第14話 如何なる難敵を撃破してでも恋敵を減じる②

 凜花たちが《ゲート》をくぐってから、数分の後。


「どうにか、悠人くんと接触する前に間に合いましたね……」


 三人は、ハイパー・プリンセス号の一室で一人の少女を囲んでいた。


 年齢は、恐らくミコより上で凜花たちよりは下というところだろう。

 顔立ちそのものは、整ってはいるものの別段奇異な点は見当たらない。


 特筆すべきは、その色合いだ。


 白。

 少女は、そのほとんどが白で構成されていた。


 肌も髪も、まるで太陽の光など浴びたこともないような……あるいは浴びることを想定すらされていないような、純白。

 少し薄汚れてはいるものの、全身を覆うローブも元は真っ白であったことが伺える。


 白以外の色合いが伺えるのは、一点。

 今は怯えの気配を宿している、赤い瞳だけだ。


 そんな白一色さに比べればややインパクトは薄れるが、手の造形も少し変わっている。


 ローブから覗く細い腕からすると不相応な程に大きい手には、鋭い爪が生えていた。

 どことなく、モグラを彷彿とさせる形状だ。


「にしても、確かにお手本のような困り顔ね」


 自らを囲む三人の顔を見回しながら眉根を寄せてオロオロとしている少女に、亜衣が納得の声を上げた。


「まぁ此奴が今困り顔をしておるのは、急に現れた三人組にどことも知れぬ場所へと拉致られたからじゃと思うがの」


「ひぅ」


 やや苦笑気味で告げられたミコの言葉に、少女はますます怯えた様子を見せる。


「や、やっぱりテラコ、拉致られちゃったです……? 地上人さんに売り飛ばされて、見世物にされちゃうです……?」


 不安そうなその目の端には、今にも溢れんばかりの涙が溜まっていた。


「人聞きが悪いわね。保護と言いなさい、保護と」


 亜衣が憮然とした表情で唇を尖らせる。


「大丈夫ですよー? 私たちは、あなたの味方ですからねー?」


 凜花が少し腰を屈めることで少女と目線の高さを合わせて、優しげな笑みを浮かべた。


「貴女は、テラコさんというのですか?」


 実際、基本的には空井凜花は心優しい少女である(天条悠人が関わらない限り、という条件付きではあるが)。

 内面からそんな優しさが滲み出ているような、見る者を安心させる笑顔に少女は少し警戒を緩めた様子だ。


「は、はい……テラコは、テラコ・ブルースカイというです……」


 おずおずと、少女……テラコはそう名乗った。


「なるほど。テラコさん、事情は大体わかりました」


「えぇっ!? まだ何も言ってないのにです!?」


 訳知り顔で頷いた凜花に、テラコが驚愕の声を上げる。


「察するに……テラコさんは地下世界的なところにお住みで、今そこが危機に陥っているため地上に助けを求めに来た、というところですね。それとその服、デザインに儀式めいたものを感じます。邪神的な何かの生け贄にされそうになったところを、ギリギリで逃げてきた感じですかね。なるほどそうなると既に地下世界ではどこまで敵の手が回っているかわからないから、地上に助けを求めたと」


「ほわっ!? 凄いです、大当たりです!? お姉さん、エスパーさんなんです!?」


「ふっふっふ、簡単な推理ですよワトソンくん」


「名探偵さんだったです!?」


 テラコのキラキラした尊敬の視線を受け、凜花は若干得意気な様子である。


「まぁ、その辺りはもうパターン化されてるもんね……」


 その傍らで、亜衣が乾いた笑みでそう呟いた。


「どうでもえぇけど、ワトソンが通じとるということは地下にもホームズっちゅー存在は伝わっとるんかえ……?」


 こちらも呟き程度の声量で、ミコが完全に余談な疑問の声を上げる。


「そうなのです!」


「ぬおっ」


 しかしいきなり勢いよく振り返ってきたテラコに、ミコはやや面食らった様子を見せた。


「テラコ、地上の創作物が大好きなのです! 実は地下でも地上の人との交易が少しはあって、地上の小説や漫画が持ち込まれることもあるです! テラコ、そういうの出来るだけ集めてるです! 地上から届く僅かな電波を拾ってアニメも見てるです! ほとんどキテレツ大百科とワンピースしか映らないけどです!」


「なんかかつての静岡県みたいじゃのぅ、地下世界」


「アンタはアンタで、なんで地球のローカル地方のアニメ事情に詳しいのよ……」


 興奮した様子で捲し立てるテラコに、同情的な視線を向けるミコ。

 そんなミコへと、更に亜衣が胡乱げな視線を向けた。


「それでテラコ、思ったのです! 地上なら物語の中みたいな白馬の王子様がいて、テラコを助けてくれるんじゃないか……」


「その考えは危険です、テラコさん」


 夢見る瞳で語っていたテラコの両肩を、凜花が突如勢い良くガッと掴む。


「白馬の王子様的存在なんてどこにもいません。地上の、日本の、この近くには、特に存在しません。絶対に。いいですね?」


「は、はいです……ず、ずびばぜんでじだ……」


 完全に据わった凜花の目が怖かったのか、はたまた単純に食い込む程の力で握られた肩が痛かったのか。

 テラコは今にも泣き出す寸前といった様子である。


「大丈夫ですよ」


 そんなテラコを、凜花が優しく抱き締めた。


「白馬の王子様的なサムシングは決して、確実に、間違ってもどこにも存在しませんが……テラコさんのことは、私たちが助けてみせます。絶対に」


 凜花の腕の中で、テラコはやや躊躇い気味の表情を見せる。


「で、でも、見ず知らずの方にそこまでしていただくわけにはです……」


 そう言うテラコを抱き締める腕の力を緩め、凜花は再びテラコと目を合わせた。


「私は、凜花。空井凜花といいます」


 そう名乗って、ニッコリ笑う。


「アタシは、出雲亜衣よ」


「妾がミコ・プリンセス・ユニヴァースである」


 亜衣が小さく笑って、ミコが尊大に、それぞれ続いた。


「あ、はい、よろしく……です……?」


 急な自己紹介に、テラコは戸惑った様子。


「これで私たち、もう見ず知らずじゃありませんね」


 そんなテラコと目を合わせたまま、凜花は笑みを深めた。


 その笑顔はさながら慈愛の女神の如きであり、先程まで据わった目で『説得』を試みていたのと同じ人物とは到底思えない程の変わりようであった。


「い、いいのです……?」


 凜花の言わんとしていることを察したらしいテラコの目の端に、再び涙が溜まる。


「はい、任せてください」


 力強い、凜花の頷き。


 それが決壊の合図だった。


「あ、ありがどう……ございばずぅぅぅぅぅぅぅぅぅ!」


 張り詰めていた糸が切れたようにテラコはついに激しく泣き出し、凜花の胸に飛び込んだ。

 そんなテラコの背中に手を回し、凜花は優しく撫でてやる。


 まるで一枚の絵画のような、美しい光景であった。


「チョロいわー。このチョロチョロしさ、確実にアイツに会わせちゃいけない子だわー」


「汝が言うな、とは言わんといてやろう……ま、一人っきりで追いつめられてたようじゃしこんなもんじゃろ。ちゅーか、これに関してはリンカの手腕が見事であったな。怖い刑事役と優しい刑事役、一人でこなしとったぞ」


「まぁ空井は割とナチュラルに多重人格的なとこあるしね。あと、どっちかっていうとDV彼氏のムーブとかの方が近くない?」


 なお、斯様に外野との温度差は凄まじいものであった。

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