天条悠人の平凡な日常②
俺の名は
今日はミコに呼ばれて、ハイパー・プリンセス号が隠されている山の中を歩いている。
隠されている、といっても各種迷彩を施されているとかで許可された人間にしか見えないらしく、普通に開けた山頂にデンと鎮座してるんだけど。
この山はミコが初めて地球に不時着した場所であり、つまりは俺とミコが初めて出会った場所でもある。
バーベキューをしていた俺たちのすぐ傍にUFOが墜落してきた時には、度肝を抜かれたものだった。
更に、中から出てきたのが小さな女の子ともなれば尚更だ。
当時は「プリンセス」の名を冠していない、ただのミコ・ユニヴァースと出会った俺たちは、紆余曲折あって一緒に宇宙海賊や、果ては宇宙を統べるユニヴァース帝国の王族……それも、ミコの実の兄とまで事を構えることとなった。
その辺りの事は、詳しく語ると単行本一冊くらいにはなるだろうから詳細は省くけど……出会った当初はワガママなクソガキにしか思えなかったミコも、一連の騒動ですっかり成長して今や誰もが認める王者の風格を纏っている。
ユーモアセンスまで身につけたようで、「ユート! 汝を妾の伴侶として迎えよう!」が今の持ちネタだ。
小さな女の子に言われると、なかなかに微笑ましい。
頭の中に精一杯胸を張るミコの姿を思い描いて小さく笑みを浮かべているうちに、山頂が見えてきた。
「よくぞ参った、ユートよ」
ハイパー・プリンセス号の前で俺を迎えてくれたのが件の少女、ミコだ。
尊大な口調ながら、今となってはその泰然とした雰囲気も相まってごく自然に感じられる。
「よぅ……って、あれ?」
ミコに向かって軽く手を上げて挨拶とすると同時、俺は首を傾げた。
ミコの後ろに一歩分ほどの距離を開けて、見知った顔が二つあったから。
「こんにちは、悠人くん」
穏やかな笑みを浮かべる
「……チッス、天条」
そして、どことなく緊張した面持ちの
「三人して、どうしたんだ?」
組み合わせ自体は、さして珍しいものでもない。
三人とも一緒に冒険したことも多いし、何しろクラスメイトだ。
しかし、どこかいつもと違うような……出雲を筆頭に、何やらピリピリとしたような空気が漂っているのが気になった。
「また、何か厄介事か……?」
俺も、わずかに目を細める。
「いえ、そういうわけではないですよ?」
そう言う凜花は一見いつも通りの笑顔に見えるが、やはりどこか固い。
もっともそれは、長年を共に過ごした幼馴染だからこそわかる僅かな違いでしかないが。
「詳しいことは、中で話そうではないか」
「ここでグダグダしてて、それこそ邪魔が入ったら意味ないしね」
ミコがクイと顎でハイパー・プリンセス号の方を指して踵を返し、出雲がそれに続く。
「行きましょう、悠人くん」
「ん? あぁ……」
凜花に背を押され、俺もハイパー・プリンセス号の中へと歩みを進めた。
◆ ◆ ◆
俺たちが乗り込むと同時に入り口が自動的に閉まり、ハイパー・プリンセス号は音も無く浮上を始めた。
船内にいくつも設えられた窓に目を向ければ、見る見る地上が遠ざかっていくのがわかる。
程なくして窓の外に見えるのが青空一色となり、やがていくつもの光点が浮かぶ漆黒の景色……宇宙空間へと移行した。
「んで? どこに行くんだ?」
操舵室――といっても全ての指示は音声認識によって受け付けられるため、実際に操舵があっるわけではない。というかいくつかの椅子が設置されているだけの、教室くらいの空間だ――まで導かれるままついて行ったところで、改めて尋ねた。
「ぶっちゃけ行き先はどこでも良いっちゅーか、ある意味もう目的地なのじゃが……そうじゃな。念のため、どこの領宙にもなっておらぬ最寄りの宙域へと移動せよ」
【イェス、マイマスター】
ミコの指示に応じて、機械音――やけに抑揚に欠ける以外は、人間の声と何ら変わりなく聞こえるが――が返答する。
【到着致しました、マスター】
次いでそのアナウンスが流れるまでに、一秒とかかったかどうか。
ハイパー・プリンセス号は全宇宙最新テクノロジーの結晶で、ワームホールがどうとか空間座標がどうとかで超高速での移動が可能……とか以前に聞いた気がするが、俺にはさっぱり理解出来なかった。
