り全ては遅きに失した。

 一瞬、驚きのため硬直したのが致命的だった。


 グランダークは既にその時、テラコの胸に拳大の透明な宝玉を押し当てていたのである。


「さぁ、大魔神よ! 今こそ、その封印を解いてやろう!」


 何ら抵抗なく、宝玉はテラコの身体の中へと吸い込まれていった。


 瞬間。

 先程王宮が浮き上がった時とは比べ物にならない程の地響きと共に、激しく地面が隆起した。


 その勢いに、凜花たちも地底人たちもまとめて宙に放り出される。


「ぐっ……仕方あるまい、まずは地下の民たちの安全確保じゃ! リンカ! アイ!」


「皆さんの受け身のタイミングは私の方で合わせます!」


「了解、《ゲート》オープン!」


 そして亜衣が出現させた《ゲート》に、宙に浮いている全員が飲み込まれた。



   ◆   ◆   ◆



 《ゲート》の繋がる先は、先程の場所から少し離れた小高い丘だ。


 ドサドサドサッと地底人たちが放り出されつつも全員が虚ろな表情で綺麗に受け身を取っており、その傍らに凜花たち三人がスタッと降り立つ。


「《ユニヴァース》対物理障壁顕現! 出力一〇〇%!」


 降り立つと同時にミコが早口に捲し立てると、彼女らの前に薄い半透明の壁のようなものが出現した。

 直後、直径一〇〇メートルはあろうかという巨大な炎の渦が飛来する。


 先程の、意趣返しのような光景。

 もっとも先程とは違い、炎の渦は半透明の壁を些かも傷付けることが出来ず、ただ虚しく消失しくだけだったが。


 だが、しかし。

 炎の渦が消えた向こうに、広がった光景を見て。


「クッ、ソ……!」


 亜衣が、悔恨の叫びと共に拳を握り。


「間に合わなんだ……!」


 ミコが、歯噛みして宙を仰ぎ。


「こう、なってしまいましたか……」


 凜花が、静かに目を閉じた。



   ◆   ◆   ◆




 嗚呼。

 そこにいたのは、『怪物』としか呼べない代物だ。


 決して狭くはないこの地下世界の、半分ほどをも埋め尽くさんとする巨大な純白の身体。

 身体に比すれば随分と短い手足は、まるで産まれたばかりの赤子のようだ。


 四つん這いになったそれが、地下世界の建物を次々跡形もなく押し潰していく。

 やはりこれも赤子のように、身体の中でも頭部はアンバランスなまでに巨大。


 幾千もの人間を一度に飲み込めるだろう大きな口からは、チロチロと炎が漏れている。

 頭部に生えた角は高層ビルのようで、どうしたって折れそうにない黒い輝きを放っていた。


 目だけでも、大きさは人の身の数十倍はあるだろう。

 その瞳は、歓喜で満ちている。


【ぶっふぇっふぇ! 素晴らしい! これが大魔神の力か!】


 怪物の口から、大音量でグランダークの声が発せられた。

 ただの発声が凶悪なまでに大気を振動させ、周囲の建物を一層破壊する。


 そんな光景を、三人の少女は絶望の表情で見つめていた。




   ◆   ◆   ◆



 何に、彼女たちは絶望したのか。


 怪物を相手に、勝利を危険視したのか?

 答えは、否である。


 怪物の額に埋め込まれた、テラコの救出を絶望視したのか?

 答えは、否である。


 戦いの末、地下世界に重大な被害が及ぶことを問題視したのか?

 答えは、否である。


 では、なぜ。

 何に、彼女たちは絶望したのか。


 答えは。



   ◆   ◆   ◆



 そこに、『彼』の姿を見たからである。

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