第2話 如何なる能力を駆使してでも邪魔を排する①

「なんじゃリンカ、遠い目なんぞしてからに」


 ミコの希望により学校から移動し、所は変わって駅前の大手ファストフード店の一角。


 先に注文を済ませて席取りをしていた凜花が何やら乾いた笑みを浮かべて物思いに耽っている姿を見て、トレーをテーブルに置きながらミコが首を傾げる。


「あぁ、いえ……そういえばつい先日も、悠人くんに告白しようとしたら事故やら何やらで有耶無耶になった上に、事故車に乗ってた怪しい男を追っているうちにいつの間にかメキシコで麻薬カルテルを潰すことになったなー……と思いまして」


 意識を現実に戻したらしい凜花が、しかし乾いた笑みはそのままにそう語る。


「ふむ、あるあるじゃな」


 特段思うところもなさそうに頷いて、ミコは備え付けの椅子に座った。


「こないだ天条が入院してたのって、それだったんだ」


 ミコに続いて席に着きながら、亜衣。


「えぇ、現地の女の子を庇って銃弾を二十発ほど食らいまして」


 一般的に見れば相当な大事だが、この手の話に慣れすぎている彼女たちにとっては最早何気ない世間話の一環でしかない。


「ちゅーかアヤツ、もう全宇宙全次元で並び立つ者がおらん程の力を持っとるはずなのに、なにゆえ毎回死にかけるほどの怪我を負うんじゃろうな?」


「一応、悠人くんの肉体そのものは生身の人間なので……」


「けど、めっちゃ回復早いわよね? 毎回二~三日で学校復帰してない?」


「あぁ、それはたぶん精霊界に行った時に精霊王の加護を貰ったからじゃないですかね。なんか怪我の治りも早くなるらしいですよ」


「あと未来世界に行った時に、肉体を自動修復するっちゅーナノマシンとやらも注入されとったしの」


「それもう、生身って言っていいわけ……?」


 なかなかに物騒なガールズトークである。


 もっとも、彼女たちの表情は平静そのもの。

 絵面だけを見れば、周りで談笑している女子高生たちと全く変わらない。


「ところで、今更なんだけどさ」


 ポテトを摘みながら、亜衣がふと何かを思い出したかのような表情で凜花を見た。


「天条を攻略するのはいいとして、なんでこのメンツなわけ?」


「ふむ。確かにアヤツのハーレムには他にも山程おなごがおるものな」


 豪快にハンバーガーを齧りながら、ミコも表情に疑問の色を浮かべる。


「ハーレムってアンタねぇ……」


「妾、側室を増やすのには反対せんからな。宇宙を統べるユニヴァース帝国の王になるのじゃ、子は沢山残して貰わねばならんしの」


 若干引き気味の亜衣に対して、ミコが何でもないことのように答える。


「まぁいいけどさ……で? その辺どうなのよ? 何かしら理由はあるんでしょ?」


 亜衣が、ミコから凜花へと再び視線を戻す。


「もちろん、適当に声をかけたわけではありません」


 シェイクを一口吸い込んだ後、凜花は頷いた。


「いくつか理由はありますが……」


 そう切り出しながら、人差し指を立てる。


「まず、単純にこうして集まりやすいということ。この条件が合う人って、意外と少ないんですよ。その点、このメンバーならクラスメイトなので何ら問題ありません」


「確かに、いちいち海やら世界線やら時間軸やらを越えてやり取りするのは手間じゃの」


 納得顔で、ミコが頷いた。


「物理的な距離だけならアタシの《旅人》でどうとでもなるけど、時差やらで生活が合わないのはキツいもんね」


 亜衣も同じく頷く。


 ちなみに、亜衣の《旅人》はあくまで体質ではあるのだが。

 各種事件に関わっていくうちにそれを制御することも可能となり、今では自在に空間に裂け目を開けて任意の場所に繋ぐというテレポート能力のような運用も可能となっている。


「それから」


 人差し指に続いて、凜花の中指が立った。


「単純に、お二人の持つが悠人くん攻略に当たって有益だと判断したからです」


 その口元には、再び不敵な笑みが浮かんでいる。


「亜衣さんの《旅人》と、ミコさんの《ユニヴァース》、それと私の《幻夢ライアー》。かなり汎用性の高いメンツを集めたつもりです。少なくとも魔王とか竜神くらいの相手なら十分正面から戦えますし、星獣クラスでもやりようはあるでしょう」


