インフレした世界の中心で如何なる手段を用いてでも愛を叫ぶ

はむばね

第1話 如何なる面子を招集してでも対策を立てる

「これより、天条てんじょう悠人ゆうと攻略会議を始めます」


 分厚い暗幕で日の光が遮られた薄暗い教室内に、その声は静かに響いた。


 発したのは、凛とした雰囲気を身に纏って前を見据える黒髪の少女である。


 和服が似合いそうな実に日本人らしい美しさを備えた彼女の身体を包んでいるのは、県立群青ぐんじょう高校の制服であるブレザーだ。

 リボンの色は、二年生であることを示す赤。


 名を、空井そらい凜花りんかという。


 部屋の中には、凜花の他にも二人の少女がいた。

 黒板の前で立っている凜花とは違い、二人は学生用の椅子に腰を下ろしている。


「あのさー」


 面倒臭げに口を開いたのは、出雲いずも亜衣あい


 ショートボブの茶髪は、やや赤みがかって見える。

 入学当初には生活指導の先生方に目を付けられたりもしたが、生まれてこの方一度も染めたことのない地毛の色である。


 お世辞にも豊満とは言えない彼女の身を包むのもまた県立群青高校の制服であり、リボンの色も凜花と同じ赤だ。


「ちょっと、初っぱから意味わかんないんだけど? これ、何の集まりなわけ?」


 亜衣の疑問に、隣の少女も頷いた。


「この妾を呼びつけておるのじゃ。まさか、くだらん用件ではあるまいの?」


 そう言って真っ平らな胸を尊大に逸らす彼女の名は、ミコ・プリンセス・ユニヴァース。


 名前からも察せられる通り日本人ではない――どころか地球人ですらない――彼女の腰辺りまである緩やかなウェービーヘアは、薄暗い部屋においてもなお輝いて見えるような金色。

 多分に幼さを残すその顔立ちは、人形を思わせる程に整っている。


 年の頃は十歳前後にしか見えない彼女が着ているのも、しかしまた県立群青高校の制服だ。

 リボンの色も、他二人と同じく赤である。


「もちろん、これは最重要事項ですよ。私達にとっては……ね」


 やや芝居がかった様子で腕を広げ、凜花は亜衣とミコの顔を順に見た。


「まず……ここにいる三人の共通点、わかりますよね?」


 問われた二人は、一瞬顔を見合わせる。


「……クラスメイト、ってこと?」


 疑問符混じりで亜衣が答えた。


 彼女の言う通り、三人は県立群青高校二年十組で席を同じくするクラスメイトだ。

 本日の放課後一番、凜花に声かけられて空き教室に集合して現在に至る。


「それも共通点ではありますが、今私が言いたいのはそういうことではありません」


 首を横に振った凜花に対して、再び亜衣とミコは顔を見合わせた。


「つーかむしろ、ウチらってあんま共通点ない方じゃない?」


「そうじゃな。立場も、持っておるの類も」


 亜衣の疑問に、ミコが追随する。


「確かにそうです。けれど一つだけ……そして絶対的に、同じものがありますよね?」


 凜花は机に左手を置き、やや身体を前のめりに乗り出した。


「それは」


 開いた右手を、胸の前に。


「悠人くんを、愛しているということです!」


 高らかにそう言って、凜花は右手をグッと力強く握った。


「んなっ!?」


「なるほどのぅ」


 それに対する二人の反応は対照的だ。

 亜衣は顔を赤くして身体を仰け反らせ、一方のミコは一切の動揺を見せず納得したように頷いている。


「ちょ、ちょっとやめてよね! アタシは別に、天条のことなんて……!」


「いや、今そういうのいいんで」


 赤い顔を背けて早口で捲し立てる亜衣の言葉を、凜花が冷め切った目と口調で遮った。


「そ、そういうのって何よ……」


「そういう風にチョロチョロしくツンデレるのは、悠人くんの前でだけやっていただければいいんで」


「チョロチョロしくツンデレる言わないでくれる!?」


 更に顔を赤くする亜衣に、凜花はハァと呆れた調子で息を吐く。


「まさかとは思いますけど、亜衣さん。本当に周りにバレてないとか思ってるわけじゃないですよね? 悠人くんの言葉にいちいち反応してすぐ赤くなりますし、気がついたら悠人くんのことを目で追ってますし、悠人くんにお弁当作って来るなんてしょっちゅうですし。ア、アンタのために作ったんじゃないんだからね! なんて、今時どんな王道ツンデレキャラでも使わないようなセリフまで付け加えて」