とにかく宇宙のどこへだって短時間で行けるハイパーな宇宙船、という程度に認識している。
「ま、この辺りでよいじゃろう」
満足気に頷いて、ミコが改めてこちらへと向き直った。
「ではユート、心して聞くが良い」
その表情は、いつになく神妙で真面目なものだ。
「妾はユート、汝のことが……」
『はいちょっと待ったぁ!』
喋り始めたミコの口を、凜花と亜衣が息の合った動きで背後から押さえた。
「むご!? むんご!」
口を塞がれたまま、ミコが何やらモゴモゴと喋っている。
何を言っているかはわからないが、その表情から何らかの不満を口にしていることだけは確かだろう。
「ぶはっ……いきなり何すんじゃ!」
二人の手を払いのけ、ミコが背後へと振り返りながら叫ぶ。
「それはこっちのセリフですよ、ミコさん!」
「アンタ、今そのままムニョムニョ……までいこうとしてたでしょ!」
小声で怒鳴る、という器用な調子で言い返す凜花と出雲。
声量自体は小さいので、時折不明瞭で聞き取れない部分があった。
「何じゃ、それの何が悪い」
「悪いに決まってんでしょ!」
「抜け駆けですよ!」
凜花と亜衣は、何やらかなり憤っている様子だ。
「しかし、結局は三人のうち誰かが最初になるわけじゃろう? まさか、三人同時にやるつもりかえ?」
「ぐむ……そういえば、順番は決めてなかったですね……」
「にしても、何の躊躇もなく一番に行こうとする……?」
「妾の宇宙船なのじゃ、当然の権利じゃろう」
「この宇宙船で、って案を出したのはアタシでしょ」
「そもそもの発起人は私ですよ!」
何やら小声で言い合った後、「ぐむむ」と睨み合うことしばし。
『ジャン、ケン、ポン!』
誰が発案するともなく、流れるようにジャンケンが始まった。
『あいこで、しょ! しょ! しょ!』
そして勃発する、壮絶なあいこ合戦。
『しょ! しょ! しょ!』
彼女たちは、これまでの冒険の数々によって動体視力も身体能力も鍛えに鍛えられている。
それが、相手の手を見てから自らの手を変えるという離れ業を可能としているようだ。
『しょ! しょ! しょ!』
しかし三人が三人とも同じ条件であるため、泥沼の如き膠着状態が発生していた。
「ふぁ……」
思わずあくびが漏れる。
何やら鬼気迫る様子であいこを繰り返す三人には悪いが、目的も聞かされていないこちらとしては正直退屈で仕方ない。
◆ ◆ ◆
さて、それからたっぷり五分は経過しただろうか。
『しょ!』
「っしゃあ!」
三桁でもきかないだろうあいこの勝負を制したのは、どうやら凜花らしい。
普段の楚々とした様子らしからぬ口調と共に、大きくガッツポーズを取っている。
「フッ……ここは私がいただきますよ」
ドヤ顔で、凜花が一歩こちらに向かって踏み出す。
「チッ……仕方ないわね……」
「ま、一番じゃからというて良い結果になるとは限らんしの」
対照的に、出雲とミコは悔しげに半歩下がった。
「では、悠人くん……」
「あ、あぁ……」
真剣な表情となり……炎を幻視しそうなほどの熱を帯びているような凜花の目に、若干気圧される。
凜花が大きく吸い込み、吐き出した。
場を、緊張した空気が支配する。
「わた」
そして、いざ凜花が喋り出したのとほぼ同時。
「あっ」
「しぃっ!?」
絶妙なタイミングで出雲の声が放たれ、凜花はコントのようにずっこけた。
「ちょ、ちょっと
「いや、そうじゃなくてさ。これ……」
食ってかかる凜花を、出雲が手で制する。
僅かに眉根を寄せ、見えない何かを探っているかのような表情だ。
その瞳が、ふと俺の方へと向けられた。
「天条、たぶん危ないわよ?」
えっ?
そんな返しをする暇さえもなく。
ガゴォォォォォォォォォォン!
「ぐあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」
突如船内の壁を突き破ってきた『何か』に、俺は押し潰された。
激しい痛みを抑えて身体を捩ると、どうも俺を押し潰したのは巨大な『腕』に見える。
ビー! ビー! ビー!