 凜花が挙げたのは、かつて三人が悠人と共に戦った強敵たちである。


 なお、その全てで悠人は死にかけの怪我を負い入院した後に三日で退院した。


「アタシたち、これから何するんだっけ……?」


 亜衣が半笑いで疑問を口にする。


「亜衣さん、恋は戦いですよ! まして魔王も竜神も星獣も、今となってはまとめて蹴散らすことの出来る悠人くんを相手にするんですから、そのくらいの気合いがなくてどうしますか!」


 そんな亜衣に向かって、凜花が力説。


「ふむ、その意気や良し!」


 ミコも同意の声と共に首肯した。


「えー……? そうかなー……? そうなのかなー……? これ、ホントにアタシがおかしいのかなー……?」


 亜衣だけが首を捻り、繰り返し自問の声を上げている。


「さて、これでこのメンバーになった経緯についてはご理解いただけましたね?」


「うむ」


「まぁ、理由そのものについてはね……」


 凜花の問いにミコが迷いなく頷き、釈然としない様子ながら亜衣も同意を返した。


「では、ここからが本題です」


 凜花の表情が、俄然真剣味を増す。


「悠人くん攻略に当たって、まずは今後の方針を決めていきましょう」


「ふむ」


 凜花の呼びかけに、早速ミコが口を開いた。


「それについては妾、先程から考えておったのじゃがな」


「あぁ、一応食べ物のことで頭がいっぱいだったわけじゃないのね」


「失敬じゃな、妾を食いしん坊キャラのように言うでないわ」


 感心の調子で言った亜衣をミコが睨む。

 右手にハンバーガー、左手にアップルパイを掴んだ状態で。


「うん、うーん……」


 更にミコの前に置いてあるトレーの上にハンバーガー五個とナゲット三つとポテトのLサイズが三つ載っているのに目を向けて、亜衣が何とも言えない表情を浮かべた。


「んなことより、じゃな」


 半分程残っていたアップルパイをそのまま口に放り込んで数度咀嚼し飲み込んだ後、ミコが表情を改める。


「方針を決める前にまず、そもそもの問題の焦点についての確認じゃが」


 空いた手をグーにした後、ミコは人差し指を立てる。


「一つ。大概の言葉はユートが曲解して別の意味で捉えよる」


 続いて立つ、中指。


「二つ。曲解以前に、ユートにその手の話を振ろうとするとかなりの高確率で邪魔が入る」


 言って、ミコは凜花と亜衣の顔を順番に見た。


「つまりは、この二点に集約されるという認識で良いな?」


「はい」


「そうね」


 過去の告白失敗を思い出しているのか、渋い顔となった二人が頷く。


「ということは、つまり……じゃ」


 ミコがニヤリと笑った。


「誰にも邪魔されぬような場所で、誤解しようもないほどストレートな言葉で想いを告げれば良い」


 ドヤ顔である。


「じゃろ?」


 実に見事なドヤ顔であった。


「いや、それじゃまんま過ぎ……」


 苦笑気味に笑って諌めようとする亜衣だったが、しかし。


「それです!」


「それなの……?」


 即座に凜花が同意の声を上げたため、胡乱げな表情を浮かべることとなった。


「え、ちょっと待って空井。アンタ、考えうる限りのアプローチを取ってきたとか豪語しておきながらこんな基本的な事に今更飛びつくとかどういうことなの?」


 亜衣の視線の先では、凜花が恐れ慄いた様子でワナワナ震えている。


「流石、女三人寄れば姦しいってやつですね……」


「たぶんだけどそれ、言いたいのは三人寄れば文殊の知恵の方よね? まだ、寄っただけで三人分の知恵すら出てないけど」


「この発想の逆転、私一人ではありえませんでした……」


「どこからどこがどう逆転したというの」


「まさしく、コペルニクス的発想……」