「うぐ……」


 真顔で凜花が尋ねると、流石に自覚はあるらしく亜衣は言葉に詰まった。


「亜衣さんが悠人くんのことを好きだなんて、悠人くん以外みんな知ってますよ」


「…………肝心のアイツに伝わってない、っていうのが問題なんだけどね」


「そう!」


 しみじみと呟いた亜衣を右手で指し、凜花は左手にてバン! と机を叩く。


 溜め息を吐きかけていた亜衣が少しビクッとなった。

 隣のミコの反応は、訝しげに片眉を上げただけだ。


「まさに! そこが! 問題なんです!」


 バン! バン! バン! と、凜花が今度は両手で机を叩く。


「そことは、つまりどこなんじゃ?」


「つーかアンタ、急にどうしたのよ……」


 ミコが純粋な疑問の目を、亜衣が若干引き気味の目を、それぞれ凜花に向けた。


「いいですか? 例えば亜衣さんは、【ウィズヘイム】で悠人くんに助けられてチョロチョロしく悠人くんに惚れました」


「だから、チョロチョロしくって言わないでくれる……?」


 げんなりとした様子で呟く出雲亜衣は、かつて【ウィズヘイム】と呼ばれる異世界に『落ちた』経験を持つ。


 《旅人》と呼ばれる、周囲の空間に裂け目を発生させてしまう特殊体質が初めて発現した時のことだった。

 右も左も分からない異世界で盗賊に拐われ、巡り巡って彼女の体質を利用して異世界から邪神を呼びだそうとした狂信者集団によって生け贄にされかけたところを、亜衣を追ってきた天条悠人によって助けられ無事元の世界への生還を果たしたのである。


「例えばミコさんは、宇宙海賊に追われているところを悠人くんに助けられてチョロチョロしく悠人くんに惚れました」


「確かに短期間で急激に惹かれたのは事実じゃが、愛の深さは必ずしも時間に比例するものではあるまい?」


 誰恥じることもないとばかりに堂々と告げるミコ・プリンセス・ユニヴァースは、宇宙を統べるユニヴァース帝国の次期王女だ。


 しかしかつて、実の兄の謀略により国を……母星を追われ、更に宇宙海賊に命を狙われることになった。

 そして宇宙海賊の攻撃によってダメージを負った宇宙船を不時着させた地球で天条悠人と出会い、彼の助力によって宇宙海賊そして対抗勢力を退け、再び母星に戻ることに成功したのである。


 ちなみに実年齢は十歳だが、悠人と極力一緒にいるため群青高校に編入してきた、という経緯で今その制服を身に着けている。


「そして私はかつて、【組織】に狙われていたところを悠人くんに助けられました」


 恍惚とした表情で語る空井凜花は、ある時突如《幻夢ライアー》という名の力……《異能ギフト》に目覚めた。


 その効力は、対象に幻覚を見せるというもの。

 使いようによってはいくらでも悪用が可能な彼女の力に目を付けた異能力者集団――通称【組織】――に狙われていたところを、同じく《無能ゼロ》という《異能ギフト》に目覚めた悠人によって助けられる。

 そして凜花と悠人は共に戦い、最終的に【組織】を見事壊滅にまで追い込んだのだ。


「もっとも、私はそれよりずっと前から悠人くんのことを愛していましたけれど」


 どこか優越感を感じさせる口調で凜花は語る。


「というか、産まれた病院すら同じくする悠人くんの幼馴染にしてお隣さんにして十一年連続のクラスメイトにして悠人くんにとっての『最初の事件』で助けられた女の子にしてこれまでの事件ほとんど全てにおいて悠人くんと共に戦ったパートナーでもあるという私のこの、圧倒的ヒロイン力……! どう考えても、約束された正ヒロインでしょう……! なの、にも、関わらず……!」


 喋っているうちに凜花の顔は俯いていき、身体がブルブルと震え始めた。


 かと思えば、突如顔を上げ。


「悠人くんとの! 進展が! 一ミリもないっていうのはどういうことですかぁ!」


 バゴッ! バゴッ! バゴッ! と、凜花は先程以上の乱暴さで机を叩く。


「思えば! 私の人生のピークは! 幼稚園で悠人くんと将来結婚する約束をした時でした! もっちろん、悠人くんはそんなことまっっっっっっっったくこれっぽっちも覚えてませんけどねぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!」


「ちょ、ちょっと空井、落ち着きなさいよ……」


「どうどう、じゃ」


 亜衣がだいぶ引いた表情で、ミコが珍妙なものを見る目で、凜花に声をかける。


「すみません、取り乱しました」


 俯いた状態でピタリと動きを止めた後、しばらくして再び顔を上げた凜花は何事もなかったかのように平静な表情に戻っていた。


 亜衣の引きっぷりが、ドン引きレベルにまで格上げされた。


「話を戻します」


 すっかりフラットな表情となった凜花がそう続ける。


「他にも……時に外国で、時に深海で、時に並行世界で、時に過去で、時に未来で、etcetcetc……両手両足ではとっくに数えきれなくなっているほどの女の子を助けた悠人くんは、その尽くに惚れられてきました」