一拍遅れて、船内に警報音が鳴り響いた。
【何者かの攻撃を受けているようです、マスター】
「んなもん見りゃわかるわ! どこのどいつじゃ、このクソ大事な時に!」
冷静な機械音声の報告を受け、ミコのこめかみに血管が浮かび上がる。
「ちょっと、この宇宙船は誰にも観測出来ないんじゃなかったわけ?」
出雲が胡乱げな目をミコに向けていた。
「観測可能な存在も片手で数えられる程度にはある、と言うたじゃろう。ちゅーても、妾の《ユニヴァース》とユートの《オールマイティ》を除けば…………まさか」
何かに思い当たったのか、ミコの顔色が変わった。
【ふふ……お察しの通りですよ、プリンセス】
次いでスピーカーから響いたのは、先程までの落ち着いた機械音声ではない。
こちらを挑発する色を帯びた……聞き覚えのある、声。
同時に、船内のモニターが光を帯びた。
映し出されたのは、カイゼル髭の男だ。
頭上に乗っているのは、黒地に白でドクロを描いたキャプテンハット。
左目を覆う眼帯にも同じデザインが施されていた。
残された左目の瞳は、その野心を映すかのようにギラついている。
「貴様……キャプテン・スカルじゃと!?」
かつてミコを追っていた宇宙海賊、その船長。
それがキャプテン・スカル、目の前に映し出されている男だ。
「生きておったのか……!?」
ミコが、キャプテン・スカルの顔を睨みつける。
【ふふ……宇宙墓場に落とされた時は終わったかと思いましたが、神は私をまだ見放していなかったようで……いや、祝福すらしてくれた】
宇宙墓場というのは、超重力が何たらかんたらで一度落ちれば脱出不可能な宙域らしい。
例によって俺は詳しいことは理解出来なかったが、とにかくキャプテン・スカルはそんな宙域から奇跡の生還を果たしたようだ。
「ハイパー・プリンセス号を捕捉するとは……否、そもそも並の《スピリッツ》ではかの宇宙墓場から脱出など不可能じゃろう……ということは、貴様まさか……」
【そう……私は手に入れたのですよ! かの《オールマイティ》をも超える最古最強の《スピリッツ》として語られる伝説の機体、《オリジン》をね!】
「やはりか……!」
キャプテン・スカルの言葉に、ミコは苦々しげな表情で納得の声を上げた。
ちなみに《スピリッツ》とは、現在宇宙で最も広く用いられている戦力であり、操縦者の精神力……《
そのコアとなる部分は現在でも完璧に解明されているわけではなく、大昔に開発された機体の方が強力ということもままあるそうだ。
ミコと共に宇宙海賊と戦っていた時に偶然見つけて俺専用機として登録されてしまった古の《スピリッツ》、《オールマイティ》なんかはその典型と言えよう。
「えーい、ならば今度こそ引導を渡してくれる! 機体の性能が全てと思うでないぞ! 《ユニヴァース》、顕現!」
叫ぶと同時、ミコの姿が掻き消えた。
俺の魂に宿っている《オールマイティ》の観測機器が、《ユニヴァース》が船外に顕現したことを知らせる。
ミコ専用機体たる《ユニヴァース》は、現在の科学の粋を集結して作ったという最新鋭の《スピリッツ》だ。
それでも単純なスペックだけで言えば《オールマイティ》に軍配が上がるが、齢十歳にして宇宙に並ぶ者無しとされる超エース級パイロットであるミコが操ればその性能差さえも覆る。
ふっ……まぁ、とはいえ……。
「お前だけに行かせはしないぜ……! 《オールマイティ》! 準備は出来てるな!?」
【イェス、マイロード】
頭の中へと直接響いてくる、女性の声。
機械によって合成されたものであるはずなのに、どこか暖かみを感じさせる《オールマイティ》の声だ。
「悠人くん!」
《オールマイティ》の声とほとんど重なるように、凜花の叫びが聞こえた。
「心配すんな、まだ全身骨折した程度だ!」
「いや、ぶっちゃけそこは別にあんまり心配してはないんですけど……」
ふっ……流石凜花、俺に気を使わせまいとそんな言葉をかけてくれるとはな。
「じゃあ、行ってくるぜ! ゴー! 《オールマイティ》!」
「あっ、私の話を……聞いてもらえる雰囲気ではなくなっちゃいましたね、はい……」
船外に顕現させた《オールマイティ》のコックピットに、俺の身体が転送されていく。
「なんつーかさ……この方向性、もうやめよっか……」
「そうですね……」
転送の直前、出雲と凜花のそんな会話が聞こえたような気がした。
少し気にはなったが……今は、気持ちを切り替える!
「うぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ! いくぜぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!」
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