「コペルニクスの霊を口寄せしてぶん殴らせるわよ」


 真顔で亜衣がツッコミを入れ続ける。


「では、方針も決まったことですし具体的な計画について話しましょう。まずは、場所の選定からですかね」


「決まっちゃったかー。今ので決まっちゃったかー」


 ツッコミを全く意に介さず話を進める凜花に、亜衣は諦めの半笑いとなった。


「ていうかそんなの、放課後の誰もいない教室とかでいいんじゃないの?」


「ハッ」


 だいぶ投げやり気味な亜衣の提案に対して、凜花が鼻で笑う。


「まったく、亜衣さんは本当にアンチョールですね」


「安直でしょ。なによアンチョールって」


「ジャカルタにあるテーマパークの名前じゃな」


「なんで地球人じゃないアンタがそんなこと知ってんのよ……」


 横合いから補足したミコに、亜衣が訝しげな目を向けた。


「ていうか、ジャカルタってどこでしたっけ?」


「逆にアンタは、なんでそれ知らないのにテーマパークの名前だけ知ってんのよ……」


 亜衣の訝しげな目の向く先が、そのまま凜花の方へとスライドする。


「ジャカルタはインドネシアの首都じゃ。そしてアンチョールは、インドネシアでのレジャーを語る上で欠かせん存在じゃなからな。リンカがそちらだけを知っておっても不思議はあるまい」


「まず、インドネシアでのレジャーについて語る機会がこれまでの人生で一度たりともなかったんだけど……」


「そうかえ? 妾、月に一度は語るぞ? ヨーロッパもアメリカ大陸も行き飽きたしの」


「地球に染まりすぎでしょ、宇宙を統べる帝国の次期王女……」


 ミコを見る亜衣の目に、多分に呆れの色が混じった。


「亜衣さん、ミコさん、横道に逸れるのも程々に。今はインドネシアのこととかどうでもいいです」


「アンタが急にアンチョールとか言い出した上にインドネシア談義に入るきっかけ作ったんでしょ!?」


 眉根を寄せて窘める凜花に、亜衣が叫ぶ。


「話を戻します」


 しかしそんな亜衣に構わず、凜花は話を続ける姿勢だ。


「いいですか、亜衣さん」


 言って、人差し指を立てる。


「放課後の誰もいない教室……そんなところで告白なんてしようものなら、突風が吹いて踏切の警報が鳴って花火が上がって近くで事故が発生して有耶無耶になるのがオチです」


 そう告げる凜花の目は、どこか遠いところを見ているようであった。


「なんと……なんと、悲しい目をしておるのじゃ……」


「いや、単に目が死んでるだけっしょ?」


 ミコと亜衣が、それぞれそんな感想を述べる。


「大体、教室よ?」


 次いで、亜衣が肩をすくめた。


「風なんて吹かないし踏切なんてないし事故車も来ないでしょ。花火は季節外れだし」


「そう思うなら、亜衣さんがやってみればいいでしょう。ちょうど今日は悠人くん、委員会の仕事片付けるってまだ教室に残ってるはずですし」


 そんな言葉に続けて、凜花は「フッ……」と小馬鹿にするような笑みを浮かべる。


「もっとも、亜衣さんはヘタレですからね。悠人くんの前でチョロチョロしくツンデレるのが精一杯で、正面から告白する勇気なんてないかもしれませんが」


「な、なんですってぇ!」


 憤慨した様子で、亜衣は勢い良く立ち上がった。


「いいわ、そこまで言うならやってやるわよ! あっさり成功しちゃってアタシが天条と付き合うことになっても知らないからね!」


 鼻息も荒くそんな風に言って、ズンズンと大股で店の出口へと向かっていく亜衣。


「アヤツ、めっちゃ扱いやすいのぅ……」


「スレてるようでピュアですからね、亜衣さんは」


 その背中を、ミコと凜花が生暖かい目で見送るのであった。

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