 凜花の言葉に、亜衣とミコはうんうんと頷いた。

 彼女たちは自らが悠人に助けられて以来、悠人と共に様々な事件に関わるようになった戦友でもあるのだ。


「そしてその全ての想いに、悠人くんは一ミリも気付いていません」


 先程よりも深く、亜衣とミコが頷く。


「ユートを婿に迎えると再三言うておる妾のことも、冗談を言っとるとしか思っとらんようじゃしな」


「まぁ、それは割と仕方ない気もするけどね……年齢的に」


 不満げなミコに対して、亜衣が苦笑気味になって言う。


「妾自ら宇宙を代表する親善大使として密かに日本の首相と接触し、結婚可能な年齢を十歳に引き下げるよう圧力をかけ……もとい、お願いしてもおるというのに」


「職権乱用すぎでしょ……ていうか、首相それどんな顔で聞いてるのよ……」


「大体、青い顔に半笑いを浮かべておるの」


「あぁ……」


 亜衣の表情が、恐らくその時の首相と酷似しているであろう半笑いとなった。


「ま、天条の鈍感さについては同意するけどね」


 気を取り直すかのように、そう言って亜衣は肩をすくめる。


「鈍感……そう、私もずっとそう思ってきました」


 今度は凜花が、深く頷いた。


「けれど最近、それだけじゃ説明が付かないんじゃないかと思うようになってきたんです」


 凜花の表情が、にわかに真剣味を増す。


「いざ悠人くんに想いを伝えようと思っても、不思議な力でも働いたかのように邪魔が入る……そんな経験、ありませんか?」


「あー……」


「確かにのぅ」


 心当たりがあるようで、亜衣とミコの表情が渋いものとなった。


「私としても考えうる限りのアプローチを取ってきたつもりですが、その尽くが成功しませんでした。まるで……まるでそれが、運命であるかのように」


 悲痛な表情で、凜花は顔を俯ける。


「なるほど、それで……一人の力じゃ限界があるってんで、ここは一旦ライバル同士で手を組もうってわけね」


 一方の亜衣は、不敵な笑みを浮かべた。


「ライバルにリードを許す可能性もあるが、全員横並びで足踏みしとるよりはマシ……っちゅーところかの?」


 ミコが浮かべるのも、不敵な笑み。


「その通りです」


 顔を俯けたまま、凜花が肯定を返した。


「そして」


 ゆっくり、凜花が顔を上げていく。


「もしも、私たちの言葉が悠人くんに届かないという……それが、『運命』だと言うならば」


 その上がった顔に浮かんでいるのもまた、二人と同じ種の笑みであった。


「私達がやることは一つ。ですよね?」


 凜花の問いかけに対して、返ってくるのは力強い頷き二つ。


 空井凜花はかつて、その身に宿した幻惑の力を悪意ある者達に利用される運命にあった。


 出雲亜衣はかつて、空間に干渉する体質ゆえ異世界で生け贄に捧げられる運命にあった。


 ミコ・プリンセス・ユニヴァースはかつて、王位を追われ宇宙の塵となる運命にあった。


 全員、一度はもうダメだと思うところまで追い詰められた経験を持つ。


 けれど、彼女たちは救われた。

 一人の、少年によって。


 だから、彼女たちは知っている。


「運命なんて、蹴飛ばしてやるまでよ」


「そんなもの、妾にねじ伏せられるために存在するようなものじゃ」


 彼女たちにとって運命とは、唯々諾々と従うものではない。


 蹴飛ばしねじ伏せ、逆に従えるものなのだ。


「まったくもってその通りです」


 凜花が、力強い頷きを返した。


「では……」


 凜花が手を差し出す

 間を置かず、二つの手が続いた。


 互いに目を合わせ、少女たちは頷き合う。


 全ては、想い人に気持ちを届けるため。

 その、折り重なった三つの手のように。


 今、三人の心は一つになっていた。


「如何なる手段を用いてでも天条悠人にこの想いを伝え隊! ファイ、オー!」


「いやその名前、ダサすぎない?」


「ところで妾小腹が空いてきたんじゃが、どっか食べに行かんかえ?」


 あまり一つにはなっていなかったようである。






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本作を読んでいただきまして、誠にありがとうございます。

「面白かった」「続きも読みたい」と思っていただけましたら、少し下のポイント欄「☆☆☆」の「★」を増やして評価いただけますと作者のモチベーションが更に向上致します。


本日中に、7話目まで投稿致します。

よろしくお付き合いいただけますと幸いです。

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